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弓の軌跡  作者: マイト
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新人戦、開始

時間は流れ、新人戦の日がやってきた。


 朝早くに集合場所へ向かうと、すでに他の新入部員や二年生の先輩たちが集まっていた。会場の雰囲気にのまれたのか、何人かの新入部員は表情がこわばっている。そんな中、綾音の姿を見つけると、俺は自然と声をかけた。


 「おはよう。」


 「おはよう、緊張してる?」


 俺の問いに、綾音は少し肩をすくめながら苦笑いを浮かべた。


 「うん、ちょっとね。でも、ここまで練習してきたし、やるしかないかなって。」


 「そうだな。俺もできる限り頑張るよ。」


 そんな会話を交わしていると、どこからかヒールの音が響いた。振り向くと、長めのポニーテールを揺らしながら、弓道着姿の部長がこちらに歩いてくる。


 「おはよう、二人とも。調子はどう?」


 部長は普段と変わらない落ち着いた口調で尋ねてきた。その姿はどこか余裕すら感じさせる。


 「まだ緊張はしてますけど……大丈夫です。」


 綾音がそう答えると、部長は微笑みながら頷いた。


 「緊張するのは当然よ。でも、せっかくの新人戦なんだから、楽しむくらいの気持ちでいきなさい。」


 「楽しむ……ですか?」


 俺が問い返すと、部長は小さく笑った。


 「そう。結果も大事だけど、一番は自分がどれだけ成長したかを確かめること。焦らず、落ち着いていけば大丈夫。」


 その言葉に、俺と綾音は自然と深く息をついた。部長の言う通り、焦る必要はない。今までやってきたことを信じて、落ち着いて挑めばいい。


 「さて、それじゃあそろそろ準備を始めましょうか。私も見てるから、しっかり頑張りなさい。」


 部長は優しく微笑みながら、俺たちを見つめていた。


新人戦が始まり、試合の進行に伴って会場の緊張感がどんどん高まっていく。周囲では各校の選手たちが真剣な眼差しで弓を構え、矢を放ち、歓声やため息が入り混じる。


 そんな中、ついに俺の名前が呼ばれた。


 「……いよいよ、俺の番か。」


 思わず息を呑み、立ち上がる。その瞬間、隣に座っていた綾音が俺を見上げた。


 「頑張ってね。」


 小さな声だったが、はっきりとした応援の言葉。その表情には、不安と期待が入り混じっているのがわかった。


 「そうよ。落ち着いて、自分の力を出し切りなさい。」


 部長も腕を組みながら微笑み、俺を励ましてくれる。


 「……ありがとう。行ってくる。」


 二人の言葉を胸に、俺は静かに立ち上がった。手のひらにうっすらと汗が滲んでいるのを感じる。深く息を吸い、心を落ち着けるように意識しながら、試合場へと向かった。


 対戦相手は他校の選手で、俺よりも経験がありそうな雰囲気を持っていた。構えた姿勢はブレがなく、矢を持つ手にも迷いがない。


 (……強敵だな。)


 それでも、俺はやるしかない。自分に言い聞かせ、深く息を吸う。


 審判の合図とともに、試合が始まった。


 弓を構え、矢をつがえる。呼吸を整え、心を鎮める。


 (……大丈夫だ。いつも通りやれば——)


 放った矢は、的の端にかすっただけだった。


 「……っ!」


 予想以上に緊張していたのかもしれない。わずかに手が震えていたことに気づく。焦るな。落ち着け。もう一度、集中し直して——


 しかし、相手は違った。迷いのない動きで弓を引き絞り、見事に的の中央へと矢を放った。


 (……やばい。)


 次の矢を放つが、またしても的の端。明らかに狙いがぶれている。焦りが生まれ、それが余計にプレッシャーとなって身体を硬くさせる。


 (ダメだ……このままだと——)


