秘密に迫る者
翌日、シンはカイルと共に街の外れにある廃墟に向かっていた。カイルが「ある人物がお前に会いたがっている」と言ったからだ。廃墟に着くと、雨がしとしとと降り注ぎ、朽ちた石壁に雨粒が光を反射させていた。
「おい、ルナ。いるんだろう?」
カイルが声をかけると、静けさを破るようにコツコツと軽い足音が響いた。そして、10歳くらいに見える幼い少女が姿を現した。
彼女の名はルナ。タイムハンターの中でも異端とされる存在。名前くらいは聞いたことがあったが、まさかこんなに幼い子供だったとは。
「随分久しぶりね、カイル。それと……よく来たね、坊や。」
彼女の目がシンを捉える。シンは思わず背筋を伸ばした。
「シンだ。俺の弟子だよ。」
カイルが軽く肩をすくめて答えると、ルナはシンを興味深そうに眺めた。
「ふーん…いい目をしている…ちょっとは期待してもいいかしら?」
彼女の小さな手が焚火のそばの椅子を指差す。「そこに座って。」
シンが指示通り腰掛けると、ルナは焚火を見つめながら話し始めた。
「あら?その首にかけている懐中時計、おしゃれね」
「あぁ…これは母に」
「造りも精巧で良い時計だわ、ところで坊や、なぜ雨が赤い緋色をしているか知っている?」
突然の問いに、シンは首をかしげた。
「過去の記憶を宿しているから……それ以上はわかりません。」
ルナはくすりと笑う。
「そうね。間違いじゃない。でも、緋色だけが雨に宿るわけじゃないのよ。…あなたが生まれた頃くらいまでかしら?かつてこの街には、喜びの感情が強い碧や黄金、翠色の雨も降っていたの。」
「碧や黄金色の雨……?」
シンはその想像がつかない光景に息を呑む。
「碧い雨は深い喜びを。黄金色の雨は純粋な感謝、翠色は希望を宿していたわ。けれど、今では緋色――強い怒りや絶望の記憶がほとんどになってしまった。」
「どうしてそんなことに……?」
シンの疑問に、ルナの表情が一瞬曇る。
「それは、恐らくこの街の過去に原因がある。この街が戦争や争いの中で希望を失い、痛みと苦しみだけを蓄えてしまったからよ。」
ルナは焚火を見つめながら静かに続けた。
「けれど、それでも私は信じているの。喜びの記憶も、緋色以外の雫だってどこかにまだ残っているはずだって。そして、それを探す鍵が『想影の海』にあるの。」
「想影の海……?」
シンは聞き慣れないその言葉に興味を惹かれた。
「時の雨が降る理由は、その海にあると言われているわ。想影の海は、過去の人々が流した涙、その涙に刻まれた感情の流れ着く最終地点。その海が雨を生み出しているの。」
シンがさらに質問しようとしたとき、カイルが立ち上がった。
「おい、ルナ。こいつに妙な夢を見させるな。」
カイルの声にルナは肩をすくめた。
「妙な夢じゃないわ、カイル。この子がその鍵を持っているかもしれないもの。」
「鍵?」
シンが聞き返すと、ルナはにっこり笑った。
「あなたの心に眠る何か。それが、海を変える可能性を持っている。」
カイルが険しい顔でルナを見据える。
「だめだ!想影の海を追うには大きなリスクが伴うんだよ。お前だって、そのせいで年を取らなくなっちまったじゃねぇか!」
ルナは無邪気な笑顔で言い返した。
「あら、ずっと若いままで居続けるのも悪くないけどね?ある意味、最高の美容法だわ?」
「冗談を言ってる場合か!」
カイルが怒鳴ると、シンは二人の間に立って声を張り上げた。
「それでも、俺は知りたい!雨のことも、海のことも、リスクがあるならその覚悟を持ちます!」
カイルは驚いた顔をし、ルナは微笑みながらシンを見つめる。
カイルが深刻な表情で割り込む。「真実だの鍵だの、簡単に言うが、そんなものを探しに行けば命の保証なんてないぞ。」
「わかっています。でも俺、引き返せません。」
シンの強い意志を感じ取ったのか、カイルは短くため息をついた。
「……俺は止めない。ただ、どうか…命だけは大事にな。怖気づいたらすぐ帰って来いよ」
ルナが焚火のそばで立ち上がり、シンに手を差し出した。
「じゃあ、決まりね。シン、ようこそ『想影の旅』へ。」
シンがその手を握ると、どこからともなく風が吹き抜け、焚火の炎が一瞬だけ碧く燃え上がった。
「行きましょう。海を探す旅に――そして、この雨を変えるために。」