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時の雨

 灰色の雲が低く垂れこみ、街全体を包み込むように降り続ける雨。その雨粒は、ただの水滴ではない。それぞれが過去の記憶を宿し、光を帯びて緋色の輝きを放ちながら街の石畳に落ちていく。


 街角には、傘を差さずに雨に濡れる人々がいる。彼らは顔を天に向け、閉じた瞼の裏に浮かぶ記憶の断片を求めていた。人々は過去の何かを探し、何かを求めている。その切実な想いが、輝く雨の色をさらに染め上げているようだった。


 石畳に落ちた雫は途端に結晶化し、触れたものを過去の記憶へと誘う。記憶を記録したその雫の名は「時の雨」そしてそれを拾い上げる者たち――彼らは「タイムハンター」と呼ばれる存在だ。


「動きが遅いぞ、シン!」

 鋭い声が背後から響く。シンは慌てて足元の雫を拾おうとしたが、指先が震えてなかなかうまくいかない。

「す、すみません、カイルさん!」

「記憶は逃げない。だが、迷っている暇はないぞ。」

 カイルと呼ばれた師匠は、無駄のない動きで雨粒を小さな容器に集めていく。ベテランらしい手際だった。


 シンは新人のタイムハンターだった。まだその仕事の全貌すら掴めていない。しかし「時の雨」が秘める力に惹かれ、彼はこの世界に足を踏み入れた。だが、その雨がもたらす記憶の重さを、彼はまだ知らなかった。


 ようやく一粒の雫を指先で掴んだ瞬間、シンの視界は一変した。


 荒れ果てた大地、黒煙が空を覆い尽くす。銃声と爆発音が響き渡る中、泣き叫ぶ少女が見えた。少女の震える手には、小さな人形が握られている。その目の前で、家族が倒れていく様子がスローモーションのように浮かび上がった。




「――っ!」

 シンは息が詰まるような感覚に襲われた。悲しみ、絶望、怒り……一瞬で全ての感情が押し寄せてくる。少女の記憶は鮮烈で、シンの心を深く抉った。


「戻れ!」

 突然、カイルの声が響き、シンは現実に引き戻された。カイルが彼の肩を掴み、強く引き寄せていた。


「記憶に飲まれるな。お前の感情が揺さぶられると、現実に戻れなくなる。」

 カイルの目は真剣だった。その鋭い視線に、シンは恐怖すら感じた。


「すみません……でも、あの子が……あの子の記憶が悲しすぎて……」

「それが記憶の本質だ。だが、お前の仕事は感情移入することじゃない。ただ記憶を収集し、整理する。それ以上でも以下でもない。」

 カイルの冷たい言葉に、シンはただ頷くしかなかった。


 任務を終えた後、シンは街の一角に佇んでいた。雨はまだ降り続けている。緋色に光る雫が地面を染めていく。彼は手の中の容器を見つめながら呟いた。


「どうして、時の雨は降るんだろう……?」


 その問いは、誰に向けられたものでもなかった。ただ、彼の心の中に確かな種を植えつけた。


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