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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘へようこそ
8/30

大家と店子のお裾分け大会

 学校を終えると、私はのろのろとスーパーまで出かけていった。初めて行くスーパーは、夕方だということもあり混雑している。

 今日つくろうと思っていたあんかけかぼちゃのために、かぼちゃ、豚ミンチ、白ネギを放り込み、しばらくのおかずのローテーションのために、合挽ミンチと生姜も買い足した。豚汁は日吉さんがくれるって言うからもらうとして、他はなにを買おうかな。

 うろうろした結果、高菜の漬物を買っておくことにした。冷やご飯と卵と炒めれば高菜チャーハン。ミンチと混ぜて捏ねたらギョウザ。スープの具にしたら高菜スープ。万能。あとは朝ご飯用にパンを買ってから、家に帰ることにした。

 しかしなあ……考えるのはクラスメイトの鳴神くんのこと。鳴神くん、結局何者なんだろう。そういえば日吉さんもなんか言いたげだったけれど、滅多にいないみたいなので結局言わなかったしなあ。

 私がぼんやりと考えて歩いていたら、まほろば荘が見えてきた。


「あら、お帰りなさい……今日はずいぶん大荷物ですねえ?」


 夕方になり、店先に置いていたブリキのバケツを移動させていた野平さんに声をかけられた。私は「ただいまー」と笑いながら、買い物袋を見た。


「おばあちゃんのつくり置きや野菜もそろそろなくなりそうなんで……私もなんかつくろうかなと」

「あらあら……なら私も出しましょうか。ひとり暮らしだと、小分けに買ったほうが安上がりでも、それだけだと欲しいものなかったりしますもんねえ」

「ありがとうございます……でも野平さん、どうやって食べてるんですか……?」


 思わずついて出た言葉に、私は「しまった」と思う。

 化粧しているだけで、野平さんには口がない。妖怪だってそりゃご飯くらい食べるだろうけれど。私が口を押さえていると、野平さんはマイペースに答えた。


「内緒です」


 人に食事をしているのを見せない人っているらしい。恥ずかしいとか、マナーのこととかいろいろ。のっぺらぼうの食事がわからないのも、要はそういうこと。らしい。


****


 今日は食べないものを冷蔵庫にしまいながら、お米を洗って炊飯器に仕掛け、私は「よーし、やるぞー」と腕まくりをする。かぼちゃを乱切りにし、白ネギをみじん切りにする。白ネギと豚ミンチを炒めて、火が通ったところで、白だしとお湯を加えて、煮る。

 煮ている間に、かぼちゃはレンジでチンした。

 ミンチがいい感じに煮立ったら、そこに片栗粉を水で溶いて回しがけして、とろみを付ける。

 それをかぼちゃにかける。

 おばあちゃんはかぼちゃとあんを一緒に炊くけれど、私はかぼちゃのホクホク具合が好きだし、弁当に持っていくとなったらあんまり水っぽくしたくないから、こうしている。

 出来上がったものを「よし」と思って適当に配る入れ物に入れる。

 そういえば、扇さんや更科さんはご飯どうしてるんだろう。更科さんは買ってきたものかもしれないけど、扇さん、自炊できるのかなあ……? 座椅子に座っている扇さんのふてぶてしい顔を思い返して首を捻っていたら。

 うちのチャイムがブーッと鳴った。


「はあい」

「三葉さんですか? 野平です」

「どうぞー」


 私が扉を開けると、野平さんはタッパになにかを詰め込んでくれていた。


「本当はもっとたくさんの材料でつくるんですけど、さすがに卵ひとパック使い切る勇気がなくって……これ、ご飯のおかずにしてください」

「これ……半熟卵の香草漬けですっけ。SNSで流行ってる奴……」


 SNSで流行ったレシピだったはずだ。香草で味付けしたタレに半熟卵を漬け込む奴。

 たしかに半熟卵ってそう何日ももたないけど、人にあげるんだったら別だもんなあ。それを三個くらいごろごろくれたから、今日もおいしくいただいて、明日もご飯に載せて贅沢に食べよう。


