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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘の七夕祭り

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28/30

お別れ会とわがまま

 結局私は扇さんと一緒にスーパーに行って帰ってきたものの、なにを買ったのかよくわからず戻ってきてしまった。

 とりあえず買い物バッグの中身を取り出し、自分の錯乱っぷりに笑ってしまった。

 卵が三パック、合挽肉一パック、粉チーズ、ピーマンを山盛り。


「こんなに買ってもおばあちゃん食べきれないじゃない……」


 自分で言っていて悲しくなり、またじんわりと涙が溢れてきた。私はゴシゴシと目を擦ると、一応レシピの検索をしておくことにした。

 おばあちゃんも年だから、そんなにたくさん食べきれないし、私ひとりのときに食べきれるものにしておかないと。そう思いながらスマホを触り、ひとまずはハンバーグをつくって半熟ゆで卵を添えて、ロコモコ丼風にしておくことにした。

 挽肉と小麦粉、卵とたまねぎのみじん切り、あと冷蔵庫の中に眠っていたなんかのソースを入れて、タシンタシンと捏ねはじめる。

 なにかを捏ねたくなるときは、大概なにかに八つ当たりしたいときだ。

 お菓子の生地とか、パン生地とか、ハンバーグとか。そういうものは、タシンタシンと音を立てて混ぜないとおいしくならないから、八つ当たりにはちょうどよかった。ひとに当たったら八つ当たりでも、料理に当たったら、それはただの作業工程なのだから。

 私が帰りたくないって言ってどうにかなるもんでもないし。そもそもおばあちゃんだって家で落ち着きたいだろうし。私はそうグルグルと考えている中。ハンバーグの生地が出来上がった。

 ハンバーグを蒸し焼きにして、その間にゆで卵をつくろうと小鍋に卵を入れて茹でている中、チャイムが鳴った。

 ……タイミング悪いなあ。私はゆで卵の火を一旦消してから、玄関に出た。


「はい」

「俺。鳴神。親からもらい物が来たから」

「あらそう? ちょっと待ってね」


 そういえば、鳴神くんは普通にご家族いるんだよなあと思いながら、私は玄関を開けた。鳴神くんは、手に大きなナスとキュウリを袋いっぱいにぶら下げていた。


「すごいね。どうしたの、これ」

「うち、家庭菜園やってて。毎年ものすごく摂れるから一生懸命食べるけど、食べきれなくって近所に配ってる。今年は俺がまほろば荘に引っ越したから、ちょうどいいからまほろば荘のひとたちに配れと」

「そっかあ……ありがとう。他のひとたちにも配った?」

「小前田が最後……大丈夫か?」


 唐突に尋ねられて、私はギクリとする。


「どうして?」

「……泣いた跡があるから。なにかあったか?」


 鳴神くんに指摘されるくらいだから、今私はかなりひどい顔をしているんだろう。

 深く深ーく溜息をついてから、口を開いた。


「……おばあちゃん、退院するんだ」

「ふうん。おめでとう」

「だから私、大家をおばあちゃんに返して、帰ってこいって」


 それに鳴神くんは黙り込んでしまった。私も俯いてしまう。


「……おばあちゃんはぎっくり腰で入院してたんだもの。リハビリ終わったら帰ってくるよ。当たり前じゃない」

「小前田」

「だから私、今度の退院の手伝いしたら、家に」

「小前田。それお前が納得してるのか?」


 それはスーパーで扇さんにも聞いてもらったことだ。私は思わずまたジワリ……と涙が溢れてきた。


「私だってさ、ここにずっといたいよ。まほろば荘好きだもん。ここのひとたち好きだもん。でもここ、おばあちゃん家じゃない。私がどうこうすることなんて、できないよ……」

「……言い訳するくらい、帰りたかったのか?」

「え……? なんでそんなこと言うの?」

「なんか、小前田っぽくないと思ったから」


 鳴神くんから思いがけないことを言われて、私は溢れてきた涙が引っ込んでしまった。鳴神くんはいつものダウナーテンションで淡々と言う。


「小前田は、なにかやりたいことがあったら、どうやったらできるかを必死になって考える。お祭りだって七夕だって、そうだったと思うけど。でも帰ることばっかり言って、帰りたくないのかどうか、俺にはよくわからない」


 私は鳴神くんの言ったことに、思わず目を剥いてしまった。


「それ多分、鳴神くんの買いかぶり過ぎだよ?」

「そんなことないと思う。小前田は俺が初めてまほろば荘に来たときから、割と体を張っているから。それは多分、俺より先にずっとここにいるひとたちも、同じこと思ってる」

「でも……私、そりゃ帰りたくないよ? でもここには住めないし、空き部屋に入るのもフェアじゃないじゃない」

「じゃあ素直に、帰りたくないって伝えるのは?」


 あまりにも当たり前に鳴神くんが言い出したので、私はポカンと口を開いた。


「……それ、あまりにもわがままじゃない?」

「だって、俺たち大家とかあやかしとかどうこう以前に、普通に高校生だし。親やおばあちゃんに甘えることができるのは、普通に特権だと思っていたけど。違う?」


 そう言われて、私は考え込んでしまった。

 大家代行を続けるために、孫として娘として高校生として、お母さんやおばあちゃんと言い合わないといけない。

 それっていいことなのかな。悪いことなのかな。でも……。

 沸々と沸いてくるのは、やってみたいという想いだった。


「……わかった。私、おばあちゃんと話をしてみる」

「ん」


 そう言っていたところで、冷蔵庫に貼り付けたタイマーが鳴り響いた。そろそろゆで卵ができたのだ。


「ご、ごめん! これ以上放置してたら、ゆで卵が固まる!」

「ええ、ゆで卵って固まるもんじゃ……?」

「半熟卵じゃないと、ロコモコ丼にならないから!」

「あー……じゃあ、俺帰る。野菜。適当にして」


 多分扇さん辺りは糠床に漬けているだろうし、野平さんはお酒に合うおつまみをつくりはじめるだろう。日吉さんはこれでなにかしら動画を撮るかもしれないし、更科さんは……まさかと思うけどもろみ味噌を付けてそのまんま囓りはじめないよなあ。

