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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

柱崩れ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふ~ん、どっこいしょ!

 よーし、これで冊子のホチキスどめは終わったかな。

 こうやって大型ホチキス使うの、はじめてだなあ。その気になれば、いっぺんに200枚以上の紙へ針を通すことができるんだってさ。

 電子系が発達しても、やはり紙の大事さはおとろえちゃいないね。データが一気に吹っ飛んだり、何かしらの原因でアクセスできなくなったりしたときの保険として、アナログは役に立つ。


 それに、紙はまだ得体が知れているからいい。

 機械だと専門的な知識がなきゃ、どこをどのようにいじれば間違いが正せるか分からない。けれど紙ならその部分を塗りつぶしたり、取り替えたりは、身体が動きさえすれば可能だ。

 このホチキスの針みたいに、丸見えなものをいじりさえすれば、まとまりを変えたり、つなぎ直すのも簡単だというのも、ありがたいこと。

 それだけに、僕たちは注意をしたほうがいいかもしれない。

 日常で目にしているものは、少しいじるだけで簡単に大きな影響をおよぼす恐れをはらんでいるから。

 父さんが以前に話していたことなんだけど、耳へ入れてみないか。


 父さんが小学校へ通っていたおり、校舎で気になったところがあった。

 東西に設置された階段のうち、屋上へ通じる側にあたる東側階段。そこの三階、防火扉の影となる、直方体の柱の影。

 およそ人差し指、一本分の長さとソフトボールほどの幅と深みを持つ、「えぐれ」があったというんだ。

 普段、階段を行き来しているのみでは、そいつの存在に気づかない。角度的に見えないものなのだとか。

 そこの掃除担当になり、昼間でも影になって確かめづらい柱の箇所をぞうきんで拭う段になって、ようやく気付けるようなものとのこと。


 はじめ父さんは、律義にその傷のことを先生へ報告したらしい。

 実際に見てもらい、翌日にはそこの箇所だけ覆うビニールシートが張られ、数日後には修繕されていた。

 もっとも、年季の入った柱の色合いと比べれば、フレッシュさあふれる明るい色合い。

 つぎはぎされた感はあふれるも、修繕されたことはばっちりアピールされていたみたいだ。

 ところが、ひと月ほど経つと、またそこがぱっくりと開いてしまっていたらしい。


 修繕された箇所は、素手ではとうてい歯が立たない重厚さなのは、すでに父さんが確認済みだった。

 その埋め立てた跡が、ことごとくはぎ取られているのだから、道具を使った誰かの仕業と思って間違いないだろう。


 ――また、先生に報告したほうがいいか? でも、こうなる原因が分からないことには、引き続き同じことが起こるかも。


 お父さんがとまどう間に、そのえぐれから、ぽろりと転げたものがある。


 柱の内側の破片だ。

 爪の先ほどの大きさしかないそれは、コンと柱の肌でいったん跳ねてから、リノリウムの床をすべる。

 かつんと、防火扉に当たって音を立てるのと同時に、少し遠くで「ひっ」と誰かが息を飲むような、あるいはしゃっくりが出かかったような音を出したのを聞いたらしいんだ。

 このあたりは各クラスの教室とは反対側の、特別教室群。休み時間となると、いる人は限られているはず。

 いったん柱を置いておき、様子を探りにいった父さんだけど、この近辺には誰もいなかったんだ。

 奥にある図書室まで見たけれども同じ。外はいい天気とはいえ、部屋の中はもぬけの殻だったのだとか。

 いつもなら、そこに詰めているだろう図書委員の姿さえも、だ。

 その図書委員が自分と同じ学年の、隣のクラスの子であること。その子が休み時間以降、行方不明になっていることを知ったのは、少し経ってからだったとか。



 それから立て続けに3人、父さんの学校が行方不明者を出すことになる。

 2人は生徒だったが、3人目は先生だったものだから、いよいよ騒ぎは大きくなってしまった。

 3人とも学校にいる間に、行方が知れなくなったようだから、学校にいた面々は何度も事情を聞かれたのだそうだ。父さんもまたしかり。

