記憶のリスク
降り続く時の雨の中、シンは初めて単独での記憶収集任務に向かっていた。小さな容器を手に、雨粒に指を伸ばすたび、心臓が速く脈打つ。カイルの言葉が頭の中で響く。
「集中しろ。記憶に飲み込まれるな。」
緊張しながらも、赤く輝く一粒の雨を掴む。次の瞬間、視界が白く染まり、一つの光景が浮かび上がった。
目の前には荒廃した村。黒く焦げた家々と無数の瓦礫。その中で、傷ついた男が倒れている。
「助けてくれ……」
血に濡れた手を伸ばすその男に、記憶の中の誰かが駆け寄ろうとする。しかし、遠くから砲撃音が響き、光景が揺れる。その瞬間、シン自身が瓦礫の下敷きになる感覚に襲われた。
「う……っ!」
目を覚ますべきだと分かっているのに、記憶の中の感覚が現実の身体を支配する。胸を圧迫する苦しみ、焼け付く熱――それらがシンを飲み込もうとする。
「シン!」
突然、強い力で腕を引かれる感覚。視界が戻ると、目の前には険しい顔のカイルが立っていた。
「馬鹿野郎!だから言っただろう、記憶に飲み込まれるなと!」
カイルが容器を取り上げ、シンを強引に雨の中から退かせる。
「す、すみません……俺……」
震えながら謝るシンに、カイルは厳しい視線を向けた。
「記憶はただの素材だ。そこに感情を持ち込むな。それができないなら、この仕事はお前には向いていない。」
雨宿りのため二人は廃屋に入った。沈黙が続く中、シンが小さな声で尋ねる。
「でも、記憶の中で見たものを無視するのは難しいです。あの人の苦しみや、助けを求める声を……」
カイルは一度目を閉じ、深い溜息をついてから口を開いた。
「シン。記憶を覗くことは、過去の断片を掬い取ることだ。その中にどんな悲劇や苦しみがあろうと、俺たちはそれを収集するだけだ。だが、そこに意味を見出したいなら、強い意志が必要なんだ。」
「強い意志……?」
「ああ。お前はなぜ記憶を集める?」
シンは答えに詰まった。理由を考えたことがなかった自分に気づき、戸惑いを覚える。カイルはそんな彼をじっと見つめていた。
「いいか、ただ収集するんじゃなく、記憶を集める理由に意味を持たせるのであれば、強い意志が必要だ、そうじゃなきゃ、いつかその重さに押しつぶされる。」
その夜、シンは宿のベッドで考え続けた。なぜ記憶を集めるのか?その問いの答えを探すうちに、彼は自分の過去を思い出した。
かつて、家族を失った災害の日。突然の出来事に、何が起きたのか分からないまま、ただ流された過去――彼には「なぜ」を解き明かしたいという願いがあった。
「俺は……真実が知りたい。」
シンは目を閉じ、雨の音を聞きながら心に誓う。