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弓の軌跡  作者: マイト
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積み重ねる基礎

道場に入り、俺たちは昨日と同じように道着へと着替えた。まだぎこちない手つきで帯を締めながら、昨日習ったことを思い出す。


 「よし、全員そろったな」


 佐藤先輩の声が響く。俺たち一年生は静かに整列した。


 「今日は、昨日の復習からやる。弓を持つ前に、しっかりとした基礎を身につけないと話にならないからな」


 俺たちは頷き、練習が始まった。


 まずは正しい姿勢の確認から。立ち方、座り方、歩き方――昨日もやったはずなのに、細かい部分を直されるたびに、自分の動きがまだまだ不十分だと実感する。


 「もっと背筋を伸ばせ。猫背になるな」


 「歩くときは足を引きずらない。静かに、一歩一歩を意識して」


 先輩たちの指導は丁寧で、俺たちは何度も同じ動きを繰り返した。


 正座をしての礼の作法も、まだまだぎこちない。昨日よりはマシになった気もするが、長く座っていると足が痺れてくる。


 「……やっぱり今日も弓には触れないんだな」


 綾音が小声で呟く。


 「まぁ、昨日の感じだと、まだまだ基本を叩き込まれるんだろうな」


 俺も小さくため息をつく。早く弓を引きたい気持ちはあるが、それ以上に基本の動作を完璧にすることが大事なのだと理解していた。


 そして、昨日教えられた**射法八節しゃほうはっせつ**の動きをもう一度繰り返す。


 足踏み、胴作り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残心


 一つ一つの動作を意識しながら、正しい姿勢を体に染み込ませるように反復する。


 「動きは昨日よりは良くなってるが、まだぎこちないな。力みすぎるなよ」


 佐藤先輩が俺たちの動きを見ながら指導してくれる。


 「……なぁ、これ、いつになったら弓を触れるんだろうな?」


 俺が小さく呟くと、近くにいた別の先輩がくすっと笑った。


 「そう焦るなよ。しっかり基礎を固めれば、そのうち弓を持たせてもらえるさ」


 「でも、早く弓を引いてみたくて……」


 綾音が少し寂しそうに言うと、佐藤先輩が軽く頷いた。


 「その気持ちはわかる。でもな、焦って弓を持っても、正しい動作ができていなければ、まともに矢を放つことすらできない。まずは土台をしっかり固めることが大事なんだ」


 「……はい」


 「それに、焦るなってことは、俺たち先輩も何度も言われてきたことだよ。だから、お前たちもじっくりやれ」


 その言葉を聞いて、少しだけ気が楽になった。


 弓道は、焦らず、一歩一歩積み重ねていくものなのだ――そう言われている気がした。


 こうして、その日の練習も弓を触ることなく終わった。だが、昨日よりも体に動きが馴染んでいるのを感じる。


 「明日も、また同じ練習かな?」


 「……多分な」


 それでも、俺たちは諦めることなく、次の練習に向けて道場を後にした。


土曜日の朝。平日よりも少し遅めに目を覚ました俺は、軽く朝食を済ませてから玄関を出た。


 すると、ちょうど隣の家から綾音も出てくるところだった。


 「おはよう…」


 「おはよう、綾音」


 自然と並んで歩き出す。まだ朝の空気はひんやりとしていて、少し肌寒いが、どこか清々しさを感じる。


 「今日は午前中ずっと部活か……」


 綾音が少し眠そうに欠伸をしながら言う。


 「平日より、長時間の練習だな」


 「昨日までと同じなら、また基本の練習かなぁ……」


 綾音は少し不安そうな顔をする。


 「まぁ、まだ弓には触れないだろうな。でも、昨日よりも動きがスムーズになってきた気はするし、やることが無駄ってわけじゃない」


 俺がそう言うと、綾音は小さく頷いた。


 「うん、そうだよね。……でも、やっぱり早く弓を引いてみたいな」


 「俺もそう思うよ。でも、焦っても仕方ないしな」


 「そうだけど……昨日の先輩たち、すごくかっこよかったじゃん? 私も早くあんな風に弓を引けるようになりたいなぁ」


 綾音の言葉を聞き、昨日見た先輩たちの姿を思い出す。あの無駄のない動き、静かな集中、そして矢が的を射抜く瞬間の美しさ。


 「まぁ、俺たちもいつかああなれるさ。今は地道に練習を続けるしかない」


 「うん、そうだね」


 綾音は笑顔を見せ、少し元気が戻ったようだった。


 そんな話をしながら歩いていると、いつの間にか学校に到着していた。


 「さて、今日も頑張るか」


 「うん!」


 道場に向かいながら、俺たちはまた新しい一日が始まることを感じていた。

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