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第6話 騎士団長

 昨日のままのテーブルから、出しっぱなしになっている魔物素材――『小さな王』のトサカ、『走り回る出っ歯』の犬歯、『蟻獅子』の触角、『傑出した蛇』の鱗、他――を棚に戻していく。


「――ほとんど、騎士団が提供してくれてるんだよなぁ」


 つい、ぽつりと独りごちてしまった。

 魔物の討伐を行っているのは、騎士団だけではない。

 民間のハンターが、組合をつくって組織的に狩猟を行っている。

 だから、魔石や素材が不足したら、彼らから仕入れることも可能ではある。

 実際、巷では、騎士団よりもハンターの方がフットワークがよいという評判もある。

 それに、彼ら独自の情報網を駆使して、珍しい品をストックしていることも確かだ。

 ただ、彼ら組合から魔石や素材を仕入れるとなると、どうしても高くついてしまう。

 その点、騎士団から魔石や素材を横流ししてもらえれば、その分の予算が浮き、浮いた分の予算を別に回すことが出来る。


「魔導研究の誓いなんてのがあったら、私達は騎士団の名前を出さなくちゃいけないな」


 ありもしない想像をして、私はひとり笑ってしまった。


「カレン先輩」


 扉が開く音とともに、リラが顔をのぞかせた。


「――何か、いい閃きでもありました?」

「ううん。そういうわけじゃないけど、ちょっとね」


 リラがじっとテーブルの上を見つめる。


「……やっぱり、今日何かつくる予定なんてなかったんですね」

「――そんなことないよ。ただ、ちょっとスペースが欲しかっただけ」


 私は手で髪を撫でながら言った。

 入所したての頃、グリーに寝ぐせを指摘されて以来、髪を撫でるのは癖になってしまった気がする。


「そうですか……それはともかく、朝の打ち合わせ始まりますよ。所長もさっき来ました」

「わかった」


 実験室を出て、そそくさと自席に戻る。

 それぞれの席に立ち、私達は姿勢を整えた。


「うっし――おはようございまーす」

「おはようございます」


 所長の挨拶に返す形で、職員一同が声を揃え、腰を下ろす。

 所長は立ったままで、手帳を広げた。


「今日の日程で、何か連絡ある者は?」


 誰も何も言わず、手も挙げない。

 いつも通りだ。


「今日の日程以外で、連絡を持っている者は?」


 また、誰も何も言わず、手も挙げない。

 これも、いつも通りだ。


「ひとつ、俺から事務連絡だ」


 これは、月に二、三回はあることだ。

 私はさっとメモの用意をした。


「この後、9時前に来客がある。対応は俺と、カレンだ」


 視線が集まる。


「私ですか?」


 自分で言うのもなんだが、そういう能力は低い。

 どうしても緊張して、うまくしゃべれなくなってしまう。

 マギーやオリーはさすがの年長ぶりで愛想よく応じるし、リラもそつなくこなす。

 同期のグリーも、私よりはずっと上手だ。


「お前さんの客だからな。俺はまぁ、立場的に同席するってだけだ」

「私の?」

「客はアルトゥラムス=トゥルマリナ。騎士団長だ」


 えっ、と声が出る。

 定期点検は先週終わらせたばかりだ。

 何か不備があっただろうか。

 いや、前に点検後すぐ照明が切れたことはあったけど、わざわざ騎士団長が足を運びはしなかった。


「昨日の叙任式の絡みですか?」


 グリーが声をあげると、所長は頷いた。


「そうだ。実は、今朝方ちょいとアルの――騎士団長の所に顔を出してきてな。一体全体、何がどうなってカレンの名が出てきたのか、俺も気になってよ」

「そりゃアタシも含めてみんな気になってはいましたけど……どうして、騎士団長が直々にここに?」

「向こうの希望だ。詫びも含めて、きちんと説明したいんだと」


 所長が言い終えると、みんなの視線が私に集まった。

 どうも、昨日から居心地の悪さを感じる。

 優等生のリラですら、キラキラとした好奇の視線を私に送っている。

 所長が打ち合わせを締めて、各々が自分の業務を始めたが、私はといえば気もそぞろだった。

 叙任式のこと、騎士団長の来訪、慣れない来客対応。

 これらを気にせず仕事に臨むというのは、私にはちょっと難しい。

 所長が言った時間きっかりになって、重い木の扉がノックを伝えた。


「王国騎士団団長、アルトゥラムス=トゥルマリナです」

「おー、入っていいぞー」


 扉を開けて入ってきたのは、何度も顔を合わせたことのある騎士団長殿だ。

 若草色の髪は私よりも長いくらいだが、後ろで一本に束ねられている。

 同じ色の瞳はいかにも優し気で、とても魔物相手に剣を振るう人には見えない。

 厳めしい鎧を纏っている姿を見たことがない、というのもあるかもしれなかった。

 彼はいつも、定期点検後のサインをもらうとき、パリッとした、騎士団用の制服姿だ。

 私達の制服には白いステッチが刺繍されているのに対し、騎士団のものには赤い刺繍が施されている。

 目が合い、私がお辞儀をすると、彼はニコッと笑って軽く頭を下げた。

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