スペア
わたしはボーリングが好きで、よく通っていました。
話好きではありませんが、ボーリングをしているときは別で、隣のレーンの人とよく会話して、ゲームを一緒にすることもありました。
その日、話したのは背の高い、上品な初老の男性で、三ゲームほどやって、二勝一敗でわたしが勝ちました。
早期退職というわけではありませんが、現在は嘱託で、それなりに時間があるので大好きなボーリングに週三回は通っているとのこと。
何度かゲームを一緒にするころには、車で家まで送ってもらえるほどの仲になりました。
「もし、ボーリングのボールになって、ストライクをとったら」
「とったら?」
「とてもスカッとするだろうなあ」
とてもボーリングが好きでボールになりたいと思う人は初めてきいたので、思わずふいてしまいました。
その日の授業は職員会議のため、午前中で終わり、早期帰宅となりました。
午後は自習するようにと言われましたが、わたしの頭はボーリングをすることでいっぱいでした。
学校に近い県道の歩道を二、三人で歩いていると、白いベンツが横道から曲がってきました。友人と話していたわたしは特に気にも留めていませんでしたが、よく見ると、あのボーリング好きの男性が運転しています。
ああ、きっと今日もボーリングをしに行くのだろうなと思い、彼とするゲームのことを考えていると、白のベンツは対向車線を斜めに横切り、下校するわたしたちに突っ込んできました、
わたし以外のクラスメート、それにたまたまそこにいた通行人は気づくのが遅れて、みなはねられました。両足から折れた骨が突き出た状態で十メートル以上飛んでいった人、頭から血を流しながら魚みたいに震える人。
そこに立っているのはわたしだけでした。
壁にぶつかったベンツがバックし、車と壁に挟まれた人たちがべたりと真っ赤に潰れて、道に落ちると、ベンツはわたしをまっすぐ捉えて、発進しました。
気がついたら、わたしは病院のベッドの上にいました。母がたまたま花をかえていて、わたしに気づくと、顔をいっぱいに涙でぐしゃぐしゃにしながら、わたしを抱きしめました。
医師からの説明ではわたしは両足骨折でリハビリが必要。というより、歩行に難が出るのは間違いないそうです。
ふたりの刑事がやってきて、話をききたいと言いました。母はまだ意識が戻ったばかりだと言い、断ろうとしましたが、わたしはOKしました。むしろ、どうしてもききたいことがあったのです。
事件の全貌ですが、あの後、彼は三十七人も轢いて逮捕されたそうです。
逮捕されたとき、彼は「悪くないスコアだ」と言ったそうです。
あの男性にとって、わたしは、いえ、人間はピンでしかなかったのです。
ボーリングはやめました。足が不自由でなくても、行かなかったでしょう。
わたしは現在、PTSDに悩まされています。
だって、考えてください。
わたしは14ポンドのボールを持つ彼に何度も背を向けたことがあるのです。
わたしはボーリング場からの帰り道を彼の車で送ってもらったことがあるのです。
そして、何より辛いのはわたしの耳に、いつまでも、最後に残ったピンがボールに弾き飛ばされる音がずっと鳴っていることなのです。




