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弓の軌跡  作者: マイト
8/16

自主練

俺はなんとか気を取り直し、話を本題に戻すことにした。


 「それでさ、綾音はどんな練習をしようと思ってるんだ?」


 「ああ、そうだね……まずは昨日の復習かな」


 綾音はベッドの上で姿勢を正しながら言う。


 「昨日は練習用の弓を持ったばかりだったから、ちゃんとした型を覚えるために、射法八節を丁寧にやろうと思ってる」


 「射法八節……昨日も教わったけど、あれをちゃんと身につけるのが大事なんだよな」


 俺は昨日の練習を思い出しながら頷く。


 射法八節とは、弓を引き、矢を射るまでの一連の動作のことだ。


 一、足踏み(足を肩幅に開く)

 二、胴造り(姿勢を正しく整える)

 三、弓構え(弓を持ち、矢をつがえる)

 四、打起し(弓を持ち上げる)

 五、引分け(弓を引いていく)

 六、会(十分に引き絞った状態を保つ)

 七、離れ(弦を放して矢を放つ)

 八、残心(射た後の姿勢を保つ)


 俺たちは昨日、先輩にこの動作の重要性を教えられ、何度も繰り返し練習した。


 「特に『足踏み』から『胴造り』がまだぎこちないから、しっかりやりたいな」


 綾音はそう言いながら、床に降りて立ち上がると、軽く足を開いて動きを確認し始めた。


 「なるほど……俺も一緒にやるか」


 俺も立ち上がり、綾音の動きを真似するように足を開く。


 「それと、弓を持っての動きも慣れたいから、代わりにタオルとか棒を使って、実際に引く動作をするのもいいかも」


 「たしかに、その方が感覚をつかめそうだな」


 「うん、それに何度も繰り返せば、実際に弓を持ったときにスムーズに動けるようになると思うんだ」


 綾音は真剣な表情で話す。


 「意外としっかり考えてるんだな」


 俺がそう言うと、綾音は少しむっとした顔をした。


 「意外とってなに!? 真面目にやる気だもん!」


 「悪い悪い、そういう意味じゃなくて」


 俺は苦笑しながら手を振る。


 「でも、綾音がそんなに真剣だと、俺も気を引き締めないとな」


 「でしょ? 一緒に頑張ろうね!」


 綾音はニッと笑いながら、軽く拳を突き出した。


 俺もそれに応えるように拳を合わせる。


 こうして、俺たちの自主練の内容が決まった。


「じゃあ、早速やってみるか」


 俺は姿勢を正し、昨日の練習を思い出しながら足を開いた。綾音も同じように足踏みの姿勢をとる。


 「うん、まずは射法八節の流れを確認して……」


 綾音がそう言いかけたそのとき——


 「綾音〜! ご飯できたわよー!」


 廊下の向こうから綾音の母親の明るい声が響いた。


 「あっ……」


 綾音はその声にピタッと動きを止めると、バツが悪そうに俺の方を見た。


 「……ご飯、先にしちゃう?」


 「まあ、せっかくだし、お腹空いたしな」


 俺も苦笑しながら頷いた。正直なところ、練習の前に腹ごしらえするのは悪くない。


 「じゃあ、行こっか」


 綾音はそう言って部屋の扉を開け、俺も後に続いた。


 こうして俺たちは、一旦練習を中断し、綾音の母親が用意してくれた昼ご飯を食べることになった。


綾音の母親が用意してくれた昼ご飯は、焼き魚に味噌汁、それに炊きたてのご飯と漬物が並ぶ和食だった。


 「いただきます!」


 俺と綾音は揃って手を合わせ、箸を取る。焼き魚を一口食べると、香ばしい香りと塩加減がちょうどよく、ご飯が進む味だった。


 「おいしい!」


 思わず声を上げると、綾音の母親が嬉しそうに笑った。


 「ふふ、ありがとうね。たくさん食べてね」


 「ありがとうございます!」


 俺が感謝を伝えると、綾音も頷きながら味噌汁をすすった。


 「それで、さっきの話の続きだけど……」


 綾音は箸を動かしながら話し始める。


 「私たち、まだ弓を触れるところまではいってないけど、やっぱり射法八節がちゃんとできるようにならないと、実際に弓を引いたときに変な癖がついちゃうんだって」


 「なるほどな……基本が大事ってことか」


 俺もご飯を口に運びながら相槌を打つ。


 「うん。だから、早く弓を引きたいって気持ちはあるけど、今の基礎練習をしっかりやるのが大切なんだよね」


 綾音は真剣な顔をしながら言った。


 「確かに、俺も早く弓を引いてみたいけど、焦っちゃダメなんだろうな」


 「そうそう。先輩たちも、基礎がしっかりしてる人ほど綺麗な射になるって言ってたし」


 綾音は箸を置いて、お茶を一口飲む。


 「それに、私たちもいつか大会に出ることになるかもしれないしね」


 「大会か……そういうのもあるんだな」


 「うん! 高校の弓道部って、大会を目指すところも多いんだよ。うちの部活も、先輩たちは大会でいい成績を残してるし」


