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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘へようこそ
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まほろば荘の秘密

「うう……」


 頭がジンジンと痛い。頭の裏が熱を持っているような気がする。そういえば、玄関に頭を打ち付けたんだったと今更ながら思い出した。


「あ、あのう……だいじょぶ……ですか……?」

「ああ、更科さ……ん……」


 おどおどした更科さんの声で安心したのも束の間、私は思わず仰け反った。

 よくよく見たら、私は布団に寝かされ、頭を打ち付けた場所には濡れタオルを被せられていた。

 そして看病してくれていたらしい更科さんはというと、なぜか真っ白な浴衣を着て正座していたのだった。それだけだったら「今時寝間着が浴衣なんて珍しいなあ」くらいで済んだけれど、なぜか彼女はわざわざ左右逆の合わせ目で帯を締めていたし、頭にはなぜか三角巾を巻いていた。

 これじゃあ日本人だったら誰もが連想する幽霊だ。


「ギャアアアアアアア…………!!」

「ああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……怖かったですよね? ごめんなさい、今の時期、百鬼夜行の時期でして……皆でご飯を食べてたんですよぉ。この時期は大家さんも放っておいてくれてたから油断してまして……まさか三葉さんが覗き見するなんて思いもしなくって……」

「え……ひゃっきやこう?」

「百鬼夜行。大昔のもっとあの世とこの世の境目が曖昧だった頃なんかは、もっと大人数で町中を練り歩いていたが、今時あやかしの類を見たら、やれ動画に投稿だの、やれSNSにさらすなどされて、おちおち練り歩いていられやしない。鬼やら九尾の狐やら大妖怪だったらいざ知らず、まほろば荘にいるのなんか、大したもんでもないからね」


 その声は扇さん。でも……。

 白い着物の下に黒い袴を穿くという修験者スタイルに、天狗のお面を付けている。

 私が口をポカンと開けている中、「お、扇さん……っ」とおどおどと更科さんが咎める。


「大妖怪の天狗のあなたが言っても……説得力はないですよ……」

「とは言ってもなあ。更科さんなんて、元々は有名幽霊なのに本名で名乗りもしないじゃないか……ええっと、番町皿屋敷のお菊……が本名だったか?」

「お菊さん……!?」


 私は思わずまたも悲鳴を上げる。

 とは言っても、私もお菊さんの逸話なんて、お皿を割ってしまったのが原因で幽霊になってしまい、夜な夜な足りないお皿の枚数を数え直していることくらいしか知らない。

 でもそのお菊さんが更科さんと言われても……思わず更科さんに視線を移すと、彼女は申し訳なさそうに背中を丸めてしまった。


「ご、ごめんなさい……私がもっときちんと、外は危ないから出ちゃ駄目って言わないといけなかったのに……」

「あ、あのう……その。おばあちゃんはこのことを知ってたんですか?」


 そもそもまほろば荘の住人がふたりほど人間じゃなかったって、おばあちゃんが知ったらびっくりするんじゃないかと思っていたんだけれど。


「知ってたぞー」


 そうのんびりと言ってきたのは、玄関からひょっこりと顔を覗かせた日吉さんに、日吉さんの後ろで心底申し訳なさそうに顔を覗かせている野平さんだった。

 今の野平さんには顔がある。私は「あれ?」と見ていたら、野平さんはわたわたと手からコンビニ袋を差し出した。中にはスポーツドリンクが入っている。


「ごめんなさい! すっぴんを見せてしまって! 驚きましたよね、顔がなくって!」

「え、ええっと……私のほうこそ、叫んでしまってすみません」

「ごめんなさい。私のっぺらぼうで……普段は人間の皆さんを脅かさないようにきちんと化粧してからじゃないと外に出ないんですけど……大家さんに『百鬼夜行のときは気にしなくていいよ』と言われてて羽目を外しました……よくよく考えたら、三葉さんは知りませんでしたもんねえ」


