第5話 年の差
当時のことが鮮明に蘇ってきて、私の中にはあたたかい懐かしさがこみ上げてきていた。
「周りが真っ暗になっても、あそこだけぼうっと光ってるの。ああ、騎士団だって頑張ってるんだって思った。私達が魔物に怯えず暮らしていられるのは騎士団のおかげ。私達が魔物の素材を使って研究できるのも騎士団のおかげ。そんな彼らが遅くまで鍛錬に励んでることを思えば、私の苦労なんて……って。あれ以来、仕事が詰まると、あの光をみて、よし、私ももうひと頑張りするぞ、って」
私がそこまで言うと、リラはじーんと感じ入った様子で私をじっと見つめていた。
「カレン先輩、さすがです。この研究所に入ったのは、先輩に巡り会うためだったんだとあらためて確信しました。やっぱり、私ももうちょっと残って――」
「さ、リラ、帰るぞ。晩飯が遅くなりすぎたら、まーた俺がお小言聞かされるハメになっちまう」
強引にリラの襟首を引っ張って、所長は窓から遠ざかる。
「んじゃ、俺らはあがるが、お前さんもあまり遅くならんようにな。あの頃と違って、今は潤沢に予算もあるんだからよ」
「おじさん、私も――」
「戸締り頼んだぜ~」
バタン、と音を立てて、重い木の扉が閉まった。
外に視線を移すと、やはり修練場には灯りがついていて、木立がぼんやりと照らされていた。
あの光の中では、騎士達が日中の疲労を押して鍛錬に励んでいるのだろう。
もしかしたら、くだんの若い騎士も、あの光の中で剣を振っているのかもしれない。
「エデルウェイス=ディアマンテ……」
その名を口にしてはみたものの、やはり聞き覚えはない。
静かな光を遠くに見ながら、私は昼に舞い込んだひと騒ぎを思い出し、急に疲れを思い出した。
「……私も、今日はあがるかな」
今週末は、久しぶりにフライヤーを出して使ってみようかな。
とりあえず、今夜は飲みかけのワインをチーズでやっつけて、でも飲みすぎると肌が荒れてリラに見咎められるから――書きかけの図面を見ないようにしながら、私は手早く帰り支度をし、魔導錠をかけて退勤した。
「おはようございます」
「おはよーございまーす」
翌朝は早めに出勤したが、一番乗りという目論見は外れて、既にグリーがデスクに座っていた。
ちらりと視線の動きだけで私を確かめると、そこからはじっと私を見続けている。
いつもなら「まだ同じ図面書いてるの? もしかして、時間を止める回路でも閃いちゃった?」とでも毒づいてくるのだが、何も言わずにただ見ているだけだ。
「……」
隣から視線を感じながら、デスクを整理し、今日片づけるべき業務を紙に書き出していく。
途中、ちらっとグリーを見ると、ぴったり目が合ってしまった。
その拍子に、グリーの口が開いた。
「ねぇ」
「ん?」
「ほんとに、エデルウェイスっていう騎士のこと、何も知らないの?」
「うん」
沈黙が流れる。
頬杖をつくグリーの深緑の瞳が、じっと私の方に向けられている。
「もしもさ」
「ん」
「その子がすごくいい男だったら、どうする?」
「どうするったって……ストレートで騎士になったとして、今18歳ってことでしょ。だとしたら、8つも下――」
グリーが大きくため息をついて私の言葉を遮る。
「8つくらいなんだっていうのよ。そんなん言ったら、アタシらとマギーだってそれくらい離れてるけど、呼び捨てにしてるし、普段は年の差なんて感じないでしょ? そりゃ、つい敬語にはなっちゃうけどさ」
「まぁね。でも、それとは別じゃない? 同僚と、その……そういう対象とはさ」
「んなことないでしょ。じゃあさ、逆によ? 36歳の男性に求婚されたとしたらどう? それならアリって気がしない?」
「ん……というか、そもそも、別に私は求婚されたわけじゃないし」
「例えばの話だって。ほんと、カレンってこういう話に疎いというか、食いつきが悪いというか……そのルックスで恋人いない歴イコール年齢っていうのも、むべなるかな、ね。そんなんじゃ、あっという間に年寄りになっちゃうわよ」
「褒められてるのか貶されてるのか……っていうか、そう言うグリーこそ、すでに物の言い方がたまに年寄りくさいじゃない」
「おはよー」
オリーがけだるそうにオフィスに入ってきて、続けてマギー、リラが入ってきた。
リラの姿に続く影がなかったので、私は挨拶を返した後、疑問を口にした。
「リラ、所長は? いつもなら一緒に出勤するのに」
「今朝は、おじ――所長はかなり早く出たんです。野暮用があるとかなんとか言ってましたけど」
「野暮用?」
リラは小さく首を傾げた。
私もそれ以上は聞かず、実験室に向かった。