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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘へようこそ
7/30

百鬼夜行と謎の悲鳴

 私がまんじりとも寝付けなくっても、スマホでセットした目覚ましは鳴ってしまう。


「うう……」


 観念して雨戸を開け、朝の空気を取り入れる。ご飯は昨日の残り物とお味噌汁を飲んでから、いい加減に今日こそはもうちょっとちゃんとしたものを買おうと、メモを書き出す。

 おばあちゃんが使っていいと言っていた財布の中身を確認しながら、近所のスーパーを検索して、安いものをチェックする。

 お肉、野菜、あといい加減にパンが食べたい、パン……。それらを考えながらメモ書きをする。今日は野菜とお肉でスープをつくって、明日はシチュー、明後日はカレーにしよう。そう段取りを考えてメモを畳んだ。

 それから私は、制服に着替えるとてくてくと階段を昇っていく。

 思えば日吉さん宅には行ったことがないんだよなあと思いながら、チャイムをブーッと鳴らした。


「はい」

「おはようございます、日吉さん。相談に乗って欲しいことがありまして」

「相談? ちょっと待って」


 扉越しにもなにかしているみたいで、私は首を捻っていたものの、やがて日吉さんは出てきた。そして玄関から見えた光景に、私は唖然とした。

 黒いスクリーンに、大きなライト。マイク。カメラ。そして大きなパソコン……たしかああいうの、ゲーミングパソコンって言うんだったっけか。まほろば荘の床、重量オーバーで抜けたりしないんだろうかと一瞬心配した。真下は野平さんの花屋さんだ。

 私が口をあんぐりと開けているのを見て、日吉さんは振り返った。


「あー……今日は『このゲームの実況して』ってリクエストをもらったから、ゲーム実況の準備をしててなあ」

「日吉さん、ゲームできたんですか?」

「いや? これが全然」

「ゲーム下手なのでも、面白いんですか?」

「それがなあ、俺が全然ゲームできないのを見て面白がる連中がいるらしくてなあ。おかげでお金ももりもり稼げてるよ。さて、俺のことはさておいて、用件を聞こうか」

「あ、はい。ありがとうございます。私も学校に行くんで、そんなに長居はできないんですけど」

「ほう」


 とりあえず、廊下で立ち話という感じで話をしてくれることになった。私のことを扱き使ってきた扇さんと違い、日吉さんはやけに私のことを気遣ってくれている。それは私がおばあちゃんの孫だからなのか、日吉さんが人好きなのかはいまいちよくわからない。

 それはさておいて、私は昨日聞いたことを尋ねてみることにした。


「昨日も百鬼夜行はあったんですか?」

「うーん、百鬼夜行ほどではないが、妖怪がうろうろはしてたなあ。前にも言ったが、この辺りは夜だと現世と幽世の境が曖昧になるからな。百鬼夜行をするのは、たまにうろうろしているのにルールを教えないと、人間に見つかったら最悪陰陽師を呼ばれるぞという人間側のしきたりを教えるためでもある」

「なるほど。百鬼夜行って新人教育みたいなもんだったんですか」

「まあ、そうなるなあ。それで、なにかお前さんに迷惑かけたかい?」


 日吉さんに尋ねられ、私はブンブンと首を振る。


「いえ、初日のときほど驚いたりはしてないんですけど。ただ……」

「ただ?」

「昨日やけに悲鳴が聞こえたんで、あれはなんだったんだろうなと」


 それに日吉さんは「ふーむ」と顎に手を当ててしまった。


「あのう、日吉さん?」

「まず第一に、まほろば荘には俺がいるから、本当に命知らずの低級妖怪か、逆に喧嘩っ早い大妖怪以外は手を出さないはずだ。一応分霊とはいえど俺も神だ。わざわざ神と喧嘩したい奴はそう多くはない」

「それ、初日にも言ってましたねえ」

「おさらいだな。だから、その悲鳴はまほろば荘のものではなく、この路地のものだろうな」


 そう言いながら、日吉さんは二階の廊下から路地を見下ろした。

 元々まほろば荘は区画整理をするために神社を移動して、中止になったから余った場所だ。多分ここの路地の拡張が本来の狙いだったんだろう。不幸な事故が続き過ぎて、頓挫してしまったけれど。

 日吉さんは「第二に」と話を続ける。


「第二に、まほろば荘の外の妖怪たちの諍いには、さすがに俺も手が出せんぞ」

「あれ、どうしてですか? ここがあの世とこの世の境が入り乱れてるのって、日吉さんの元々いた神社がなくなっちゃったのが原因ですよね? それの解決は……」

「一応便宜上、まほろば荘はその俺を祀っている神社の代わりになっているからなあ。神社の外の喧嘩を勝手に買ったらまずいだろ。最悪、まほろば荘内にまで争いの種を持ち込んでしまうから」

「そうなんですか……あれ、でも……」


 そこでひとつ、話がおかしいことに気付いた。


「ご近所さんだって、ここに神社があったことは知っているはずなのに、ここでトラブル起こったときに、わざわざ日吉さんの縄張りで喧嘩をする妖怪っているんですかね?」

「でもお前さんは聞いたんだろう? 悲鳴を」

「まあ……はい……なんかバチバチ言ってたんで、普通の喧嘩ではなかったように思います」


 でも思えば、そのバチバチ言う音って結局なんだったんだろう。普通の喧嘩って、そんな音がするものなの?