 その話を耳にするたび、父さんはあの柱の影の様子を確かめた。

 あの図書委員の子がいなくなったタイミングと合致して以来、ずっと怪しいとにらんでいる。

 掃除当番である立場も使い、例の柱回りはあえて前回の時から手をつけないまま、様子をうかがっていたのだとか。


 結果、行方不明者が出るたび、柱の足下にこぼれている破片の数が増えているのが分かったんだ。

 生徒2人がいなくなったときは、図書委員の子の際と大差ないサイズ。先生がいなくなったときには、気持ち大きい破片だったそうだ。


 ――間違いない。柱の一部が欠けるとき、誰かが消える。


 図書委員の子のケース以外、こぼれる瞬間は見届けていない。自然なものか、誰かの手によるものか分からないが、この際はどうでもよかった。被害をおさえることが先決だ。

 かといって、オカルトじみたことを根拠にして訴えるわけにもいかず。父さんは再度、柱の修繕を依頼する。あくまで、壊れた箇所の修復願いだ。

 この前なら、次の日にはもうシートが張られて、もう数日後には穴埋めが完了していた。

 それで行方不明の人が帰ってくるのかとなると、分からない。でも、これ以上の被害は防げるはず……と父さんは踏んでいたとか。



 ところが、今回は全然修繕に取り掛かってはもらえず、柱の傷はそのまま野放しにされていた。

 新たな破片がこぼれた形跡はなく、行方不明となる人も現れない。でも、現状ではまたいなくなる人が出てくるかもしれない。

 消えてしまった人には、いまだ捜索願いが出されているようだし、学校に生徒の保護者と思しき人がやってくるのも目にした。

 それらの対処に追われているにしても、せめてシートによる目張りくらいはしてくれてもいいんじゃね? とは父さんも思ったらしい。


 ――しゃーない。俺が勝手にやろう。いざ、先生たちが話を聞いてくれる段になったら、外せばいいだろ。念のためってやつだ。


 あいにく、この日は何も備えがなく。

 翌日にガムテープとビニールシートの切れ端をランドセルに忍ばせ、朝早くに登校する父さん。

 教室に荷物をいったん置き、現場へ向かおうとしたところで「ガツン」と、大きな金属音を耳にしたんだ。


 この金属的なひびきの、大きな音。

 かなづちか、それに類するものだと父さんは悟った。しかもこの方向、特別教室の固まっているほうじゃないか。

 つまりは東側階段、例の柱がある方向。

 用意したグッズを手に、父さんは現場へと急行した……らしい。



 ん? なんでその大事なところで「らしい」とか言い出すのかって?

 それがさ、父さんの急行はそこで唐突に終わっちゃったのさ。

 確かに廊下を走っていたと思ったら、こけたつもりもないのに、急に視界が回転して、天井をあおぐや真っ暗に。

 気が付いたら、教室近くの男子トイレの中にぶっ倒れていたらしい。

 すでに外の廊下からは生徒たちのがやがやとした声がし、時間が経っていることが察せられた。

 生徒たちでごった返す中、あらためて東側階段へ。例の柱を確かめたところ、えぐれた跡がなくなっているばかりか、柱がまるまる一本、新しいものに変わっていたみたいなのさ。

 先に修繕されたときと同じように、周囲のくたびれた色合いの柱たちの中でも、ひときわ目立つ白色をたたえていたのだとか。


 行方の知れなくなっていた生徒も先生も、いっぺんに姿を見せているのも確認した。

 父さんの用意したはずのガムテープやビニールは、無造作に教室のゴミ箱の中へ突っ込まれていて、気を失ってトイレに倒れるまでのあれが、夢じゃなかったことを物語っている。

 けれども、父さんはあの柱こそが、学校に存在する者たちの文字通りの「柱」であったはずという自説を、いまだ信じているらしい。

 あれが崩れたとき、学校を構成する一部である自分たちも、また崩れる。逆にそれが直ったのならば、自分たちもまた修復される。

 どのような方法であれ、柱が本当に建て直されたのならば、自分を含めた学校にいる面々もまた作られ直されてしまったのかもしれない。

 本当の自分は、あのときにいったん消えてしまい、今いる自分はとてつもなくそっくりな別人かもしれない……なんて考えているのだとか。

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