第8話 エデルの出身
「んで、首尾は?」
所長の問いに、騎士団長は穏やかに笑ってみせた。
「上々でしたよ。どうやら、元々、女史に関心をもっていた団員が相当数いたらしく、その日からあからさまに練度は高まりました」
「……傍から聞いてりゃ、女に色めき立ってやる気出したってだけに聞こえるがなぁ。んじゃ、まぁ、そのエデルウェイスくんも、はなからカレンのファンだったってことか?」
「失礼します」
ドアを開けて、リラが入室してきた。
美しい所作で、グラスを三つテーブルに置く。
「まさか、リラ以外にもカレンのファンがいたとはな」
所長の言葉に、なんのことやらと首を傾げ、リラは静かに退室した。
「だそうだが、カレン、どうだ?」
納得できたか、ということだろう。
説明はつくような気はする。
でも、腑に落ちないとも思う。
ちょうど、不出来な魔導回路がそうであるように、カチリと嵌った美しさが感じられなかった。
「ありがたいな、とは思うんですけど……正直、それだけのことで? という気持ちの方が強いです。私にはよく分からないんですが、叙任式の剣の誓いで出すのは、そういう人の名前なんですか?」
私が問うと、騎士団長は口元に手を当てて、じっと私を見つめた。
深い草色の瞳が、静かに光っている。
少しの沈黙の後、騎士団長はゆっくりと口を開いた。
「一般的には、親の名を挙げます。そうでなければ、師事した者の名を。将来を誓い合った恋人の名を挙げる、という例もなくはないですが、既に婚約を交わしている名門貴族の特権というのが実際のところです」
少し口調が重くなった騎士団長に、私も所長も口を挟まなかった。
彼は続けた。
「今回叙任を受けたエデルは……孤児院の出身なのです」
また、少しの沈黙が流れた。
そして、彼は言葉を次いだ。
「本人の名誉のために言えば、出自がどうであれ、彼はまぎれもなく騎士にふさわしい人物です。誰もが認める努力家で、毎晩遅くまでただ独り鍛錬に励み、今では私や副団長に次ぐ剣の冴えを見せています」
毎晩、ただ『独り』――?
私の心に引っ掛かったものがあったけれど、所長は別のところに反応した。
「お前やクリスに次ぐ剣の冴え? そりゃまた、年の割にとんでもねぇな」
騎士団長は小さく笑い、続けた。
「そんな、親がなく、特定の師を持たぬ彼が、剣の誓いで誰の名を出すのか。騎士団内ではそれなりに話題になっていました。エデルが女史の名を挙げたとき、式場の雰囲気は一瞬ゆらぎましたが、私の訓示を覚えていた者は、なるほどと思ったかもしれません」
「ふむ。他に挙げる名前がないから仕方なくカレンの名を出した、ってとこか。それなら納得だ」
「その言い方は刺さるものがありますけど、まぁ、それなら分かるような……」
話の着地点が見えたと同時に、申し訳ない気持ちが生まれてきた。
私はそんな場で名前を出してもらえるほどの人間じゃないと思ったからだ。
「俺からひとつ、聞いてもいいか」
「ええ、なんなりと」
所長が私をちらっと見て、それから騎士団長に視線を移した。
「そのエデルって坊ちゃんは、いい男か?」
一瞬驚いたような表情になってから、騎士団長はすぐに笑顔になった。
「ええ。同性の私が言うのもおかしいかもしれませんが、整った顔つきの好青年ですよ。少々、視野狭窄というか、周りが見えなくなってしまうことがありますが」
「――だってよ?」
「どういう話の振り方ですか、それは……」
ニヤつく所長にため息をついて、私は騎士団長の方に向き直った。
「色々と聞かせて頂いて、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそお時間をとっていただいてありがとうございました。今回のことに気を害さず、また騎士団に足を運んでいただけるとありがたいです」
もちろんです、と笑って言ってから、私はハッとして言葉を付け足した。
「あの、その、エデルウェイスさんという騎士の方にも、よろしくお伝えください。その――頑張ってください、と」
「承りました、確かに伝えましょう。ですが、近々、彼はここに挨拶に来ますから、ぜひ直接伝えてやってください」
えっ、と声が漏れる。
「謙虚、誠実、高潔であれ。これは騎士の誓いのひとつです。自らが感謝の意を抱く方に直接言葉を伝えずにいるなど、騎士道精神にもとりますから」
「おっ、そりゃいいな。いつ頃になる?」
所長が声を弾ませる。
「今日は午前いっぱい儀礼的なことが入っているので――早くても、昼は過ぎることになると思います」
「カレン」
「はい」
「お前、今日、ずっと所内待機な」
「はい――えっ?」
元々外に出る予定はなかったが、あらためて指示を出されると驚いてしまう。
「てなわけで、うちのカレンは終日研究所にいる。エデルくんには、いつでも来るように伝えてやってくれ」
「承知しました。では、私はこれにて失礼します」
深く礼をして退室し、騎士団長は研究所を出て行った。