 「へえ、それはすごいな」


 「だから、私たちも頑張らないと!」


 綾音はやる気に満ちた笑顔を見せた。その姿に、俺も自然と気が引き締まるのを感じる。


 「……よし、俺も頑張るか!」


 「うん! 一緒に強くなろうね!」


 そんな話をしながら、ご飯を食べ終えた。食後のお茶を飲みながら、俺たちは一息つき、午後の練習に向けて気持ちを整えるのだった。


食事を終え、俺たちは「ごちそうさまでした」と綾音の母親にお礼を言った。


 「ふふ、またいつでも食べに来てね」


 綾音の母親は優しく微笑んだ。


 「ありがとうございます」


 そう返して、俺たちは綾音の部屋へと戻った。


 部屋に入ると、昼食の間に練習への気持ちが少し緩んでしまったのか、俺は軽く伸びをする。


 「よし、気を引き締めて、練習の続きをしよう」


 「うん!」


 綾音も気合いを入れ直し、二人で並んで座る。


 「まずはさっきの続きからね。射法八節の動きを、今度はもっと意識してやってみよう」


 綾音の言葉に頷きながら、俺は立ち上がった。


 「足踏み」


 肩幅より少し広めに足を開く。体のバランスを整え、安定した姿勢を意識する。


 「胴造り」


 背筋を伸ばし、体の中心を意識しながら、正しい姿勢を作る。


 綾音も隣で同じ動作をする。二人で鏡を見ながら、姿勢のチェックを行った。


 「次は、弓を持っているつもりで動きをやってみよう」


 綾音が言いながら、空の手で弓を持つ動作をする。俺もそれに倣い、手のひらに弓の重みを想像しながら動かした。


 「やっぱり、実際に弓を持たないと違和感あるな」


 「うん。でも、動きを覚えるには大事だからね」


 そう言いながら、綾音は慎重に動きを確認していた。俺もできるだけ正確に再現しようと意識する。


 「大三から引分け……」


 腕を広げ、弦を引く動作をしてみる。自然と息を止めてしまうが、綾音がすぐに指摘してきた。


 「息を止めちゃダメだよ。呼吸は自然に」


 「あ、そうだったな」


 もう一度やり直し、今度は息を整えながら弦を引くイメージをする。


 「……よし、こんな感じか?」


 「うん、いい感じ! その調子で、離れの動作もやってみて」


 俺は指の力を抜くように意識しながら、弓を放つ動きを再現する。


 「……ふぅ」


 実際には矢を放っていないのに、不思議と緊張感があった。


 「悪くないね。でも、もっと滑らかに動けるといいかも」


 「綾音は結構慣れてるな」


 「小さい頃から弓道に興味あったからね。こういう動きは何度も真似してたんだ」


 誇らしげに笑う綾音を見て、俺も負けてられないなと改めて思った。


 「じゃあ、もう少し繰り返してみようか」


 「うん!」


 こうして俺たちは、部活で学んだ基礎を少しでも身につけるために、何度も何度も射法八節の動きを繰り返した。


気がつけば、すっかり夕方になっていた。


 「そろそろ帰らないとな」


 俺が時計を見てそう言うと、綾音も「あっ、本当だ」と驚いたように呟いた。


 「なんだかんだで、時間が経つの早かったね」


 「そうだな。集中してたし、いい練習になったよ」


 俺がそう言うと、綾音は嬉しそうに微笑んだ。


 「また家で練習することもあるだろうし、連絡先交換しない?」


 綾音がスマホを取り出しながら提案してきた。


 「そうだな、交換しとくか」


 俺もスマホを取り出し、綾音とお互いの連絡先を交換する。


 「よし、これでバッチリだね!」


 綾音は満足そうに画面を見ていた。俺も連絡先の一覧に綾音の名前が追加されたのを確認する。


 「じゃあ、また月曜日な」


 「うん、気をつけて帰ってね!」


 玄関先で綾音の母親に挨拶をして、俺は家に帰ることにした。


 ***


 家に帰ってシャワーを浴び、夕飯を食べた後、布団の上でスマホをいじっていると、画面に新着メッセージの通知が表示された。


 送り主は綾音だった。


 『今日の練習、楽しかったね!また一緒にやろうね!』


 俺は思わずクスッと笑いながら返信する。


 『そうだな。次もよろしく』


 送信すると、すぐに既読がついた。そして、少ししてまたメッセージが届く。


 『月曜日の部活も楽しみだね!』


 俺はしばらく画面を見つめた後、


 『そうだな、今度こそ弓を引けるといいな』


 と返信した。


 綾音とのやり取りは短いやり取りだったが、なんとなく心が温かくなる気がした。


 「さて、そろそろ寝るか……」


 スマホを置いて布団に潜り込む。


 今日の練習を思い出しながら、俺は静かに目を閉じた。

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