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第3話 魔導回路

 リラが組んだという魔導回路の試作基盤は実験装置にセッティングされ、複数のコードが伸びた先、出力を受けるケースには、紫色のゼリーが入っていた。

 どこにでも売っている、葡萄味のゼリーだ。

 装置の周りには、使い馴染みのある素材が散らばっている。

 リラが細い指で指しながら説明する。


「局所的、瞬間的に冷凍する装置をつくれないかという要望があって、挑戦しているんです。基盤のベースは、一般的な冷凍庫にも使われているコンゲラドール回路にしました。主要配列としてイェロ配列、副次配列としてアセラシオン配列を組み込み、そこから立体配列にしていったんですが、出力自体されなくて……」


 そう言って、リラがスイッチをカチカチ言わせるが、確かに、なんの変化も起きない。

 彼女の説明を聞きながら、私は透明な粘土でつくられた試作基盤に違和感を覚えていた。

 うまく作動するときの配列を見て感じる、ある種の美しさがそこには無かった。


「そっちのは?」

「これは、出力自体はするんですが……」


 別の基盤と組み替えて、リラがスイッチを入れる。

 すると、ゼリーにはゆっくりと霜がつき始めたが、確かに、とても「急速」とは言えない。


「ご覧の通りでして。理論的には合っているはずなんですけど」

「――ん、わかった」


 私はリラの言葉を遮って、一つ目の基盤をひっくり返した。

 不思議そうに見つめている後輩を横目に、私はテーブルの上にあるものをひとつ手に取った。


「『うつむくもの』の蹄――?」


 使い慣れたナイフで薄くスライスし、接着剤をつけて基盤の裏面に貼り付ける。

 隙間が無くなるようにそれを繰り返し、整った段階で上下を元に戻した。

 さらに、透明な粘土の中に指を入れ、リラが設置していた魔石のいくつかを動かし、微調整をする。


「ネヴェラ配列……ううん、違う……こんな魔石配置あったかな……」


 ぶつぶつ言っているリラをよそに、私は基盤を装置に戻した。

 そして、リラにスイッチを手渡す。

 緊張した面持ちで、リラが稼働させる。

 すると、皿の上にあった紫色のプルプルは、あっという間に輪郭を固め始めた。


「あ……」


 リラが息を呑む間に、葡萄味のゼリーは完全に、カチコチに凍りついた。


「結構いい感じじゃない?」

「結構も何も、完璧ですよ。こんな一瞬で凍り付かせられるなんて……でも、どうやって?」


 私がはにかみながら頭を掻くと、リラは困ったように笑った。


「いつものごとく『勘』ですか。これだけ高度な立体配列を、その一言で片づけられると参ってしまうんですけど」

「だって、そうとしか言えないんだもの。うまく言語化できないから、理論構築とか図面化はみんなより遥かに遅いわけで」

「いち研究者としては両立させたいところですけど……私は、カレン先輩がいてくれるからよしとします。今日も、ご助言ありがとうございました。やっぱり、回路で困ったときはカレン先輩ですね」


 リラが嬉しそうに笑う。

 スクール、そしてアカデミーを首席で卒業した天才的な後輩がこんなふうに慕ってくれて、私も思わずにやついてしまう。


「それにしても、どうしてこんなに違いが……あ、そうか。さっきの配列だと、この縦部分がオルビド配列になっちゃってるんだ。カレン先輩のはドゥロ配列になってて……いや、でも……」


 またぶつぶつ言い始めたリラを置いて、私は静かに実験室を出た。

 デスクに戻った私は、図面とのにらめっこを再開した。

 実物を見れば一目で分かることなのに、こうして紙に起こすと、微妙な配置の違いが分からなくなってしまう。

 手元の完成品をあらゆる角度から眺めながら、私は線を書いては消し、消しては書いた。

 ここにさらに計算式や調整数値を書き込んでいかなければならないのだから、ゴールは遠い。


「そろそろ、お先しますね」


 マギーが言うと、う~んと体を伸ばしてオリーも口を開いた。


「私も上がりますね。なにせ、今日はイベントがあるもので」


 隣のマギーがため息をつく。


「オリーは今日『も』でしょ。毎日毎晩男と遊んで、よく体と財布が持つわ、ほんと……それはともかく、アタシも上がろっかな」

「おう、ご苦労さん。連日の定時退勤、上司としてはたいへんありがたく思ってるぜ」


 まだ実験室にいるらしいリラと私、それから所長を後に、三人の同僚達はオフィスを出て行った。

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