憧れの一射
幼い頃、夜のテレビに映った光景が、今でも脳裏に焼き付いている。
凛とした空気の中、白い道着に身を包んだ選手が静かに立つ。深く息を吸い、弓を構え、矢を引き、放つ。その一連の動作は流れる水のように滑らかで、無駄のない美しさがあった。矢は迷うことなく的へと吸い込まれ、静寂の中に響く「的中」の音。その瞬間、胸が震えた。
「弓道って、こんなに綺麗なんだ……」
それ以来、弓道は憧れの存在になった。しかし、小学生の自分には弓を引く機会はなかった。中学に上がっても弓道部はなく、ただ心の奥にその憧れを秘め続けるしかなかった。そして高校入学の日、ついにその機会が訪れた。
---
新しい制服に袖を通し、期待と緊張を抱えながら校門をくぐる。部活動の勧誘で賑わう中、一枚のポスターに目が留まった。
「弓道部 新入部員募集中!」
迷いはなかった。すぐに弓道場へ向かう。
そこには、中学生の頃には見たことのない光景が広がっていた。広々とした道場の床には、道着姿の先輩たちが正座し、静かに弓を構えている。その背筋は一本の矢のように伸び、すべての動きに無駄がなかった。
「見学?」
ふと声をかけられ、振り向くと、上級生らしき男子が立っていた。
「はい! 弓道に憧れて……入りたいです!」
「そっか。じゃあ、まずは見ていきなよ」
先輩はそう言うと、弓を構えた。息を整え、左手に持つ弓をまっすぐ伸ばし、右手の指で弦を引く。その姿はまるで、あのテレビで見た弓道家そのものだった。
——スッ
放たれた矢は、一直線に的へと飛び、見事に中心へ命中した。
「……すごい」
「ふふ、まだまだだよ。入部したら、これができるようになるかもね」
「……絶対に入ります!」
そうして、俺の弓道人生が始まった。
---
入部初日
入部届を提出し、正式に弓道部の一員となった日のこと。自己紹介を終え、部の説明を聞いていると、隣に座る一人の女子が目に入った。
髪を肩のあたりで結び、目を輝かせながら話を聞いている。どことなく俺と同じような緊張感と高揚を感じた。
説明がひと段落したところで、なんとなく声をかけてみる。
「あの……君も新入部員?」
「うん! 今日からよろしくね」
笑顔で答えた彼女は、元気で話しやすそうな雰囲気を持っていた。
「俺、弓道は全くの初心者なんだけど……君は経験者?」
「ううん、私も初心者だよ! でも、小さい頃にお兄ちゃんの試合を見て、それがすっごくかっこよくて……それで、いつか私もやってみたいなって思ってたんだ」
「兄貴が弓道やってたのか。それなら、いろいろ教えてもらえそうだね」
「うーん、それが……実は全然教えてくれなくてさ。『自分で学ぶからこそ意味がある』とか言って、厳しいんだよね」
彼女は少し困ったように笑う。
「でも、ようやく弓道を始められるから、今はすごく楽しみ! あ、そうだ、君はなんで弓道を?」
「俺は、昔テレビで見た弓道の試合がすごく綺麗で……なんていうか、惹かれたんだよな。それで、ずっとやりたくて」
「へえ、テレビがきっかけなんだ。わかるなぁ、弓道って静かで綺麗で……見てるだけで引き込まれる感じするもんね」
「そうそう! なんか、ただのスポーツじゃなくて、一つの型として完成されてる感じがするんだよな」
「うんうん! よーし、せっかく入ったんだし、絶対に上手くなろうね!」
彼女は拳を握って、やる気満々な表情を見せる。その姿に、俺もつられて笑ってしまった。
「おう! お互い頑張ろう!」
こうして、弓道部での新たな仲間ができた。まだ何も知らないけど、これから少しずつ学んでいくんだ。
俺たちの弓道の旅が、ここから始まる。