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第4話「罠」

「シャルロット、おまえ⋯⋯重すぎるだろ!」


歩けなくなった私をレンリ様が背負って領主屋敷まで運んでくれている。


「ご、ごめんなさい⋯⋯」


恥ずかしすぎくてレンリ様の背中に顔を埋める。


「どんだけ防具を身につけてるんだ」


「こ、こうなったのもレンリ様のいたずらのせいですからね。責任取ってください」


「だから背負てんだろ」


『あらあらまぁまぁ。いつの間に仲良くなったの』


と、ドーラ様が玄関から飛び出してくる。


「姉さん、見ての通りだ。シャルロットに姉さんの服を貸してやってくれないか」


「はいはい。只今」


ドーラ様は泥だらけになった私の服を見て、慌てて屋敷の中へと引き返す。


気づいたら肩の部分袖が裂けていた。


レンリ様は顔を赤らめながら私から視線を外す。


「待ってくれ姉さん! やっぱ俺のを貸す」


「え? シャルロット様はそれでいいのですか」


「(小声で)姉さんは袖のない派手な服が好みだ。俺ので我慢してくれ」


「は、はい。レンリ様の服でお願いします⋯⋯」


***


男物のYシャツとズボン⋯⋯


姿見の前に立ってあらためて見るとやっぱり大きい⋯⋯


「レンリ様、ご配慮いただきありがとうございます」


「気にするな。それより見てほしいものがある」


そう言って、レンリ様はワインボトルが並べられたカウンターの前まで私を案内する。


「これって先ほどのワインセラーに保管されていたーー」


「そうだ。ぜひ飲んでみてほしい」


レンリ様は慣れた手つきでグラスにワインを注いで私の前においた。


濃い紅色、まるで血液のよう⋯⋯


ワイングラスを手に取って匂いを確かめながらゆっくりと口に含ませる。


口全体でワインの味を感じ、そして喉の奥へ。


“美味しい”


薫ってくる匂いだけで上質なワインだと感じていたけど、口に入れることで確信に変わった。


王都のレストランで出されたなら一杯10万デュール(1デュール=1円)はくだらないはず。


「驚いたか」


「は、はい⋯⋯美味しくて言葉を失ってしまいました」


「そうだろ。俺はこのワインを王国の貴族たちに飲ませてウォルトレーン領の良さをアピールしたいんだ。

その次はワインによく合うチーズ、そして野菜。どれもウォルトレーンで採れた食材で作った料理を食べさせてあっと驚かせたい」


「それでシェフになりたいと」


「それもある。1番はウォルトレーンを野蛮だと思っている奴らのイメージを覆したいんだ」


レンリ様の目つきが険しくなる。


「だって悔しいだろ。ここで暮らす領民ががんばって作ったのに“野蛮”だというイメージのおかげで

他国の市場に出しても手にもとってもらえない。このワインだってコルネロス商会のラベルを貼ることで

ようやく王都での販売に漕ぎ着けた」


“コルネロス商会”


ここでようやく繋がりが。


死の商人としての顔を持つコルネロス商会との接触はまさかワインを売るためだったとは。


「シャルロットの言うように、このままだと近い将来破綻する。だからこそウォルトレーン領で作ったものを買ってもらいたい。

お金が入れば街道を作って人を呼ぶことができる。そしたらもっとウォルトレーン領のことを好きになって貰える。

シャルロットのようにな」


「! 私ッ⁉︎」


「そのためにはまず評判を覆して、正しく評価してもらうことだ。明日、コルネロス商会の会長がやってきて調印式を行う。シャルロットも同席してくれ」


明日⋯⋯


***


はち切れんばかりのモーニングを着た小太りの男性がソファーにふんぞりかえる。


きついポマードの臭いを漂わせたこの男性こそコルネロス商会の会長ジャコール・コルネロス。


先の内乱で武器商人として暗躍し、彼に頭の上がらない貴族が非常に多い。


「本日はパオロ様だけでなく辺境伯様自ら顔をお出しいただけるとは恐悦至極にございます」


「くだらん挨拶はいい。さっさと契約内容を確認して事を済ませるぞ」


「では、今回、ウォルトレーン領で生産されたワイン20本、こちらをコルネロス商会のロゴを入れ、

我が商会が作った品として取り扱いさせていただきます」


酷だけど、ウォルトレーン領産として堂々と販売できない今は耐えるしかない。


レンリ様も次に繋げるための外貨を獲得できるならと苦渋の決断だったはずだ。


まずは王都の貴族たちに味を知ってもらうことそれからだ。


「先代の辺境伯様にはご贔屓にしていただきましたから、1本あたり売り上げの8割に当たる16万デュールで買い取らせていただきます」


「なんと!やりましたねレンリ様」


「ああ」


ちょっと待ってパオロ様、それにレンリ様。


あの味だったら1本100万デュールだって飲んでもらえるわ。


ジャコール・コルネロスはいくらで売るつもり?


