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第8話「断罪晩餐会」

デューハースト王国宮殿ーー


片眼鏡が特徴的なベテラン男性侍従のジャックス侍従長に案内され、私とレンリ様はハロルド国王陛下がお休みになられている寝室に通される。


ベッドの上には痩せ細り、衰弱したハロルド様が横たわっていた⋯⋯


まさかこんな形でお目通りすることになるとは⋯⋯


部屋に入るなりレンリ様は鼻を押さえた。


「なんだこの臭いは⁉︎」


「いきなり不敬ですよレンリ様」


「しかし⋯⋯⁉︎」


レンリ様はなにかに気づいたご様子。


「“香”だ。見てみろシャルロット」


テーブルの上にスティックが入った花瓶が置かれてある。


「今すぐドアをすべて開けて換気しろ!」


レンリ様は周りにいた女侍従たちに恐い形相で命じる。


「シャルロットも鼻を押さえろ」


「いったいどうされたのですが」


「おそらくカグレーヌ草で作った香だ」


「カグレーヌ草?」


「ああ。危険な山岳地帯にしか生えていない珍しい植物で、効能の高い媚薬を作るのに使われるんだが、

身体が弱った人間が使用すれば効き目が強すぎて毒にもなる」


「じゃあ、陛下の意識が朦朧としているのはこの香のせい?」


「そうだ」


それからまもなくして部屋から鼻を刺すような臭いはしなくなった。


苦しそうにしていた陛下も落ち着いたご様子で寝息を立てている。


「まだ安心するのは早い。ここまで衰弱しているといつまた様子がおかしくなるかわからない。何か食べさせないと」


「ウォルトレーン辺境伯様、ベッドの脇に我々が用意した陛下のお食事がございます」

と、ジャックス侍従長が指を指し示す。


「野菜入りのスープか⋯⋯」


レンリ様はスプーンで具材のニンジンを口に入れる。


「マズい! なんだコレは。いつもこんな野菜を食べさせているのか」


レンリ様は強い口調でジャックス侍従長に尋ねる。


「いつもとなんら変わりないレシピで食事をご用意しております。今日だけ味がおかしいということはありません」


「これじゃあ陛下がだんだんと食べ物を口にしなくなったってのもわかるな」


聞かされていた父の話だとハロルド様は最近、食事が美味しく感じないと訴えていたそうだ。


皆、ハロルド様のお身体のどこかが具合悪くて味覚がおかしくなったと心配して、王国中の医者を集めて診察をしていた。


どの医者もお身体には異常はないとしていたが、ハロルド様の体調は変わらず⋯⋯


まさかこんな単純なことだったとは。


「厨房を貸してくれ。俺が調理する」


「辺境伯様がですか?」


「ジャックス侍従長、お願いします」


「シャルロット様まで⋯⋯わかりました案内いたします。どうぞこちらへ」


***


「こういうときは粥が1番だ」


レンリ様は通常よりも水を多めにしてお米を炊きはじめた。


その間に薬味を包丁で刻み、ウォルトレーンから持ち込んだ壺の中から岩塩に漬けたプラムを取り出す。


炊き上がったお粥の上にそれらを乗せて完成だ。


さっそく寝ているハロルド様の側にお粥を置いてみる。


すると、ハロルド様の鼻が“クンクン”としはじめた。


そしてゆっくりと目が開く。


「⋯⋯」


天井を見つめるハロルド様の目が彷徨っている。


気がついたばかりで頭が追いついていないご様子。


無理もない⋯⋯


「ハロルド様」


声をかけるとぼんやりとした表情で私を見やる。


数秒ほど間を置いてようやく声を発した。


「シャルロットか⋯⋯」


「はい。ハロルド様」


ハロルド様の表情に笑顔が戻る。


「俺はいったい⋯⋯」


「まずは飯だ。シャルロット、陛下の上半身を起こすのを手伝ってくれ」


「はい」


「誰なんだこの男は?」


レンリ様はスプーンでお粥を掬ってハロルド様の口に近づける。


「ほら、口を開けるんだ」


「だから誰なんだ君は?」


それからお粥を食べるハロルド様の手は止まらなかった。


「こんなに美味しい料理を口にしたのは久方ぶりだ。

ウォルトレーン辺境伯、先ほどは失礼した。感謝する」


「礼を言うのはまだはやいぜ。ウォルトレーンで採れたブロッコリー、ニンジン、ヤングコーンの温野菜だ」


ハロルド様はブロッコリーをフォークで刺して口に運ぶ。


「これが野菜の味か。調味料を加えていないのにこれほどまでに美味しいものだったとは」


「王宮ではいつからこんな酷い野菜を扱うようになったんだ」


「1年ほど前からだ。少しずつ味に違和感を覚えるようになっていった。

シェフに問いただしてもレシピに変わりはないと話し、医者も毒は入っていないと申した」


