ルナの研究所
シンとルナはカイルと別れた後、「時の雨」の雫を解析するため、ルナの研究所へと向かった。そこは古い書物や計測器が並ぶ一方で、透明な球体が天井から吊り下げられ、柔らかな光が空間を照らしている。どこか幻想的でおしゃれな雰囲気が漂っていた。
「その雫、ここにはめてみて。」
ルナが研究所の中心に据えられた装置を指差す。
シンが手にした雫を装置にはめ込むと、機械が低く唸りを上げ、やがて幾何学模様が光り始めた。立体映像のように記憶の断片が浮かび上がり、そこにはシンが以前見た大海原や砂漠の光景が映し出された。
「これは……」シンが呟く。
ルナは素早く装置の計測値を確認し始める。雨の周期や雫の濁り具合、数多の古い地図を重ね合わせ、計算を進めていく。
しばらくして、彼女が呟いた。「追憶の森……その先に……扉。」
「扉?」シンが聞き返す。
ルナは頷きながら続けた。「その扉を開くには鍵となる雫が必要。その雫は……恐らく、シン。メモリアルリンクスである、あなたの過去に繋がるもの。」
その言葉を聞いた瞬間、シンの顔が蒼白になった。胸の奥に深く刺さるような痛みが広がり、彼の心をかき乱す。
「過去……嫌だ……やめてくれ。」
震える声が漏れた瞬間、シンの視界が歪み始めた。
突如、耳をつんざくような叫び声と、肌を焼くような熱気が蘇った。彼の脳裏に浮かぶのは、燃え盛る炎に包まれた家だった。瓦礫が崩れる轟音とともに、黒煙が天井を突き抜ける。
「走って!シン!」
母の声が響く中、力強い母の手が彼の手を引いている。
「母さん……!」
次の瞬間、視界の端に父親の姿が映った。暗い影のように家の中で佇む彼は、無言で炎を見つめている。いや――手には油缶を持ち、燃え盛る火の中へとそれを注いでいた。
「父さん……何を…!」シンが叫ぶが、父親は振り向こうともしない。
母が彼を無理やり引っ張り、燃え盛る街路を走る途中、足元で瓦礫が崩れた。熱風がすべてをかき消し、シンは転倒する。
その刹那、場面は切り替わり、母の手の感触は途絶えて手の中に懐中時計を握り走っていた
辺りに響いたのは、自分のものとも他人のものとも分からない悲鳴。そしてその中で、母の声が微かに聞こえた気がした。
「これを……シン……だ……」
だがその言葉が意味するものを、シンは理解できなかった。母が何を伝えようとしたのか。その断片的な言葉だけが耳に残り、消えゆく。
「シン!」
遠くからルナの声が響く。その声が彼を現実へ引き戻そうとするが、シンは膝をつき、頭を抱えたまま動けない。
「やめてくれ……もうやめてくれ……」
頭を抱え震えるシンに、ルナはそっと近づき、優しく肩を掴んだ。
「シン、落ち着いて。深呼吸して。」
「無理だ!もう無理なんだ!」シンの目から涙がこぼれ落ちる。
ルナは冷静に、穏やかな声で語りかける。「大丈夫。あなたは一人じゃない。」
彼の荒い呼吸が徐々に落ち着いていくのを感じながら、ルナは続けた。
「シン、辛いよね…でも、あなたがこの記憶に向き合わなければ、真実は永遠に閉ざされたままなの。」
「でも……母さんの言葉が……何を言いたかったのか……」
ルナは彼をじっと見つめて答えた。「分からなくてもいい。それを確かめるために、私たちは進むの。」
シンは震える手で涙を拭い、ゆっくりと立ち上がる。「……やる。確かめるために……逃げるのはやめる。」
ルナは微笑んで彼に手を差し出す。「行きましょう、追憶の森へ。」
装置の中で揺れる記憶の断片を見つめるシンの目には、恐怖が残っていた。それでも、その奥には確かに過去に立ち向かおうとする決意の光が宿っていた。