 私が納得できない顔をしていると、日吉さんは「ふうむ」と顎を撫でる。


「この手のしきたりは、基本的に妖怪として生まれたり、霊として現世に長く留まっていたら自然と知るんだが、例外はあるからなあ」

「例外……ですか?」

「初日にも言ったと思うが、弱い妖怪の場合は、コミューンをつくる。大妖怪に餌にされたり、陰陽師に退治されてしまうから、皆で寄り添って生活をする。まほろば荘みたいな場所に点在して、情報共有する。たまに楠さんみたいにあちこちのコミューンを飛び回って情報を回していくのもいるしな」

「そういえば、そんなこと楠さんも言ってましたねえ」


 どうもセールスレディの楠さんは、普通に日吉さんも知るところであるようだ。日吉さんは「ただなあ」と言う。


「強過ぎる大妖怪は、その手のコミューンから外れるし、身内同士でい過ぎて情報伝達が遅れる場合が多い」

「あ……」


 あれだけ悲鳴が聞こえてたってことは、世間知らずな大妖怪の可能性もあるんだ。私の知っている大妖怪なんて、天狗の扇さんしか知らないけど、あのひとは基本的に小説書いているだけの無害なひとだしなあ……。


「一応もうひとつあるんだが、今のご時世だとかなり少なくなっているから、その可能性はよっぽどのことがない限りないだろうなあ。まあ、三葉さんが心配するようだったら、俺も暇があったら見届けておくよ。それでいいかい?」

「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします!」

「ああ、そうだ。ご飯のことに困っていたようだけど」


 そう言いながら、日吉さんは一旦部屋に引っ込むと、大きな寸胴鍋を持って出てきた。小学校の頃に給食の時間にしか、これだけ大きい寸胴鍋見たことがないなあ。

 中に入っていたのは、豚汁だった。人参、ネギ、厚揚げ、鮭……具もたっぷりと入っている。


「もしご飯に困るようなことがあったり、ご飯の賞味期限に困ることがあるようだったら、まほろば荘の皆に声をおかけ。皆それぞれご飯を調達しているから、交換できるよ」

「あ、ありがとうございます! 私もなにかつくりますね!」


 私はペコリと頭を下げて、階段を駆け下りていった。

 うーん、豚汁かあ。具がものすごくたくさん入っていた。これに合うおかずをつくって、皆で交換すればいいのかなあ。なにがいいだろう。

 ミンチと厚揚げ、かぼちゃであんかけとかおいしいし、皆に配っても喜ばれそうだし、お弁当の具にもなるなあ。

 買い物メモ、休み時間のうちに書き足しておこうと思いながら、私が学校へと向かっていった。


****


 私が学校に着き、靴箱で靴を履き替えようとしたとき。またしてもバチッと音が響いた。


「いったい!」

「んー……」


 気付けば、またしても鳴神くんが隣にやってきて、私をじぃーっと見てきたのだ。よくよく見たら、真っ黒だと思っていた目はどことなく青くも見える。思えば私、鳴神くんとクラスメイトだけれど、彼のことは静電気の強い男子ということ以外知らないなあと気付く。


「やっぱり匂いがする……」

「お、おはよう。鳴神くん。でもなに? あと静電気すごいよ?」

「静電気じゃねえ。あと、そんな人が死ぬような真似なんてしねえよ」

「物騒だよ……?」

「んー……」


 やっぱり鳴神くんは、勝手に人の匂いを嗅いでくる。こういうのセクハラ臭いからやめたほうがいいと思う。

 ただこちらにヒクヒクと鼻を動かしたあと、こちらを見てきた。


「小前田、もしかして引っ越したか?」

「引っ越したって……どうして?」


 私は内心ギクリとした。引っ越したのは本当だ。正確には、おばあちゃんの家にしばらく住んで大家代行をしているだけだけど。

 鳴神くんは「んー……」とまたしても間延びした声を上げ、私の匂いを嗅いでくる。


「だから、やめてってば。恥ずかしいよ!」


 とうとうたまりかねてそう言うと、鳴神くんはキョトーン、と一瞬真顔になってから、「ごめん」と素直に謝ってきた。

 ……悪気はなかったんだね、本当に。


「ただ、小前田の引っ越し先、あんまりよくないと思う」

「そんなことないよ? だってそこ、おばあちゃん家だし」

「……だってさ、その」


 鳴神くんが気まずそうに、口をごにょごにょさせてくる。

 もう、人の匂いを嗅ぐ方が、素直に説明するより恥ずかしいことでしょうが。私は「もう行くね」と教室に向かおうとしたとき。


「……幽霊の溜まり場かも、しれないから」


 そう伝えてきた。それに私は一瞬ピシッと固まりかけたのを、どうにか動かす。


「そんなことないよ。私元気だもん」

「……人間が、そういうところにいるのはよくないから」


 そう鳴神くんはひとりポツンと言っていた。

 私は彼を置き去りに教室に向かいながら、ギクギクとしていた。

 思えば、バチバチという音。鳴神くんと近くにいると立つ、静電気だと思っていたけど……鳴神くんの言い方からすると、本当は静電気じゃない?

 だとしたら、彼はいったいなんなんだろう。妖怪がそう簡単に学校通ってる訳ないって思ってたけど……まさか、陰陽師とか?

 夜に聞こえた悲鳴を思い出し、背中が冷たくなる。

 うちに住んでいる野平さんも更科さんもいいひとだ。昨日会ったばかりだけど楠さんだっていいひとだと思うし。陰陽師は弱い妖怪を退治しちゃうって言ってるけど……なんにも悪いことしてないひとたちをやっつけちゃう必要はなくない?

 どうしよう……。私はひとり放課後まで、悶々と考える羽目になってしまったんだ。

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