「陛下が食べていた野菜は土がよくない。連作のしすぎで土が弱っているところに農薬で無理やり成長させたんだ」


「食べてわかるものなんですか⁉︎」


「ああ。中には獣に食べられないように野菜の表面に吹き付ける薬だってある」


「獣が食べられないものを人が食べれるはずもないな⋯⋯どうしてこうなったーー」


ハロルド様は頭を抱えた⋯⋯


1年前⋯⋯1年前か。たしかリヒャルト・ダルザス侯爵が王都の交易を任されるようになったのはちょうどその頃だ。


王宮の食べ物はすべて貴族たちから献上されたもの。


そのいっさいの管理を任されていたのはダルザス侯爵だ。


もしシェフが食材の質に違和感を覚えていたとしてもダルザス侯爵が相手では異を唱えることなどできない。


1週間後ーー


ハロルド・デューハースト国王陛下の快気を祝って、晩餐会が催された。


長いテーブルには王国中の貴族たちが顔を連ねた。


その中には当然、父の姿も。


私は物陰に身を潜めて様子をうかがう。


「皆のもの此度は心配をかけたな。今宵のコースはどれも我が吟味して選んだ料理だ。とくと楽しんでくれ」


扉が開き、シェフたちが列を成して入ってくる。


手にしていた皿を並べ終わると、ハロルド様の手を叩く合図で一斉にドーム型の蓋を開ける。


皿に盛り付けされているのはポテトサラダとフライドポテト。


それを見た貴族たちは目を丸くする。


前菜とはいえ晩餐会に出す料理にしては地味だからだ。


参列した貴族たちから微妙な空気が流れる。


『コレはいったい⋯⋯』


貴族のひとりがポツリとこぼす。


「恐れながら陛下、ポテトサラダの隣に添えてある料理はなんでしょうか?

はじめて見ました」


と、別の貴族が発言する。


「フライドポテトと言って、ウォルトレーンの郷土料理だ。

もちろん使っているジャガイモもウォルトレーン産だ」


「ウォルトレーン⋯⋯」


貴族たちの表情がこわばる。


ヒソヒソと“ウォルトレーンの物を食べてお腹を壊したりしないのか”“きっと毒だぞ”

“陛下はいったいどうされたのだ”と、心ない声が聞こえてくる。


それだけウォルトレーン産のものに対する潜在的な抵抗が強いということか。


それにしても父の隣に座るダルザス侯爵は冷静だ。至って表情ひとつ変えていない。


「どれも美味しそうだ。いただくとしよう」


そう言ってダルザス侯爵はフライドポテトを口に運ぶ。


それを見た地方貴族たちはつづけてフライドポテトを口に入れる。


「陛下⋯⋯お言葉ですが味付けは悪くないのですが、使っているジャガイモがよくない。

ねっとりとしていてジャガイモ本来の甘みも感じられない。皮なんて緑色の部分がある。

しっかりと土が盛られておらず日に当たった証拠だ。食べたら体を悪くします」


「左様かポテトサラダの方はどうだ?」


ダルザス侯爵はハロルド様に促されるようにしてポテトサラダを口に入れる。


それを見た周りの貴族たちも口にかき込む。


「陛下、美味しゅうございます」


と、地方貴族のひとりが感想を述べた。


そしてもうひとりの地方貴族もつづく。


「庶民的なポテトサラダが出てきたときは驚きましたが、王宮で調理されたポテトサラダは格別。

このような美味しいポテトサラダはじめて食べました」


「左様か。リヒャルト、ポテトサラダの味はどうだ」


「やはりジャガイモがいいのでしょう。ジャガイモ本来のホクホクとした食感が感じられ、甘味も際立っております。この味はまさにダルザス産のジャガイモ。僭越ながら我が領で生育したジャガイモで、ここにいるみなさまの舌を喜ばせることができること大変光栄に感じております」


貴族たちから拍手が湧き起こる。


「リヒャルト、ひとつ勘違いをしておるな。ポテトサラダに使用したジャガイモはウォルトレーン産のものだ」


ピタリと止まる拍手。


気まずい空気が流れる。


「まさか⋯⋯」


狼狽するダルザス侯爵。


「そしてさきほどそなたが貶したフライドポテト。アレがダルザス産のジャガイモだ」


「そ、そのようなはずは⋯⋯」


「そなたは自分のジャガイモとウォルトレーン産のジャガイモの区別がつかないほど愚かではないはずだ」


「陛下、いったいコレは何の戯れですか」


周りの貴族たちがざわつき出す。


『それは私からお話致しましょう』


物陰に潜んでいた私はドレス姿で貴族たちの前に姿を現した。


「⁉︎ そのやけどの痕⋯⋯ラドフォルン侯爵のご令嬢か⋯⋯」


「リヒャルト卿、あなたは王都の交易管理の立場を利用して、王宮に献上される食材をすべて自分の領地の食材に切り替えていましたね。それが陛下が食べ物が美味しくないと感じて体調を崩した原因です」