 とにかく、私は帰って行った鳴神くんに「ありがとう!」と言っておいた。


****


 おばあちゃんの退院を手伝いに行く前日。

 私は荷物をまとめていた。夏休みに持ち帰ってきた学校のものはもちろんのこと、鞄やら服やらをどうにかひとつにまとめる。

 そんなに持ってきてないと思っていたのに、気付けば私物も増えていた。


「思っているより、ここが居心地よかったんだなあ……」


 そう思ってぐるっと辺りを見回していたら。チャイムが鳴った。

 一応荷物の準備は終わったし、私は「はーい」と声を上げる。玄関に立っていたのは、更科さんだった。


「あれ、どうしましたか? 今日はお仕事は……」

「きょ、今日は、お休みですから大丈夫、です。花子さん……もうすぐ、帰ってこられるんでしたね」

「あ、はい……」


 ぎゅっとTシャツ越しに胸を掴む。まだどうやって切り出そうか考えているけれど、未だにおばあちゃんたちを説得する術が見いだせないでいる。

 そんな中。


「の、ひらさんが……手巻き寿司パーティーしましょって……言ってました。ほら、景気づけに」

「景気づけって……」

「扇さんものすごく、気にしてました、よ。三葉さん傷付けたんじゃないかって。花子さんが帰ってくるから、これからは、おふたりで大家をするもんだと、ばかり、思ってましたから」

「あ……扇さんはなんにも悪くないですよ! 私がちゃんと言わなかっただけで!」

「で、すから。皆がまた一緒にいられるようにって、皆で一緒に、ご飯、食べましょうって」


 それに私は頷いた。


「なんか持ってかなくって大丈夫ですか? 突然なため、今手巻き寿司に使えそうな具とかないんですけど……ご飯とか炊きましょうか?」

「だ、いじょうぶ、ですよ。皆で持ち寄りました、から」


 そう言われて、私は野平さんの店へと行く。

 既に日が傾き、店も早めに閉めたらしい。その中で、酢飯を一生懸命仰いでいる日吉さんと、一生懸命具の載った皿を並べている鳴神くん、台所で野平さんに言われてお酒や麦茶を運んでいる扇さんが見えた。


「お待たせ、しましたー、三葉さん、ですよ」

「は、はい! 今日私なんにも手伝ってなくって、すみません!」

「いやあ……単純に皆で願い事だなあ」


 日吉さんはのんびりと言う。


「さすがに花子さんの容態やら、三葉さんの事情やらをどうこうはできないから。だからせめて祈祷を込めて、一緒に食事、だな」

「それ、祈祷になりますかね?」

「なりますよ。皆でご飯を食べるって、それは素敵なことじゃないですか」


 そう言ってやっと台所で作業をしていた野平さんが顔を出した。

 酢飯に海苔。具はいろいろだ。カルビにごま。棒の糠漬けに味噌。刺身はサーモンにまぐろ、いかか。野菜は棒に切ったキュウリ、にんじん、味のアクセントにしそ、レタスが並んでいる。

 お酒はビールに焼酎で、私たち用にか麦茶と緑茶が用意されていた。


「それじゃあ、好きなもの包んでいってくださいねー」

「いただきまーす」


 私は酢飯を海苔に載せると、とりあえずしそとサーモンを包んで食べた。サーモンは既に昆布締めしているのか、なにも付けてなくってもおいしい。


「おいしい!」

「それはよかったです」


 そう言いながら野平さんは自分はレタスとカルビにごまを巻いて、焼酎を緑茶で割りはじめた……緑茶を持ってきたのは焼酎を割るためかあ。

 私がもりもり食べている中、扇さんがおずおずと出てきた。


「……いやあ、済まなかったね。大通りで泣かせてしまって」

「いえいえ。扇さんは、本当に悪くないですから。ただ、私ちょっと驚きました」

「なにかね」


 今度は糠漬けといかをしそと一緒にくるんで食べる……意外と合う。


「私、ここに来てまだ数ヶ月です。ずっといるおばあちゃんと同じように扱ってもらえるなんて、思ってもいませんでした」

「私に限らず、あやかしなんてそんなもんだよ」

「はあ……」

「情を傾けたら、時間はあまり関係ないんだよ。刹那であったとしても、那由他であったとしてもね」

「はあ……ありがとうございます」


 私はまたパクンと巻き寿司を食べた。

 相変わらず更科さんはおろおろしながら巻き寿司を巻いて、ときどき皿をパリンパリンと割り、それに野平さんは笑いながら掃除していく。

 日吉さんはのんびりとまぐろとしそを巻いて、焼酎を水で割って飲んでいる。私たちは麦茶を飲みながら、一生懸命巻いている。

 妖怪も神様も幽霊も先祖返りもご一緒に。その中に、たった数ヶ月しかいない私も混ぜてもらえるなんて思わなかった。

 ……おばあちゃんとちゃんと話をしよう。

 私、やっぱりここにいたいよ。

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