タイムハンター
朝の雨はいつもと同じように降っていた。緋色に輝く雫が路地裏の水たまりを染めている。カイルはシンを連れて、タイムハンターたちが集まる市場へと足を運んでいた。
「シン、お前にはまだ分からないことだらけだろう。だが、この市場を見れば、俺たちの仕事の全貌が少しは掴めるはずだ。」
カイルの声に導かれるまま、シンは市場の中に足を踏み入れる。そこには、現実離れした光景が広がっていた。
屋台のような簡素な店が並び、それぞれの店主が「記憶」を展示している。「時の雨」が小瓶に詰められ、「愛」「憎しみ」「歴史の一瞬」といったラベルが貼られている。それを興味深そうに眺める客たち。交渉の声が飛び交い、独特の活気が漂っている。
「タイムハンターには、大きく分けて二つの流派がある。」
市場を歩きながら、カイルが説明を始めた。
「一つは『商人型』。彼らは記憶を集め、それを売ることで生計を立てている。この市場にいる連中のほとんどはそのタイプだ。あの店を見てみろ。」
カイルが指差した先では、派手な装飾を施した屋台が並び、店主たちが客に記憶の価値を売り込んでいる。
「これを見ろ、戦場での英雄の最後の瞬間だ。希少な記憶だ!」
「こっちは王国崩壊の時の記憶。歴史的な代物だぞ!」
「そしてもう一つは『収集型』。過去の記憶を集めて失われた歴史を復元しようとする連中もいる、だがな、それだけじゃない。」
カイルの目が一瞬、厳しい光を宿した。
市場を歩いていると、シンの目に奇妙な光景が飛び込んできた。路地の奥で、二人の男が小声で何かを話している。その間に渡される小瓶――だが、瓶の中の光はどこか濁っていた。
「カイルさん、あれ……」
シンが指差すと、カイルの表情が一瞬険しくなった。
「あいつらか……悪徳商人め。」
「悪徳商人?」
「ああ。奴らは記憶の『改ざん』をしているんだ。収集した記憶を操作して、本来の持ち主が経験しなかったことを加えたり、削ったりする。それを『時の雨』として売るんだ。」
カイルの声には怒りが込められていた。
「それって……そんなこと、許されるんですか?」
「許されるも何も、奴らはルールを守る気なんてさらさらないさ。記憶を操るというのは、他人の人生を操るのと同じだ。だが、それを欲しがる連中がいる限り、奴らは消えない。」
シンが二人を見つめていると、ふと男たちの目がこちらを向いた。シンとカイルに気づいたのだろう。慌てて小瓶を隠し、足早にその場を去ろうとする。
「追うぞ、シン。」
カイルが短く指示を出すと、シンは驚きながらもその後を追った。狭い路地を駆け抜け、市場の裏手にたどり着く。
「待て!」
カイルの声に男たちは振り返ることなく走り続けたが、やがて行き止まりにぶつかる。一人の男がナイフを取り出し、こちらを威嚇するように構える。
「近寄るな……!お前たちに用はない!」
「用がない?記憶を改ざんして売るのはどういう了見だ!」
カイルが鋭い声で問い詰めると、男たちは口を閉ざし、緊張感が漂った。
シンは初めての緊迫した場面に戸惑いながらも、なんとか冷静を保とうとした。その時、カイルが静かに手を挙げて言った。
「シン、俺に任せろ。」
その後、男たちはカイルの巧みな言葉と威圧感で記憶の瓶を置いて逃げ去った。市場の喧騒に戻り、シンは一息ついた。
「カイルさん……俺たちが集めてる記憶も、いつかこうやって悪用される可能性があるのかな?」
シンの問いに、カイルは少し考え込んでから答えた。
「シン。記憶をどう使うか……それを決めるのは、持ち主の意思だ。」
シンは曇り空を見上げた。緋色の雫がまた降り注ぐ。彼の心には新たな疑問と決意が芽生えていた。
「俺は……ただ記憶を集めるだけじゃ終わりたくない。」