第21話 好機と見れば
ふふ、と思わず笑い声が出てしまった。
「それじゃあ、狙いは同じだったみたいですね。先を越されたみたいですけど」
「そうだったんですか。本当に、奇遇ですね。ただ、手に入れたはいいものの、上手くつくれる保証がなくて」
言ってハッとして、彼は顔を赤くした。
私が首を傾げると、彼は頭の後ろを掻いて言葉を次いだ。
「子供じみていると笑われるかもしれませんが、揚げた芋――パタタス・フリタスが好物なんです。細切りにして衣をつけて揚げて塩をまぶすだけだから、自分にも出来るだろうと思って買ってはみたんですが、何分初めての挑戦なので」
マギーの言葉が頭の上の方でもやもやと繰り返されているような気がして、私はそれをパタパタと手で仰ぐイメージをしながら口を動かした。
「それなら、うちに――」
いいものがありますよ、と言いかけて、私はすんでのところで踏みとどまった。
『いいもの』は、確かにある。
例のパタタス・フリタス回路を組み込んだ全自動揚物調理器の、特別仕様品だ。
エストファド社が一般に販売しているものを、私とグリーはそれぞれ、研究所のものを使って思い思いに改造した。
私はジャガイモを入れさえすれば、皮が剥かれ、身が切られ、衣もついて揚げられて、しまいには香辛料までまぶしてくれるという、本当の全自動のものを造りあげたのだ。
あれなら、一度も料理をしたことがない人でも簡単に出来たてを食べることが出来る。
ただ、マギーと確認したのは、あれは法的にはかなりまずいだろうということだった。
企業に提供された試作品に手を加え、さらにその材料には研究所の――つまり国民の税金で用意されたものを使った。
自分でこっそり使うだけならギリギリ大丈夫だろうと思うが、あれを販売でもしようものなら即座に牢獄入りになるだろう。
そんなものを自慢げに、しかも法の守護者でもある騎士になど見せられるはずがない。
「うちに?」
「うちに……ある調理器具でも作れるくらいだから、気持ちが分かるなぁ、と」
あははと笑ってごまかし、私は髪を撫でた。
「では、カレン殿も、パタタス・フリタスがお好きなのですか?」
「え、ええ。今週末は、そうしようかな、と思ってました――」
言っている間に、私は彼の表情が少し険しくなったように感じられた。
何か、気分を害するようなことを言っただろうか。
魔導の研究者が、揚げた芋を食べるなどというのはイメージにそぐわなかった、とか。
でも、好きなものは好きなのだから仕方がない。
「カレン殿」
意を決したような彼の視線に、私は返事も出来ずにたじろいでしまった。
水平線の瞳が私を射抜く。
「も、もしも、この後予定がなければ、ち、ち、昼食など一緒にいかがでしょうか。先程話した知人から、この近くに、パタタス・フリタスが美味しい食堂があると聞いているのですが」
彼の顔が真っ赤だ。
でも、たぶん、私の顔も真っ赤だ。
これは――なんだろう?
ランチに誘われたのは分かる。
こんなに急に、私を?
彼はじっと私を見つめたままだ。
何か、返事をしないと。
「えっと……よ、予定はないです」
ただ、と焦りながら言葉を次ぐ。
「お食事に行くような格好じゃないので、出来れば、その……」
「そ、そうですよね。俺も、そういうつもりでは出てきていないので、着替えてくるべきですよね」
あれ?
今、彼は自分のことを『俺』と言った。
もしかして、本来はそうなのだろうか。
「し、しかもお買い物中だったのに、突然すみません。ただ、その――」
真っ赤な顔を伏せて、彼は言葉を紡ぐ。
「好機と見れば迷わず剣を振ってみよ、が騎士団心得のひとつでもあるものですから」
よく分からないまま頷いて、私は周囲をさっと見渡した。
一度分かれてまた合流するとなると、時間と場所を決めなければならない。
ただ、私は私で市場を一周はしたいから――
「11時半に、そこの噴水のところでいいですか」
「はい、もちろんです!」
晴れ晴れとした笑顔になって、彼は大きく返事をした。
その声の大きさに、何事かと近くのお店の方々が視線を送っている。
「では、またあとで!」
袋を揺らして意気揚々と去っていく青年を見送って、私も急いで市場を巡った。
家に帰って冷蔵庫を開けてから、当初買う予定だったもののいくつかを買いそびれていることに気付く。
突然の出来事で、だいぶ動揺してしまっていたらしい。
しかし、時計を見ると11時を回ったところで時間もない。
「12時ちょうどって言えばよかったな」
私は玄関の壁に備え付けられている鏡の前に立った。
食事に行くような恰好――って、どんなだろう?
自分で言ってしまった言葉だが、特に答えがあったわけではない。
宮殿の夜会用のドレスが頭に浮かんだが、そんなはずはない。
もちろん、制服であるはずもない。