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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘の七夕祭り

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27/30

夏休みと退院

 蝉の鳴き声がけたたましい。

 私と鳴神くんは、大量に荷物を持って通学路を歩いていた。もうすぐ八月のせいか、アスファルトの照り返しが顔にぶつかって、とても暑い。


「暑いねー」

「夏だからな」

「その割には鳴神くん、涼しそうだね?」


 私たちは制服が汗で肌にぺちゃんと貼り付いて、余計に早く帰って着替えたいのに、暑さのせいでキビキビ歩くこともできず、どうしてもだらだらとした歩き方になってしまう。

 鳴神くんは汗を掻いているものの、いつものダウナーテンションだった。


「別に、夏だから暑いよ。普通に」

「そっかあ……ああ、まほろば荘! 帰ってこられた!」

「大袈裟じゃないか? そこまで喜んで」

「冷房浴びれるのは強いよ!」


 私はスキップする感じでまほろば荘を歩いて行くと、野平さんの店が見えた。

 炎天下が厳し過ぎるせいか、日頃は店の外にもたくさん花を出しているのに、今は全部店の中に入れている。


「あら、お帰りなさい。終業式ですか?」

「ただいま-。はい、そうです。明日から夏休みです」

「ふふふ、そうですか」

「今日は店に全部花入れてるんだな?」


 夏だから売れているのか、かなり減っているひまわりのバケツを眺めながら鳴神くんは言うと、野平さんは笑顔で答えた。


「これだけ暑かったら、バケツの中の水が熱湯になっちゃいますから、花がゆだっちゃうんですよ。それで夏場は店の中にしか入れてないです」

「なるほど」


 私たちはそれぞれ野平さんに頭を下げてから、それぞれの家に帰る。

 貼り付いた制服をどうにか脱ぎ捨てて、Tシャツと短パンになる。これで涼しいぞっと。涼しくなったことにほっとひと息つき、お茶でも飲もうと冷蔵庫のピッチャーにつくっていた水出し麦茶を引っ張り出したところで、スマホが点滅した。

 電話だ。しかもこれはうちのお母さんからだ。


「はい」

『もしもし、三葉? 今大丈夫?』

「なあに?」


 わざわざ電話くれるとき、大概ろくでもないこと言ってくるんだよなあ、うちのお母さんは。そう思って警戒していた中。

 お母さんはいの一番に言ってきた。


『おばあちゃん今週退院するから、そろそろ戻ってきなさい』

「…………え?」


 思わずスマホをポロリと手放し、座布団の上に落とした。

 当たり前過ぎる話だった。まほろば荘の大家はうちのおばあちゃんであり、私はあくまで代行だ。そしておばあちゃんはぎっくり腰のリハビリが終われば、当然帰ってくる訳で。

 私はなんとかスマホを拾い上げると、お母さんに言った。


「おばあちゃん退院してからでいいじゃない。周りがいきなり大家代行いなくなって困るよ」

『あら、誰でもできるから、交替も簡単だと思ってたけど。そんなに仕事多かったの?』


 悪気ないんだろうなあ。実際に本当にないもんなあ。

 私はお母さんのチクチク言葉に思わずそっぽを向きながらも、どうにか口を開いた。


「そうだよ。意外と細々と多いよ。だからおばあちゃん退院してからでいいじゃない。いつ退院のとき手伝いに行けばいい?」

『そうね……』


 私はおばあちゃんの退院予定を聞いてから、ようやっと電話を切った。そして私はごろんと転がってしまった。

 罪悪感がひどい。

 おばあちゃんの腰が治ったことより先に、今週中にまほろば荘を立ち去らないといけない事実に打ちのめされるなんて、私は祖母不孝だ。

 それに、いきなり期日が区切られてしまった事実が、私を余計に打ちのめしている。今週中にまほろば荘とお別れか……。別に死ぬ訳じゃないし、ただ元の家に戻るだけなのに。このところやけに濃密な時間を過ごしていたおかげで、余計に混乱していた。

 でも。引っ越した子や進学先が離ればなれになった子とは、どれだけ連絡を取り合っていても、なにかの拍子にすぐに疎遠になってしまう。他に夢中なものが見つかったら、昔の友達なんてすぐ過去のものになってしまうから。それは薄情なんて呼ばない。そういうものだからだ。