「ありがとうございます! ご飯のお供嬉しいです。あ、私かぼちゃのあんかけつくりました! どうぞー」

「三葉さん料理上手ねえ。花子さんも料理上手だけど」

「おばあちゃんのお手伝いしてた結果ですねえ。なにがあってもご飯だけは食べられるようにって」


 料理とお金だけはきちんとやれ。あとは適当でいいとは、おばあちゃんの考えだった。おばあちゃんありがとう。おかげで私、毎日ご飯おいしく食べてられるから。

 それに野平さんはクスクス笑う。


「そうね、料理とお金は大事ですもんね。ありがとう」


 そう言って野平さんは帰っていった。

 私はご飯の用意をしつつ、とりあえずタッパを持って日吉さん宅に行くことにした。


「日吉さん、ご飯交換しましょう。今日はかぼちゃのあんかけ持ってきましたー」


 そう扉をトントン叩いたら、日吉さんがひょっこりと出てきた。


「おお、来たかい。美味そうなものつくったねえ」

「ご飯だけはなんとかしないとですし。豚汁くーださい」

「はいはい」


 日吉さんは水筒を持ってくると、その中に豚汁を淹れてくれた。


「一応水筒に入れたけど、できれば小鍋で温めておくれ」

「わかってますよー。水筒は洗って返しますねえ」

「ああ、頼むよ」


 そう言って私たちはご飯交換をして帰って行った。

 半熟卵の香草漬けに、かぼちゃのあんかけ、豚汁。なかなかにカオスなことになっているけれど、ご飯は結構進みそうな感じになってきた。

 それはそうと、気がかりなのは扇さんだ。

 妖怪はそもそもご飯を食べるのかどうかは知らないけれど、普通に流行り物を知っている野平さんや自炊ができる日吉さんを見る限り、食べるのが好きなのは事実だろう。

 扇さん、ご飯大丈夫なのかな……。

 私はひとまず日吉さんの隣の扇さん宅のチャイムを押した。


「こんばんはー、差し入れに来ましたー」

「ふむ、入ってきたまえ」


 いつもの横柄な態度に笑いながら、私は玄関に入った。

 相変わらず文机で原稿と格闘していたらしい。こちらから見える原稿用紙は真っ白のままだけれど。


「かぼちゃのあんかけ持ってきましたー。ご飯あったら一緒に食べてください」

「先程から楽しそうなことをしているね、君も」

「はい?」

「お裾分けを交換会かい? 日吉さんやら野平さんやらと」

「見てたんですか?」

「というより、天狗は千里眼を持っていてね。大概のことは目に入るし聞こえるんだよ」

「なるほど……」


 私が大家代行だと、なにも言ってないのに知っていたのは、どうもその千里眼のせいらしい。野平さん家の真上に住んでるんだから、余計に聞こえてしまったんだろう。


「じゃあ、私はこれで」

「待ちたまえ。君」

「はい?」


 まさかご飯つくれとか言わないだろうなあ。私は前にいきなりお使いやらお茶入れやらさせられたことを思い出してジト目で扇さんを見ていたら、扇さんがくいっと指を差した。

 流し台の下だ。


「なんか取ればいいんですか?」

「そこに糠床があるけど、君ぬか漬けは好きかい?」

「好きか嫌いかはわかんないですけど、あれば食べますね?」

「なら、そこに漬けてるのを、ひとつ持っていきなさい。あ、君納豆は食べてないね?」

「最近食べてないですけど」

「ならよし。ぬか漬けはデリケートなんだよ。納豆菌ですぐ駄目になるくらいは。なら好きに持っていってかまわない」


 私は思わず目をパチパチとさせていた。


「……扇さん、ぬか漬けつくってたんですか」

「そりゃつくるさ。私のつくるぬか漬けは美味いからな」


 すごい自信だ。私はとりあえず「じゃあいただきまーす」と、流し台を開けた。

 すり鉢やらすりこぎやら、時代劇でしか見たことないようなものがポイポイ入っている中、たしかに糠床らしい鉢が見つかった。

