第4話 修練場の灯り
それからまた一時間程が経って、所長が欠伸交じりに言葉を紡いだ。
「どれ、そろそろリラのやつに声かけんといかんな。尊敬する相手が相手だったがために、残業どんとこいになっちまいやがって、困ったもんだぜ――その先輩本人が促したら、さっくり帰ってくれると思うんだがなぁ」
所長がにやりと笑って私を見る。
「わかりました。声、かけてきます」
年中居残っている私の影響があるのは否めないだろうけど、集中すると周りの声が耳に入らなくなるリラ自身の性格も大いに関係あると思う。
そんな反論を飲み込んで、私は実験室の扉を開けた。
「リラ。そろそろあがろうか」
「あっ、はい――そうですね」
言いながら、散らかり放題のテーブルに視線を移す。
それを見て、私は笑って言葉を紡いだ。
「明日私が使うから、このままでいいよ」
「えっ、でも……」
視線を落とすリラに、私は髪を撫でながら言葉を次ぐ。
「いいから。全部しまわれちゃうと、またイチから出さなくちゃ駄目になるでしょ」
申し訳なさそうな表情で、リラは頷く。
「すみません、要領が悪くって」
「リラで要領が悪かったら、私なんてどうしようもないよ。さ、魔石だけは片づけちゃお」
私は苦笑して、一緒に魔石を専用のケースにしまい、リラを実験室から追い出した。
ここで何か基盤をつくる予定は、今のところはない。
とは言え、ああ言った手前、明日は朝一番にここに来る必要がある。
私はテーブルの上の透明な粘土を軽くこねた。
「ありがとよ、カレン」
扉が開く音と同時に、所長の言葉が耳に入ってきた。
「やっぱり尊敬するカレン先輩の言葉なら素直に聞きやがったな。テキパキと帰り支度をしてくれてるよ」
「親代わりに彼女を育てた所長の言葉は、耳に入らないんですか?」
所長はやれやれとばかりに首を横に振った。
「俺の言うことなんざ、まるで聞きゃしねえよ。最近じゃ、もっとしっかり働くべきだと家で説教始める始末だ。カミさんよりも、リラの方が話が長ぇ」
「聞こえてますよ、おじさ……所長! 昨日の話、まだ途中ですからね!」
オフィスからリラの声が届いて、所長が顔をしかめた。
「これだよ。ったく、せっかく王立アカデミーを首席で卒業できたってのに、わざわざこの王魔研なんか選びやがって。宮殿に立つ国王勅命の研究所といや聞こえはいいが、画期的な開発をしても固定給、企業に技術提供しても手当なし、宮殿敷地にあるといっても日当たり最悪、カビの塔。もっと光あふれる未来もあったろうによ」
声を潜める所長を見て笑いながら、私は基盤の出来損ないをテーブルに置く。
「リラ、前に言ってましたよ。叔父である所長に恩返しをしたいからここに来たって。あの大手エストファド社に再三スカウトされても、それを蹴ってきたんですから、本気、本物ですよ」
「世間的に見りゃ、とんだ変わり者だぜ……ま、所長の俺が筆頭か」
そう言った後、所長は視線を外し、何事か考える様子を見せた。
そして少しして、あらためて口を開いた。
「――なぁ、カレン。昼の話なんだが、本当に騎士団に関わった覚えはないのか」
「設備の定期点検くらいですよ、ほんとに。それだって、みんなが「だだっ広い宮殿の端から端へ、小間使われするために研究所に勤めてるんじゃない」なんて言ってごねるから、私が担当してるっていうだけで……確かに、軍議室の空調、武器庫の魔導錠、修練場の照明と、いいように使われますけど――」
そこまで言って、私の中に小さな閃きが起きた。
「あ……」
「どうした?」
「特定の誰かというわけじゃないんですが、私が勝手に、騎士団に励まされているっていうことならあります」
首を傾げる所長が開けていた扉を通り、私はオフィスの窓際に立った。
魔導研究所は、宮殿敷地の隅っこ、黒曜石の塔の上階にある。
表門から距離もあって通勤には面倒だが、敷地のほとんどを一望することができた。
「あの灯り、見えますか。尖塔の奥の、下の木立の――」
私が西側のずっと先を指さしながら言うと、所長とリラが並んで外を見る。
「ん~? ……あっちは騎士団のエリアか。あの位置にあるのは、修練場か?」
「こんな時間まで鍛錬をしているものなんですね。知りませんでした」
額を寄せて、暗くなった窓の外を見つめ続ける二人を見ながら、言葉を紡ぐ。
「三年くらい前だったかな。当時組み上げた回路が、どうしても理論化出来なくて。見るに見かねたグリーが毎日手伝ってくれたんだけど、それでも追いつかなくて……」
「あ~、あったな。あれだろ、パタタス・フリタス回路」
「えっ……それって、全自動揚物調理器に組み込まれてる回路ですよね。そういえば、あの回路を組み込んだ商品がヒットしたおかげで、技術提供した王魔研も脚光を浴びて予算が増えたって……あれって、カレン先輩がつくったものだったんですね」
「正確には、私が『勘』で組んだものを、グリーが分析して理論立てて、ふたりで仕上げたもの――だね。それで、毎晩遅くまで残ってたんだけど、だんだん気持ちが参ってきちゃってて……そんなとき、あの光に気付いたの」