「ご納得いただけましたか?」


「パオロ、ペンを」


「はい」


『待ってください!』


「どうしたシャルロット」


「レンリ様、契約してはなりません」


「どうしてだ?悪い条件ではないはずだ」


「騙されてはなりません」


「辺境伯様、この使用人は?」


「なんでもない。この手をどかせシャルロット!」


「どかしせん!」


レンリ様は契約書の上においた私の手を力ずくで払いのけようとする。


「これで収入が得られるんだぞ! お前も言っていたじゃないか。これでウォルトレーン領の未来が救われる。だから邪魔をするな!」


「正しく評価されなくては意味がありません!」


「⁉︎」


「まずは私の話を聞いてください。コロネロス会長は売り上げの8割で買い取るとおっしゃいました。ならば80万デュールではないでしょうか」


「80万デュール⁉︎ どういうことだ」


「この質のワインならば100万デュールで取り扱っても買い手がつきます。

それをたった16万デュールで買い取ることができるんだからコルネロス商会は84万デュールの高い利益を産み出すことができる。

レンリ様、搾取されてはなりません」


「そうか我々には20万で売ると言って実際は100万!」


「ようやくお気づきですかパオロ様。それだけ高値で取引できる代物ってことですよ。

レンリ様も自分たちの作った物にもっと自信を持ってください」


「さっきからなんなんだこの使用人は主人に対して無礼ではないか。それにまるで私を詐欺師扱いだ。

お嬢ちゃんは平民だから知らないと思うが、他所じゃ1デュールで売ったとしてもウォルトレーン領産ってだけで買ってくれない。

それを16万デュールで買い取ってやるんだ。まずは感謝をしてほしい物だ」


「ああ。ジャコールさんのおっしゃるとおりだ。俺はウォルトレーンで作るワインがこんなに美味しいんだってのを知ってもらえるなら1デュールでいいから売ってもらうつもりだった。

だけど売る奴が俺たちを対等に見てくれてないなら、ウォルトレーンの評判を覆すなんて到底無茶な話だな」


「辺境伯様、いったい何を⋯⋯」


「ありがとうシャルロット。ワインを売ることにとらわれて大事なことを忘れていた」


「何をおっしゃいますレンリ様。調印を思いとどまらせるために私をこの場に立ち合わせたのでしょ」


「見抜かれていたか」


「辺境伯様!こんな使用人風情の戯言に流されてはいけませんよ」


「ジャコール・コルネロスッ! 使用人、使用人とは無礼だぞ! 私はクラウス・ラドフォルン侯爵家令嬢 シャルロット・ラドフォルンなるぞ」


「ラ、ラドフォルン侯爵様のご令嬢ッ⁉︎ どうしてウォルトレーン領に⋯⋯」


「先ほどまでのそなたの振る舞いや辺境伯家を見下し、騙すような手口、看過できない。このことは父上に伝える。

おって沙汰を待て!」


ジャコール・コルネロスはその場に土下座する。


「申し訳ございません! 知らなかったとはいえ大変ご無礼つかまつりました。

本日のことはどうかお父様にだけには」


「ならば今すぐ立ち去れッ!さすれば処罰だけはしないでやる」


「ハ、ハハーッ」


ジャコール・コルネロスは慌てふためきながら屋敷を飛び出して行った。


***


広いダイニングでレンリ様と2人きり⋯⋯


レンリ様は恐い顔で黙ったまま⋯⋯重たい空気が流れる。


なぜ私にここに来いと⋯⋯


「シャルロット」


レンリ様が静かに口を開いた。


「さきほどは声を荒げてすまなかった」


「私の方こそ出過ぎたマネを。レンリ様は私がいなくても契約書にサインしなかったはずなのに」


「どうかな。コルネロス商会の話がうますぎることはパオロも俺も理解していた。

だけど、ワインを王都で売りたいという欲のほうが勝っていた」


「じゃあ、本当に思いとどまらせるために私を?」


「帳簿を解いたシャルロットの姿を見て確信した。きっとこの娘なら、コルネロス商会のからくりに気づいて俺を止めてくれるって」


するとレンリ様はキッチンの方に行って、料理が乗ったお皿を持ってすぐに戻って来た。


「これはおわびだ」


見たことのない料理だ。


ジャガイモを調理したようだけど⋯⋯


おそるおそるひとつをフォークに刺して口に運んでみる。


噛むとホクホクしている。


「美味しい! はじめて食べました。この料理はなんですか?」


「料理っていうかジャガイモをオリーブオイルあげただけのおやつだけど」


「おやつ⁉︎」


「子供のころよく姉さんとケンカして泣かされると決まってコレが出てきた。

仲直りのしるしつーか⋯⋯てか王都じゃ食べないのか“フライドポテト”」


「コレ、ワインによく合います!」


「聞いてなかったのかよ」


「フライドポテトっていうんですね。このような食べ物、王都にはありません。

だからあるじゃないウォルトレーン領の魅力!」


「魅力?」


「閃きました。たくさんの商人を呼んでもてなしましょう」


「もてなすってどういうことだ?」


「ウォルトレーン領の魅力をアピールするんです」









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