 蓋を取ってみると、独特の糠床の匂いと一緒に、茄子やらきゅうりやらが漬け込まれているのが見える。

 とりあえず、オーソドックスにきゅうりがいいかとあたりをつけ、それを持って買えることにした。


「ありがとうございます。それじゃあ、そこにかぼちゃのあんかけ置いていきますから、温かい内にどうぞ」

「原稿が一枚でも埋まったらいただくさ。さあ帰りたまえよ」

「あはははは、失礼しましたー」


 とりあえず糠を付けたまんまのきゅうりをもらって帰ることにした。

 家に帰ったら、きゅうりの糠をキッチンペーパーで拭き取って、斜め切りにすることにした。ひと口食べてみると、たしかにおいしい。ぬか漬けって独特の癖がえぐく感じることがあるけれど、この癖の部分がおいしく感じるように漬かってるんだなあ。

 でも意外だった。扇さんご飯食べてたんだなあ。

 そうしみじみと思ったけれど、独り言にしたら扇さんには全部聞こえているだろうから、拗ねてしまいそうだなあと思って黙る。

 豚汁は言われた通りに小鍋に移し替えて温めた。これもひと口飲んでみるけれどおいしい。山神様は料理しなくってもいいと思っていたんだけど、世の中にはいろんな神様がいるらしいなあ。

 今日は半熟卵の香味漬けに、かぼちゃのあんかけ、豚汁、ぬか漬けと、なかなかに豪華だ。私はそれに満ち足りた気分になりながら、手を合わせて「いただきます」と言ってから食べはじめる。

 うん半熟卵の香味漬け、炊きたてご飯と無茶苦茶合う。豚汁も野菜がいっぱいでおいしいし、箸休めに刻んだぬか漬けもおいしい。私のかぼちゃのあんかけも美味くできたし。

 久々に温かい上に、ひとがつくったものを食べて、なんだか優しい気分になってくる。


「おばあちゃん。私、なんとかやれてるよ……」


 今度のお見舞いのときにでも、おばあちゃんに報告しよう。そう思っていたら。

 うちのチャイムがブーッと鳴った。

 もうそろそろ雨戸も閉める時間帯なのに、誰だろう。


「はあい?」

「あっ、こ、んばんは……三葉さん……」

「あれ、更科さんですか?」


 そうだ。いつも会社が遅い更科さん。この辺りだとコンビニですらもう時間帯によっては弁当買えないし、ご飯大丈夫かな。私はかぼちゃのあんかけを一食分器に入れて持っていった。


「どうしましたかー? あ、かぼちゃのあんかけつくったんですけど、もしご飯ありましたら食べますか?」

「キャッ……ありがとう……ございます……」


 途端にポロポロと更科さんは涙を溢しはじめた。

 ……前々から思ってたけど、更科さんが働いている会社、明らかにブラック企業じゃないかな。こんないいひと泣かせて。

 私は「な、泣かないでくださいよー」と慌てるものの、彼女は涙を拭いて、「あの……営業先からですけど……」と袋をひとつ差し出してきた。


「お菓子……私ひとりだったら食べきれないんで……よろしかったら、三葉さんもどうぞ」

「あれ、いいんですか? ありがとうございます。あのう、更科さん、白ご飯はありますか?」

「電子レンジでチンするの……いっぱい買ってますから……かぼちゃ、ありがとうございます」


 泣きながら笑い、更科さんは帰って行った。

 更科さんが置いていったお菓子を見る。


「うわあ……」


 神戸の有名メーカーのお菓子ばっかりが袋の中に入っている。勤め先はブラックでも、営業先はいい人たちらしい。

 これは今日少し食後にいただいて、残りは学校に友達と分けて一緒に食べよう。私はそう思いながら部屋に戻っていった。

 どうなるのかと思っていた大家生活にも、少しずつ馴染んでいけているようだ。

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