追憶の森
追憶の森は、現実の世界と夢の狭間に存在するような、不思議な空間だった。入口に立つと、冷たく澄んだ空気が肌を撫でる。森全体が淡い青緑の光に包まれ、葉や木々には輝く粒子が浮かんでいる。道の両脇には無数の花が咲き、花びらが時間の流れを逆行するように舞い戻る様子が見えた。
「すごい……ここが追憶の森……」
ルナが目を見張る。
「どこか懐かしい気がする。けど、見覚えはないんだ。」
シンは一歩足を踏み入れながら呟いた。
足元には石畳の道が続いていたが、それはやがて霧に覆われ、森の奥へと溶け込んでいく。
「シン、少し聞いてもいい?」
ルナが隣で歩きながら口を開く。
「シンの過去の記憶って、どこから明確に覚えてるの?」
シンは少し考え込むと、低い声で答えた。
「俺の記憶は……子供の頃のものは断片的で、そのほとんどがぼやけてる。鮮明に覚えてるのは……そうだな、カイルに出会ってからのことだ。」
「カイルから、どんなことを学んだの?」
ルナが興味深そうに問いかける。
「剣術や料理、計算、語学とか…生活する術、あとは時の雨の力についても少し……カイルさんはいつも俺に言ってたんだ。『過去に囚われるな、未来を生きろ。』って。」
ルナは納得してシンに語る
「そっか…カイルはきっと過去のトラウマに囚われた自分とシンを重ねていたのね。シンは自分のように壊れてほしくなかった…カイルなりの優しさだったんだろうね。」
シンは歩みを止め、ルナの言葉を静かに受け止めた。薄い霧が二人の周囲を包み、森の中は一層神秘的な静けさに満たされる。
「優しさ、か。」
シンは小さく呟き、少し視線を落とす。
「たぶん、そうだったんだろうな。俺には当時、よくわからなかったけど…カイルさんがそうやって俺を引き止めてくれたから、今の俺がいるんだと思う。」
ルナはシンの横顔を見つめながら微笑む。
「それだけじゃないよ、シン。きっとカイルは、願いを、シンに託したんじゃないかな。」
「願い?」
シンが眉をひそめて問い返す。
「そう。」ルナは足元に咲く逆流する花びらをそっと触れながら続ける。
「過去に向き合うだけで精一杯だったカイルが、自分の代わりに未来を見てほしいって、そんな願いがあったのかもね。シンが過去に囚われず、自由に未来を切り拓くことが、カイルにとっての救いだったんだと思う。」
その言葉に、シンは息を飲んだ。カイルの面影が頭に浮かび、あの鋭い眼差しや、ぶっきらぼうだけど温かい言葉がよみがえる。
ルナは優しく続ける。
「行こうシン!きっとこの森は、ただ記憶を振り返るだけの場所じゃない。進むべき道を教えてくれるはず、追憶の扉まではもうすぐよ。」
二人の背中を追うように、霧がそっと揺れ動き、森の奥へと道が続いていった。