 やたらめったら謝られ続け、こちらもいたたまれなくなってくる。

 でも、幽霊に天狗。おまけにのっぺらぼう。これだけ続いていたら、まさか日吉さんも? と思わず日吉さんのほうを見上げる。


「あのう……ここが人外だらけなのって、なんかあるんですか? あと日吉さんも、人間じゃないとか」

「うん、そうだなあ。俺は人間じゃなくって」

「はい」

「山神だなあ」

「……はい?」


 山神が。出かけて動画撮って動画サイトで上げてるの。

 もう驚き続けて、いい加減顎が外れそうになっているけれど、それを見かねた扇さんがひらひらと手を動かす。


「そろそろやめたまえよ。顎が外れるのは癖になると聞く」

「は、はい……」


 どうにか両手で押さえて、口を元に戻す。

 皆、うちに入ってきて、正座で私の寝かされていた布団を取り囲んだ。


「うーん、まずはすまんなあ。花子さんは既に知っていたから、俺たちもそんなもんだと甘えてしまっていた。どこから話せばいいかな」


 一同を代表して日吉さんが口を開いた。それに私は「ええっと……」と首を傾げる。


「ここに越してくる際、おばあちゃんの知り合いのご近所さんが、ここは元々神社だったけど、区画整理のせいで神社が移動したと聞きました。そのあと事故がたくさん続いたと……それとうちのアパートがあるのと、なにがどう関係あるんですか?」

「というよりも、それが大本だなあ。まほろば荘に妖怪がホイホイと集まってくるようになったのは」


 日吉さんがきっぱりと言い切ると、心底呆れた顔で扇さんが口を挟んできた。


「そもそも君が原因じゃないか。なにまほろば荘が妖怪ホイホイみたいに言っているのかね」

「ははははは、扇さんみたいな大妖怪が来てくれて助かっているよ」


 ふたりで話を進められてもわかんない……。

 助けを求めるようにして、野平さんのほうを見ると、野平さんがおっとりとした口調で言った。


「ええっと……まずはここが元々は神社だったけれど、区画整理で神社は移動してしまいました。でも、ここでは事故が大量発生したんですね。元々、神社が建てられる場所っていうのはいわくがある場所ですので、神社を無くしてしまったら事故が多発するのは当然なんですよ。洪水だったり、土砂崩れだったり、そういう悪いことが続いた場所に神社が建つというのが通例です」

「つまり……神社がなくなったから罰が当たったとかじゃなくって、神社で防いでいたものがそのまんま発生するようになったってことでいいですか?」

「はい、その通りです。で、困った当時の区画整理の担当さんが、これだけ事故が多発する場所に道路をつくっても、事故のせいで余計に悲惨なことになるかもしれないということで、土地を手放しました。で、事故多発のせいで値段がかなり安くなってしまったんですね。そこをちょうどアパート経営をしようと思って土地を探していたご夫妻がいました」

「あ……それがうちのおじいちゃんとおばあちゃん?」

「はい」


 でもおばあちゃん、ぎっくり腰で入院するまで特に大きな事故に遭ってないし、おじいちゃんだって死因はぽっくりと逝った老衰だったし、ふたりとも神社がなくなった弊害を全く受けてないような。

 私が首を傾げていたら、日吉さんが「それでだなあ」と野平さんの説明を受け継いだ。


「さすがにうちの分社がなくなったせいで事故多発っていうのは目に余るからな、俺がまほろば荘一室をもらい受けるから、定期的に祀ってくれないかと、花子さんたちに交渉したんだ」

