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第14話 時間の余裕

「そういえばさっき、ハンターの組合って言ってたけど」


 グリーはスクールから交友関係が広かったらしく、ハンターの組合にも知人が多かった。

 オリーは二大魔導企業のエストファド、アロスフリドの両社に顔が利くし、リラはアカデミー出身だからそっち方面に明るい。

 常勤所員の中で、私だけがそういうパイプを持っていないのだ。

 グリーが口にした『縁』というのは、あの青年とのことなのだろうけど、騎士団そのものとの『縁』と考えると、やはり大切にするべきなのだろう。


「実は、組合の知り合いから気になる情報が入ってさ」


 私が首を傾げると、グリーは一拍置いて、周囲を見て、それから声を潜めた。


「――ラグナ湖周辺に『鎖の蛇』が出たって」


 思わず、えっと息を呑んだ。


「額に宝石が嵌ってるっていう、あの――?」

「人の形をしているとも蜥蜴の姿をしているとも言われてるから、はっきりした情報ではないんだけどね。でも、もしも本物だとして、その宝石が手に入ったらさ……」

「調べてみたいね……魔物の素材でありながら鉱物でもあるってことだもんね」


 そこまで話したところで、私達はちょうど分かれ道に差し掛かった。

 私は宮殿を遠く歩いていかなければならないし、グリーは一度外へ出て、街の大通りを行かなければならない。


「カレン」

「ん?」

「今の話だけど」

「分かってる。秘密ね」


 そういうこと、と笑ってグリーは颯爽と歩いて行った。

 同じ年とは思えない。

 彼女の方が、ずっと大人で、スマートだ。

 私は黒い制服の波を縫って、宮殿の広い廊下を進んだ。

 磨き上げられた石の床がずっと先まで伸びる。

 同じく滑らかな石の壁にはきらびやかな燭台が備えられ、あちこちの円柱にもそれはあった。

 歩いていると、時折、赤いカーペットが敷かれた階段が目に入るが、上に行ったことはない。

 二階以上は、基本的に貴族でなければ踏み入れられないという規則があるからだ。

 そのせいで、宮殿の一階はありとあらゆる部屋や施設が混在していて、ひどく広く、端から端に歩くだけでも結構な運動になる。

 聞いた話では、宮殿の隅から隅まで歩き回るだけで6~7時間はかかるそうだ。


「おや、貴女は――」

「騎士団長様」


 いつものように赤い刺繡の制服を纏って、アルトゥラムス団長が階段を降りてきた。

 そういえば、騎士団には貴族が多いんだっけ。

 そこの団長ともなれば、当然のように貴族だということか。


「ここを歩いているということは、点検ですか。」

「ええ。今日は十日ですから」

「ああ――そうか、なるほど。それで」


 隣り合って歩く形になり、私は疑問を口にした。


「なるほど――って、何がですか?」

「ああ、大したことではないのですが……今朝方の朝礼の折、団員の中に妙に気合の入った顔つきの者がいまして。心当たりはありますか?」


 瞬間、空の色の髪をした、精悍な青年の顔が浮かんだ。

 耳が熱くなった。


「ディアマンテさん、ですか?」

「ええ。今にして思えば、彼は貴女が来る日はいつも、余計に力が入っていたように思いますね」

「そ、そうですか」


 隣を歩きながら、ちらと騎士団長を見上げる。

 にこにこと嬉しそうに笑っている。


「彼のことは、エデルと呼んで構わないと思いますよ」

「いえ、そんな――騎士の方に、恐れ多いです。私は田舎の、平民の出ですし」


 私の言葉を聞いて、騎士団長は声をあげて笑った。

 廊下を歩く人が数人こちらを見て、私は恥ずかしさに俯いてしまった。


「いや、申し訳ない。ただ、カレン殿は我々のことを誤解なさっておいでですよ。騎士団員の多くが貴族の家の出であることは確かですが、それはあくまで家がそうであるというだけのこと。叙任を受ければ、身分はみなひとしく騎士でしかありません。その後爵位を授かったり、団を抜けて大臣などになったりすれば別ですが」

「そうなんですか。でも、やっぱり私から見ると、立場のある方々ですから」

「何を仰いますか。王家に仕え、宮殿に勤めるという点で、我々と貴女方は対等の立場ですよ。その証拠に、クラヴェル様は私を呼び捨てにしていたでしょう?」

「所長が横柄な態度をとるのは、そういう事情に関わらず、本人の性格によるものだと思いますけど……」


 私が苦笑すると、騎士団長はまた声をあげて笑った。


「なるほど、それはそうかもしれません――っと、今のは失言でした。くれぐれも、研究所に戻ってからあの方にはお伝えなきように」


 高い背を屈めて声を潜める騎士団長に、私もつい笑ってしまった。

 クラヴェル所長とはまた違った気さくさだと思った。


「そうだ」


 姿勢を起こしながら言葉を紡いだ騎士団長に、私は首を傾げて応えた。


「せっかくですから、点検ついでに若い騎士たちの様子をご覧になっていってください。もちろん、時間に余裕があればの話ではありますが」

「時間に余裕……」


 デスクの上の図面が頭に浮かぶ。

 ここ数日、あれに時間をとられっぱなしだ。

 今週中に仕上げなければならないという点では余裕はないのだが、ちょっと現実逃避をしてしまいたいという気持ちが上に来る。

 こんなことだから、また帰りが遅くなってしまうのだが――


「――あります」

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