「ダルザス産の食材が美味しくないとはとんだ侮辱だ。ラドフォルン侯爵のご令嬢とはいえ容赦はできん」


「先ほどご自分で食べられて実感されたではありませんか。ダルザス産の野菜は美味しくない。その理由もご存知のはず」


「このっ⋯⋯」


「ダルザス領は名産である作物を連作させてしまったために年々味が落ちていき、収穫量が減っていった。

募った焦りで商人の口車にまんまと乗ってしまったのでしょうか。薬品にまで手を出して作物の見栄えだけを取り繕った」


「言いがかりだ! 陛下ッ! これはクラウスが私を陥れるために仕組んだ罠です。クーデターだッ!」


「シャルロットかまわぬ。つづけろ」


「陛下⁉︎」


「そうまで取り繕ったとしてもダルザス産の野菜の評判はいずれ下がる。そう考えたあなたは“王都商売許可状”をチラつかせ商人たちに“王宮献上品”という箔をつけた野菜を高値で買わせて価値を偽装した」


「でっちあげだ。そのような事実はない!」


「ヘー、えらい自信だな」


シェフの格好したレンリ様が現れる。


「なんだ貴様は!シェフがなぜこのような場に現れる!」


「リヒャルト、彼は今宵の晩餐会でシェフを務めるレンリ・ウォルトレーン辺境伯だ」


「ウォルトレーン⋯⋯まさかこのような場に」


周りの貴族たちが再びざわつき出す。


“想像していたのよりずっと若いな”


“アレが戦場の悪魔の息子?”


「いちゃ悪いか?」


レンリ様の一言で場が静まる。


「シャルロットつづけろ」


「自ら作り出したカラクリに味を占めたあなたは、今度は自分の陣営に取り込みたい貴族たちにもそれをやらせた。

できが悪くて売れずに困っていた産品を“王宮献上品“という箔をつけて商人たちに売らせる。

貴族は懐が潤い領地経営が回る。商人たちは通常なら売れないような品が飛ぶように売れる。

そしてダルザス卿には言いなりとなる貴族と商会ができて王宮内の権威が高まる。

3方が得する見事な錬金術です」


「それが政治だ。なんらやましいことなどない」


「だとしてもあなたは自分の私利私欲のために国王の健康を害した! 謀叛と受け止められても仕方ありませんよ」


「小娘が⋯⋯」


ダルザス侯爵の顔が真っ赤となり、握った拳が震えている。


「そこまでだリヒャルト・ダルザス」


「陛下ッ!」


「追って沙汰を下す それまで蟄居するのだな」


「待ってください陛下!」


「まさか王宮を経由した錬金術で国王様の食事の質が一気に落ちるなんてやりすぎましたね。リヒャルト卿」


「くっ⋯⋯」


ダルザス侯爵は近衛兵たちに連れられその場を去って行った。


「皆もの。今宵のワインはウォルトレーン産だ。口直しに良いぞ」


ハロルド様の音頭で場の空気は落ち着きを取り戻し晩餐会が仕切り直された。


3日後ーー


国王謁見の間にルイーザ・ダルザス侯爵令嬢が呼び出された。


ハロルド国王陛下は玉座に座り、その目の前でひざまづくルイーザ侯爵令嬢。

まさにその様は罪人の様であった。


「ルイーザ。そなたは香の効果を知らなかった」


「そ、それは⋯⋯」


「そなたにカグレーヌ草の香を献上したコルネロス商会には解散を命じ、

会長のジャコール・コルネロスには国王暗殺の嫌疑がかけられ先ほど斬首した」


「ヒッ⋯⋯」


「だが、そなたは何も知らなかった。此度はそういうことにしておく」


「ヘ、陛下⋯⋯」


「そしてそなたの父、リヒャルト・ダルザスから領地、財産、身分をすべて召し上げ、隣国の地に隠居させた。

その娘であるそなたを妃にしては貴族たちに示しがつかない。よってそなたとの婚約を破棄する」


「ま、待ってください。それだけはご容赦を!ワタシをワタシを陛下のお側に置いてください」


「ならぬ。そなたはこれより出家し、教会でその醜く汚れた心を清らかにする修業をつんで聖女となるのだ」


「陛下ーー」


立ち去ろうとするハロルド国王にルイーザは涙を流しながら縋り付く。


「ご勘弁を!」


「どこまでも醜い女子(おなご)だ。最後にひとつ教えてやろう」


ハロルド国王は、ルイーザを連れ王城内にある教会へとやってきた。


ちょうどそこではレンリ・ウォルトレーン辺境伯とシャルロット・ラドフォルンの結婚式が執り行われている。


ウエディングドレスに身を包んだシャルロットは大勢の参列者の前であってもやけどの痕は隠していなかった。

彼女は腕のやけどの痕を恥じることない。それどころか勲章を身につけているように誇らしくしている。


「そなたのようにどんなに高い宝石を見つけたり化粧を施しても、臆することなく凛としている彼女の姿に勝る美しさはない」


ルイーザは声をあげてその場に泣き崩れた。


のちにルイーザは出家し、教会での修行に励んだと伝わるーー


幸せを誓い合う新郎新婦を見つめるハロルド国王の目から涙が溢れる。


「おめでとう。シャルロット、我が友レンリ」





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