「……山神様自らですか?」

「まあ、俺も神の分霊だからなあ……うーん、今の時代の高校生だと、どう言ったら適切かな。データを複製保存しても、元のデータはひとつ……と言えばわかるか?」

「ええっと……山神様には本体がいて、日吉さんはその本体の複製データって言えばいいんですかね?」

「そうそれ。今時の子はそれで通じるのか」


 つまりは、神社のあった場所に代わりに日吉さんが来て、定期的に祀っていることで、そこで起こっていた事故事件がなくなったと、こういうことか。


「……一応まほろば荘の歴史はわかりましたけど……どうしてここが妖怪だらけになったんですか?」

「あ、すみませんすみません。最近は書類審査が大変で、なかなか住むところがないんです……」


 途端に更科さんが平謝りしてきた。

 それに野平さんも同意してくる。


「大妖怪だったらいざ知らず、私たちみたいな弱い妖怪や幽霊なんて、ひとりでいたら簡単に陰陽師や僧侶に祓われてしまいますし……居場所を求めてさまよっていたら、日吉さんのいるまほろば荘を見つけたんですよ……山神様のお膝元だったら、大妖怪も陰陽師も、ちょっとやそっとじゃ私たちのこといじめませんし……」

「はあ……妖怪社会も世知辛いんですねえ」

「人間社会には負けますが……」


 たしかに神様相手に喧嘩を売るような人も妖怪も、なかなかいないか。でもそうなったら、大妖怪だって言われていた扇さんはどうしてここに。

 視線を向けると、扇さんは肩を竦めた。


「大妖怪っていうのは、基本的につるまないからねえ。鬼しかり九尾の狐しかり、あれらは一族以外はどうでもいいから、一族以外には少々攻撃的なんだよ。その点天狗は、基本的に単独行動だからねえ」

「……単独行動が好きなのに、まほろば荘に来たんですか?」

「小説を書く際、ここが一番やりやすいと思ったのさ。山神がいるから、下手に喧嘩は売られない。大家さんは優しいし、女の子たちは親切だ。なんと言っても、呻き声を上げても誰も怒鳴り込んでこないのがいい」


 私は思わず野平さんと更科さんを見た。

 ふたりとも「いや、うるさいと思ってますけど」という顔をしていたものの、扇さんが天狗なせいなのか、はたまた流す性格なのか、どちらもツッコミを入れることはなかった。


「そんな訳で。我々は人外で、ときどき外で騒いでいるが、基本的に人間は嫌いじゃない。まほろば荘の敷地内にいる限りは誰も攻撃したりしないから、もしうるさいと思ったらいつでも抗議してくれ。皆でできる限り静かにするし、もし許可してくれるんだったら差し入れもするから」

「……ちなみに皆さんが百鬼夜行で食べてるものって、食べて大丈夫なもんなんですか?」

「たしかにまほろば荘は現世と幽世の境が曖昧だが、ここで出す料理はよもつへぐいにはならないぞ?」

「よもつへぐい?」

「食べたらあの世に連れて行かれるというやつだが、そういうのはない。山神たるもの、そんなくだらない嘘はつかない」


 なるほど。おばあちゃんもおじいちゃんも、特になんの問題もなくここでアパートをやれていた以上、この辺りは信じてもよさそうだ。

 私は皆をぐるっと見回した。

 野平さんの顔は全部化粧らしいが、あまりにもばっちり過ぎて私ではこれが本当に化粧なのかどうかの判別がつかない。

 扇さんは相変わらず横柄な態度だ。これは天狗だからなのか、このひとがこういうひとだからなのかいまいちわからない。

 更科さんはずっとおろおろしている。いや、別に皿割ってもいないのに怒鳴ったりしないから落ち着いて欲しい。

 そして日吉さんだけれど、この人は山神様なのか、ずっと堂々としている。

 変わったひとたちだなあとは思ったけれど、まさか人間ですらなかったなんてなあ。私はふっと息を吐いてから、「どうぞしばらくよろしくお願いします」と頭を下げた。

 戸締まりしてから、もう一度布団に入る。

 明日は朝一番に電器屋で買う電灯を確認してから、学校帰りに買いに行こうと、そう思いながら。

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