 試合はあっという間に決着がついた。俺の矢は結局、一度も的の中心には届かず、相手に圧倒される形で敗北した。


 試合を終え、弓を収めながら、悔しさが込み上げてくる。負けることは覚悟していたが、こんなに歯が立たないとは思わなかった。


 肩を落として戻る俺の前に、綾音と部長が立っていた。


 「……お疲れ様。」


 綾音が気遣うように声をかけてくれる。彼女の目には、俺の悔しさが伝わっているのだろう。


 「結果は残念だったけど、いい経験になったはずよ。」


 部長も、優しく声をかけてくれる。


 「……そうですね。」


 俺はゆっくりと頷いた。悔しい。でも、これで終わりじゃない。今回の経験を無駄にせず、次に繋げるために——もっと強くならなければ。


 そう心に誓いながら、俺は次の試合へと向かう綾音を見送る準備をした。


俺の試合が終わり、敗北の悔しさを噛み締めながら戻ると、次は綾音の名前が呼ばれた。


 「……私の番だね。」


 綾音はゆっくりと立ち上がり、弓を手に取る。その表情には不安と緊張が滲んでいたが、それでもどこか落ち着いているように見えた。


 「頑張ってこいよ。」


 俺がそう声をかけると、綾音は一瞬驚いたような顔をして、それから小さく微笑んだ。


 「……うん。行ってくる。」


 そう言って試合場へと向かう綾音を、俺と部長は静かに見送った。


 綾音の対戦相手は同じく他校の選手。先ほどの俺の相手ほどの威圧感はないものの、それなりに経験を積んでいるようだった。


 試合開始の合図が鳴る。


 綾音は深く息を吸い、ゆっくりと弓を構えた。手の動きに迷いはなく、まるで自然と身体が動いているようだった。


 (……綺麗な構えだな。)


 俺は見惚れるように、綾音の姿を目で追った。


 そして——


 綾音の放った矢は、的の中央に近い部分へと真っ直ぐに突き刺さった。


 「……!」


 会場が一瞬静まり、それから小さくどよめいた。俺も思わず驚く。これまでの練習では的に当てることすら苦労していたのに、今日の彼女はまるで別人のようだった。


 対戦相手も負けじと矢を放つが、綾音の方がわずかに的の中央に近かった。


 次の一射——綾音の矢はさらに安定し、今度はより中心に近づいた。


 そのまま試合は進み、最終的に綾音が勝利を収めた。


 試合が終わり、綾音が戻ってくる。その表情には安堵と、ほんの少しの誇らしさが浮かんでいた。


 「……やったな。」


 俺がそう声をかけると、綾音は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


 「うん……ありがとう。」


 「初戦突破、おめでとう。」


 部長も優しく声をかける。


 「まだまだこれからだけどね。」


 綾音はそう言いながらも、どこか嬉しそうだった。


 俺はそんな彼女を見て、自然と笑みを浮かべた。自分の試合には負けたが、綾音が勝ったことは素直に嬉しかった。


 (次は……どうなるかな。)


 俺は少しワクワクしながら、次の試合を見守ることにした。


綾音が試合から戻ると、部長がにこやかに迎えた。


「綾音、初戦突破おめでとう。なかなかいい試合だったわね。」


「ありがとうございます!」


綾音は嬉しそうに笑ったが、すぐに表情を引き締めた。


「でも、まだまだ課題もあると思います。もっと良くするには、どうすればいいでしょうか?」


その言葉に、部長は満足そうに頷く。


「向上心があるのはいいことね。そうね……今日の試合、綾音はかなり落ち着いていたし、矢の精度も上がってた。でも、次の試合では対戦相手もレベルが上がるから、いくつか気をつけてほしいことがあるわ。」


綾音は真剣な表情で頷いた。


「まず、一射目は良かったけど、二射目以降は少し力が入っていたわね。緊張していたのかもしれないけど、肩の力を抜いて、いつも通りの射を心掛けること。」


「……確かに、途中から少し手が震えていました。」


「ええ。だから、次の試合では深呼吸を意識してみて。あとは、弦を引くときの角度が少しぶれていたわ。ほんのわずかだけど、長期戦になると影響が出る可能性があるわね。」


「なるほど……!」


綾音は熱心に部長の話を聞きながら、自分の射を頭の中で振り返った。


「それと、メンタル面も大事よ。今日の試合ではいい緊張感があったけど、次はさらにプレッシャーがかかるかもしれない。自分のペースを崩さず、最後まで冷静にいられるようにね。」


「……はい!」


綾音は深く頷くと、決意を込めた目で部長を見た。


「ありがとうございます、部長! 次の試合は、もっと冷静に、そして正確に矢を放てるようにします!」


「その意気よ。」


部長は微笑みながら、綾音の肩を軽く叩いた。


それを隣で見ていた俺は、綾音の真剣な表情を見て、改めてすごいと思った。


(やっぱり、綾音はすごいな……)


