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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘へようこそ
5/30

新しい日常

 朝起きると、少し薄暗い。そういえば、雨戸を閉めたから暗くて当然だった。

 私は音を立ててガラガラと雨戸を開けると、普通の町並が広がっていた。私は昨日のことを思い出す。

 実はまほろば荘は昔神社だった場所に建っていて、住んでいる店子さんは全員人間ではない。だからときどき百鬼夜行はあるし、皆も元の姿でうろうろしている。

 ……夢だったのかなとも一瞬思ったけれど、枕元にあったのは、私が普段買わないメーカーのスポーツドリンク。たしか私をおどかしてしまった挙げ句玄関に頭打ち付けて気絶してしまったのをびっくりして、野平さんが買ってきてくれたものだ。


「……夢だったらどれほどよかったか」


 だからと言ってなんにもないもんな。

 私は溜息をついてから、寝起きにスポーツドリンクを飲んで目を覚ますと、布団を畳んでちゃぶ台の上に乗った。電灯を取ってスマホで買う番号を写真に撮り、朝ご飯の用意をする。

 今日からはここから学校に行くんだから、いろいろ考えないとなあ。

 ひとまずは今日の学校帰りに電器屋に寄ることだけ考えて、ご飯を食べた。


****


 私がシャツにベスト、スカートという制服を着て学校に行く準備をしていたら、まほろば荘の前を掃き掃除している野平さんに遭遇する。


「あっ、おはようございます」

「おはようございます。三葉さん、頭のたんこぶ大丈夫ですか?」


 今日もばっちりメイクのおかげで、一見すると本当に顔が化粧とは思えない。でもよくよく観察してみたら、口は薄く開いたままで全然閉じないし、鼻も整形でくっつけたような鼻だ。花屋さんに来るような人だったら、よっぽどのことがない限りは人のことを凝視しないだろうから、あんまりわからないのかもなあ。


「ありがとうございます。あ、スポーツドリンクごちそうさまでした」

「いいえ。そうか、今日は平日だから学校なのねえ」

「はい、今日からここに通うんです。あのー」

「なあに?」


 私も一応大家という名目ながら、お手伝いしているとは言っても、店子さんのことを全く知らなかったくらいだから、おばあちゃんの普段の仕事を全部知っているとは思えない。


「大家って具体的になにをすればいいんでしょう」

「そうですねえ……花子さんの場合ですけど。家賃の取り立てとか」

「……放っておくと未払いの人っているんでしょうか?」

「全員ちゃんと払いますけど、扇さんはスランプ状態のときは机の前に座る以外は本当になにもできなくなりますから、曜日感覚を思い出させる感じで取り立てに行かないと駄目ですねえ。まあ、天狗さんですから、ひとりで行くのが怖いと思ったら、日吉さんと行けば大丈夫だと思います。花子さんはひとりで行ってましたけど、そこは慣れですねえ」

「なるほど……あれ、日吉さんって動画主ですよね。家賃稼げるくらいに儲かってたんですか?」


 動画で儲けている山神様ってなんなんだろうなあという疑問はさておいて、思わず喉をついて出る。

 それに野平さんも「そうですねえ……」と首を傾げた。


「なんか普通に支払っていますから、大丈夫だと思いますよ」

「そうなんですか……」


 あとで検索してみればいいのかな。私は腕を組んで考え込んでしまった。

 と、そこへトラックが走ってきた。トラックには花がたくさん積んである。


「ああ、うちの店の荷物が届いたみたいですので。それじゃあ行ってらっしゃい」

「行ってきます、いろいろ教えてくれてありがとうございます!!」


 私は野平さんに手を振って、学校へ向かうことにした。

 いきなり大家になって驚いたし、そこの店子さんたちにも驚いたけれど。大家を引き受けて一番よかったなと思うのは、学校の距離が近くなったことだ。

 うちの学校は偏差値は可もなく不可もなくといったところ。体育部は取り立てて強い訳ではないけれど、うちの学校の放送部と合唱部はなんか賞を取って全国大会に出ているらしい。基準がよくわからない。

 そんなうちの学校の校門を通ろうとしたときだった。

 ビリッと音が私の制服の袖に走り、私は「ひぃー……!」と悲鳴を上げてしまった。どうして昨日といい今日といい悲鳴を上げ続けなくてはいけないのか。


「な、なにすんの!?」


 悲鳴を上げて睨んだ先には、うちの学校のブレザーを着た不機嫌そうな顔の男子がこちらを睨み付けていた。

 同じクラスの鳴神(なるかみ)くんだ。彼は目つきは悪いが、まあ悪い子ではない。掃除当番のときとか、よくゴミ捨て手伝ってくれてるし、課外授業で同じ班になったときとか世話焼いてくれてるし。

 ただ、彼は近付くとすぐに静電気が出る。冬だったらまだしも、なぜか入学早々春から静電気を出すんで、初対面のときから私は悲鳴を上げっぱなしだった。


「いや、すまん」


 相変わらず無愛想な口調でそう言う。いい加減彼に悪気がないのはわかっているつもりだけど、多分勘違いされやすいから、そういうのはやめたほうがいいと思う。

 しかし、普段はいきなり静電気でビリッとされて私が悲鳴を上げ、そのたびに鳴神くんに謝られるパターンなのに、今日は彼が離れてくれない。だから私のブラシをかけた髪だってブワリと広がるし、ビリビリするし、なんか毛穴が広がる感覚がずっと続いている。


