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第23話 料理が届いて

 目を通しながら、そういえばとオフィスでの会話を思い出す。


「グリーったら、昨日の合コンでやらかしちゃったのよ」


 ある日、オリーが出勤してすぐ、笑って言った。

 先に出勤していたグリーはといえば、両眼を閉じて、ふん、と荒く鼻息を出した。


「何があったんですか?」


 リラが興味津々な様子で聞く。

 幼馴染と恋人関係にある後輩にとって、合コンというイベントは何か憧れのようなものらしく、リラはオリーの話をいつも楽し気に聞く。


「男性陣に大食いの人が居てね、珍しく料理が切れちゃったの。それで追加をっていう流れになったんだけど、グリーったら、アグリオ・エ・オリオって言ったの」

「それって、パスタだよね。オイルと唐辛子とニンニクと――私も好きなんだけど、何かまずいの?」


 私が言うと、オリーはなおさらに嬉しそうな表情を浮かべ、グリーがまた深いため息をついた。


「アンタのせいで、またオリーが喜んでるじゃない。要は、男女の食事でニンニク入りの料理は避けるべきなんだって、そういう話よ」

「あ、なるほど……」

「確かに、デートでもなんとなく避けますもんね」


 リラの言葉に、オリーがわざとらしく肩をすくめて言葉を次ぐ。


「ま、デート未経験の二人には分からない世界だったわね」

「ちょっと待ってよ、私はデート経験くらいあるわよ。カレンと一緒にしないで」

「そうよね~、カレンちゃんたら、私達が誘わない限り外食もしないっていうくらいだもの」

「え……じゃあ、カレン先輩って、普段はほんとにおうちで一人お酒を飲んでるだけなんですか」


 リラが純粋な驚きを口にすると、同僚達の憐みの視線が私に注がれた。


「え、ちょっと……結局、私が陥れられる流れになってるんだけど……私がそれで満足してるんだから、よくない?」


 余計なことまで思い出してしまったけれど、とにかく、こういう場面ではニオイのことを気にした方がいい、ということは学んでいるのだ――今の状況が『デート』かどうかはさておいて。

 せっかくの休日だから魚に白ワインを合わせて――というわけにもいかない。


「俺は、チキンにします。付け合わせが魅力的なので」


 チキンのグリル、パタタス・フリタス、サラダ、パン、スープ――で、揚芋は大盛無料、と。

 なるほど、と思いながら私も決めなければと視線を移す。

 自分ではつくらないような、手の込んだものがいいかな――でも、せっかくだから、パタタス・フリタスがついてくるのにしよう。


「それじゃあ、私は海老とオクラのパスタで」


 さっと手を挙げて、店員さんを呼ぶ。

 それぞれに注文を伝えて、ふいに、二人の目が合った。

 気恥ずかしく、思わず店内のどこを見るともなく視線を移したが、彼はじっと私を見続けている気がした。

 やっぱり、もう少し化粧をしてくるべきだっただろうか。

 いや、時間をかけたから良くなるかといえば、必ずしもそうではないだろう。

 ましてや私の場合、逆の結果になることも考えられるのだ。

 ほどなく料理が届いて、私達はそれぞれに味を褒め合い、笑って食事を楽しんだ。


「そういえば」


 先に食べ終えた私は、嬉しそうに芋を味わっている彼に問いかけた。


「食事の前にずっと視線を感じてたんですけど、何を見ていたんですか」


 彼の口の動きが止まった。

 聞こえるほど大きな「ごくり」が鳴って、彼が慌てて水を飲む。

 ふぅ、と息をついて、一拍置き、咳払いも重ねて、彼は口を開いた。


「――カレン殿の瞳に、見とれていました」


 聞かなきゃよかった。

 面と向かって言われると、社交辞令だと思っても受け流せない。

 彼の言葉の選択もあるが、カレン『殿』という呼び方も影響していると思った。

 制服を着て研究者然としているときならまだしも、さして着飾っているわけでもない今、どこぞの国のお貴族様のように呼ばれるのはくすぐったくてかなわない。


「ひとつ、提案というか、お願いなんですが」

「ええ。払いは、こちらでもちますよ」


 突然の言葉に、私は慌てて首を振った。


「い、いいえ、違います。そうじゃなくて、その、呼び方が……『殿』だと、落ち着かないなと思って」


 言いながら、ピンと閃いた。


「私が副団長さんのことをクリスさんと呼んでいるように、せめてさん付けにしませんか。私も、エデルさんと呼んでいることですし」


 いや、しかし――と何度か断られかけたが、私はその度押してお願いをした。

 しぶしぶながら承諾をしてもらい、私はほっと安心できた。

 これで多少は、いちいち顔を真っ赤にせずに済むだろう。

 それにしても、とさっきの彼の言葉を思い出す。

 私の分も払うようなことを言っていたが、私の記憶が間違っていなければ、彼はまだ二十歳前で、見習いから正式な騎士になったばかりだ。

 従騎士の身分でも、給料はもらっていたのだろうか。

 いや、もらっていたとしても、自分が助手だったときくらいしかもらっていないだろうし、あの頃は毎月給料日前には一食抜くかどうか悩んでいたものだった。

 1年目なんかは、マギーにごちそうしてもらったこともあったっけ。


「あ」


 天啓に思わず声が出た。

 彼が首を傾げたのを見て、私は笑顔をつくってなんでもないと振舞った。

 頭に浮かんだのは、かつてマギーがしてくれたこと――アレをやれば、年長者として格好がつくはずだ。

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