俺も負けていられない。そう思いながら、綾音と部長のやり取りを見守っていた。


休憩時間になり、綾音は試合の疲れを癒すようにベンチで一息ついていた。汗を拭きながらも、次の試合に向けて頭の中でイメージトレーニングをしているようだった。


そんな彼女のもとに歩み寄り、俺は声をかける。


「綾音、お疲れ。初戦突破、おめでとう。」


「ありがとう。でも、まだ次があるから気は抜けないよ。」


綾音は真剣な表情のまま言った。


「そうだな。でも、試合見てて思ったんだけど……お前、本当に綺麗だったよ。」


「……え?」


綾音が驚いたように俺を見る。


「弓を引く姿がさ。すごく集中してて、動きがしなやかで……美しかった。」


言った瞬間、自分でも少し恥ずかしくなって、俺は視線を逸らした。


綾音はしばらくぽかんとした顔をしていたが、次第に顔が赤く染まっていく。


「な、なにそれ……急にそんなこと言わないでよ……!」


彼女はタオルで顔を隠しながら、ちらちらと俺の方を見てきた。


「いや、素直な感想を言っただけだけど……」


「……もう。」


綾音は拗ねたように唇を尖らせるが、その表情はどこか嬉しそうにも見えた。


俺はそんな彼女を見て、少し微笑む。


「次の試合も頑張れよ。楽しみにしてるから。」


「……うん。ありがと。」


綾音はまだ少し頬を赤らめながらも、力強く頷いた。


綾音の名前が呼ばれると、彼女は深く息を吸い込みながら立ち上がった。すぐに表情を引き締め、静かに弓を手に取る。その姿はどこか神聖で、気品すら感じられた。


「綾音、頑張れ。」


俺がそう声をかけると、彼女は振り向いて軽く微笑んだ。


「うん。行ってくる。」


綾音は真っすぐ前を向き、弓道場の中央へと進んでいく。その後ろ姿には迷いがなく、ただ勝利を目指すという強い意志が感じられた。


試合が始まると、彼女の動きには一切の無駄がなかった。弓を構え、呼吸を整え、矢を放つ。まるで流れるような動作に、俺は思わず見惚れてしまう。


(やっぱり、綾音の弓を引く姿は美しい……)


彼女が矢を放つたびに、その鋭い視線としなやかな動きに心を奪われる。矢は的に当たり、次々とポイントを重ねていく。しかし、対戦相手もまた強敵だった。


試合は接戦となり、最後の一射が勝敗を決める状況にまで持ち込まれた。綾音は深く息を吸い込み、弓を引き絞る。しかし、わずかに集中が乱れたのか——矢は的を外れ、惜しくも敗北が決まった。


試合が終わり、綾音はしばらく的を見つめていた。しかし、すぐに悔しさを押し殺すように深呼吸し、静かに弓を下ろした。その横顔は悔しさをにじませながらも、どこか清々しさも感じさせるものだった。


彼女が戻ってくると、俺は言葉を選びながら声をかける。


「……惜しかったな。でも、すごくかっこよかったよ。」


綾音は少し驚いたように俺を見つめ、それから小さく微笑んだ。


「……ありがとう。でも、やっぱり悔しい。」


その言葉に、俺はそっと頷いた。悔しさを感じるのは、それだけ本気で取り組んできた証拠だ。


「……次は、もっと強くなる。」


綾音はそう言いながら、強い決意を瞳に宿していた。俺はそんな彼女の姿を見て、改めて綾音の努力を支えたいと思った。


試合が終わり、道場を後にするころには、すっかり夕焼けが空を染めていた。部長や他の部員たちとも別れ、俺と綾音は二人並んで歩きながら帰路につく。


「悔しかったな……でも、綾音はすごかったよ。」


俺が素直にそう言うと、綾音は少し驚いたようにこちらを見た。


「そう……かな?」


「うん。綾音の試合、見てて本当にかっこよかった。」


彼女はほんの少し頬を染めながら、視線を前に戻した。


「……ありがと。でも、やっぱり負けるのは悔しい。もっと練習して、次の大会では勝ちたい。」


「俺も。今日の試合で、自分がまだまだだって痛感したし……次こそは、ちゃんと勝てるように頑張る。」


俺が拳を軽く握ると、綾音も同じように小さく拳を握りしめた。


「じゃあ、また一緒に練習しようね。」


「もちろん。」


二人で見上げた空は、赤から紫へと変わりつつあった。風が心地よく吹き抜け、少しだけ疲れを癒してくれる気がする。


今日までの努力、悔しさ、そしてこれからの決意——。すべてを胸に刻みながら、俺たちは並んで歩き続けた。


こうして、俺たちの弓道の挑戦は始まったばかり。だけど、この道を進んでいけば、きっともっと強くなれる。


次の大会に向けて——俺たちはまた、一歩前へ進んでいく。


エピソード1・完

終わった〜。疲れました。エピソード2はどうしようかね。

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