「あ、あのう……鳴神くん? その静電気、私とても痛いんですけど……?」

「……小前田……お前生活変わったか?」

「へっ?」

「匂いがする」


 思わず自分の匂いを必死で嗅いだ。昨日はさんざんな目に遭ったけれど、ちゃんとお風呂にも入ったし、普通に寝た。匂いのきついもんだって食べてないのに匂いなんてする!? 私が必死になってクンクン鼻を動かしていると、鳴神くんがマイペースに「違う違う」と否定してきた。


「どっち!? 匂うの!? 匂わないの!?」

「ええっと。そういう意味じゃない」

「じゃあなに!?」

「んー……」


 相変わらず鳴神くんとの会話は、変な調子になる。おかしいな、他の人とはこんな調子にならないのに、鳴神くんにペースを乱されっぱなしだ。

 しばらく間延びした声を上げていたけれど、ようやく「あー……」と声を出した。


「なんか人間じゃない匂いがする」

「はあっ!?」

「獣臭とも違うし、そうとしか言えない」

「はあああ!?」


 思わず声を荒げてしまったけれど、内心心臓がバクバクしている。

 そういえば言ってたよね。まほろば荘は、そもそも山神である日吉さんのお膝元だから、弱い妖怪ばかりが寄ってくるって。実際にのっぺらぼうとか番町皿屋敷のお菊さんが強いなんて話聞いたことないし。そしてそういう弱い妖怪が寄ってくるのは、大妖怪や陰陽師に狩られないようにするためって。大妖怪でも、天狗の扇さんみたいに四六時中小説にかかりっきりなのは珍しいらしいし、大妖怪は弱い妖怪を仲間だって認めないって。

 ……でも、鳴神くんは大妖怪にも、陰陽師にも思えないんだけど。そもそも普通にうちの学校にいるし。

 そこまで考えていたら「小前田?」と間延びした声を上げられてしまった。私がいきなり黙り込んだように見えているらしい。いけないいけない。


「なんにもないよ。気のせいだよ」

「そうか?」

「うん。学校に行こう、行こう」


 私はどうにか大袈裟に打ち切って、そのまま校舎に入ってしまった。

 ……たしかにおどかされたけど、野平さんも更科さんも悪いことしてないし、扇さんも日吉さんも平和に暮らしているだけだもん。大家がなんにも悪いことしてない店子を守ってなにがいけないの。

 自分にそう言い聞かせていた。


****


 学校が終わったら、直行で電器屋さんに急ぎ、私は電灯を買った。

 外が明るい内に付けてしまわないと、真っ暗な中生活しなくちゃいけなくなっちゃうもんなあ。早く帰ろう。

 私がそうのんびりとまほろば荘に向かっていると、どこかしらか濃い化粧の匂いが漂ってきた。


「え……?」


 野平さんの花屋さんは瑞々しい花の匂いがするのに、それを打ち消すかのようなケバケバしい匂い。なんだろう。嫌な予感がする。


「あのう、野平さん?」


 私は電器屋さんの袋を抱き締めながら、怖々と野平さんの花屋さんに顔を出すと、そこには野平さんだけでなく、更科さんも座って、誰かと談笑していた。

 いるのは長い髪にびっくりするほど短いスカートのスーツを着た女性だった。化粧はどことなく昭和っぽいイメージで艶がないけれど、不思議とその人には似合っていた。

 押し売り……基本的にどこのアパートでも、押し売りと勧誘は御法度のはず。どうしよう、妖怪ふたりがまさか、押し売りに捕まってる……?

 どうしよう。この人追い出していいのかどうか。


「あら、三葉さん。お帰りなさい。学校どうでしたか?」

「三葉ー? あら、この子が?」

「そ、そうです、彼女が大家代行、なんです……」

「あらぁー、こんにちはー」


 そう言ってこちらを見て、スーツの女性はにっこりと笑った。途端に口元がギュインと、目の下まで裂けた。


「あたし、きれい?」

「へっ……へえ……っ!?」


 なんでうちに口裂け女が押し売りに来てるの。私はまたも腰を抜かしてしまった。

 それに野平さんと更科さんが恨みがましそうな顔で彼女を見た。


「駄目ですよぉ、花子さんと違ってまだ慣れてないって言ったじゃないですか」

「お、とな、げないです」

「あはははは……ごめんごめん。ちなみにあたし、押し売りとかしないから」

「へ、へえ……そうなんですか?」


 私が腰を抜かしながら彼女を見ると、彼女は立ち上がった。

 よくよく見れば、カウンターには大量の化粧品が並んでいた。


「あたしは楠咲子(くすのきさきこ)。セールスレディやってます。まあ、あやかし専門のね」


 そう言ってウィンクしてきた。途端に裂けた口は、人間のものと遜色なくなる。それでようやく私は立ち上がって、スカートをはらった。


「そ、うなんですか?」

「まあねえ、あやかし界隈も、今結構不自由でねえ。なんでもかんでも個人情報保護法? それのせいで住むとこつくれないのとか、人間に見つかることのないのとかいるから、あやかし同士の情報網を、うちの商品売り歩いて共有してるのよぉ」

「そうだったんですか……」


 そこで野平さんは困ったように笑う。


「私なんて、化粧しないと外出歩けませんし自営業ですから、こうして楠さんが来てくれないと困りますし」

「わ、たしも……すぐ、物壊すんで……大きな店とか、行けませんし……」


 なるほど、ふたりの性格や特性を考えたら、楠さんみたいな人のほうが都合いいんだ。

 それに楠さんは「ふふん」と笑う。


「ちなみに高校生にも学生料金で商品お売りするけど?」

「えっと……私化粧には興味ないんで」

「あら駄目よ? 高校卒業したあと、化粧のひとつでも覚えないと人権なくなっちゃうから」


 どうして私よりも人間に詳しいんだ。

 そう言って、楠さんはセールストークで私にぐいぐいと商品を説明してきたんだ。

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