 いくらあやかしだからって、遠く離れてしまったひとのことをずっと思うよりも、今一緒にいるひとを優先させるはずだ。

 ここでいろんな想い出をつくった。

 壁一枚向こうの百鬼夜行。住んでいるアパートの店子が全員あやかし。先祖返りと揉めたり、お祭りをしたり、本当にいろいろあったし、いろんなことをした。ただ学校と家を往復するだけじゃ体験しないことを、いろいろした。

 普通の高校生じゃ、なかなか体験しないこと。

 私は扇風機のスイッチを行儀悪く足で押すと、その風を浴びながら不貞寝してしまった。今は落ち着くための時間が欲しい。


****


 私が目が覚めたとき、外は明るいけれどどこか鄙びた色に変わっていた。今何時だと思わずスマホに手を伸ばしたら、既に四時を回っている頃合いだった。いくらなんでも寝過ぎだろう。

 私は水分補給に水出し麦茶をゴクゴク飲み干したあと、買い物バッグを手に取った。

 最近はテストやらなにやらで買い物ができていなかったから、そろそろ買い出しに行かないとと、今週分のおかずを考えてメモ書きしてから、家を飛び出した。

 スーパーへ向かう途中、「おや、三葉さん?」と声をかけられた。

 珍しい……と思ってしまったのは、扇さんだった。普段出不精な扇さんと道で鉢合うのは本当に滅多にない。


「珍しいですね……扇さんお出かけでしたか?」

「そうだね。久々に打ち合わせに出かけていたんだよ。帰り道に、今日はそういえば漬ける野菜がなくなってきたなと思い出して、買い出しに行こうとしていたところさ」

「……扇さん、日頃から糠漬けとご飯だけで生活済ませてません? もしかして」

「まさか! まほろば荘の店子は世話焼きが多いからね。なにかにつけて『食べろ食べろ』と言ってくるもんさ。天狗はそこそこ修行を積んでいるからね、他のあやかしよりもよっぽど燃費がいいのだけれど」

「そういうもんですか」


 相変わらずマイペースが過ぎるひとだなと感心しながら、一緒に買い物に出かけた。その中で、扇さんがいきなり口を出してきた。


「ところで三葉さんは大丈夫なのかい?」

「はい?」

「ご母堂となにかしら揉めているのが聞こえたからねえ」

「あ……どこから聞こえていましたか?」


 そういえば、扇さんは千里眼があるせいなのか、まほろば荘内のことは本人がいる場合は大概把握しているんだった。

 聞こえてたんだ……音漏れしていたから、電話の内容も聞かれてしまったかもしれない。

 でも隠すことでもないし。私は口を開いた。


「おばあちゃん、今週中に退院するんです」

「おお、花子さん戻ってくるのか」


 それにニコニコする扇さんに、私はしゅん……となる。よくよく考えたら、まほろば荘に住んでいるひとたちは、皆おばあちゃんが好きで住んでいるひとたちだったから、帰ってくるとわかったら喜ぶのは当たり前だった。

 私ほどの音頭は、ないもんなあ。

 ひとりで勝手に落ち込んでいたら、扇さんは不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「どうしたんだい三葉さん。嬉しくないのかい?」

「……そりゃ嬉しいですよ。おばあちゃんが元気なほうが嬉しいですし。でも」


 そこで思わず黙ってしまう。

「もっとここにいたい」とか言うのはあまりにもわがままだし、そんなの私ひとりで決められる問題じゃない。

「寂しいから帰りたくない」って言っても、まほろば荘の店子さんたちだって決められる問題じゃないから、困ってしまうだろう。

 扇さんはまじまじとこちらを見たあと、「そうだ」と手を叩いた。


「花子さんが帰ってきたら食事会をしよう。多分日吉さんや野平さんに言えば、すぐ用意ができるだろうし」

「おふたりだって予定がありますよう……それに更科さんだって参加できるかどうか」

「でも、三葉さんも鳴神くんも夏休みだろう?」

「あ、あれ……?」


 そこで気が付いた。


「もしかして、食事会に私、頭数に入っています?」

「どうして? 三葉さんは花子さんが帰ってくるのに歓迎してるんだろう?」

「わ、たし……おばあちゃん帰ってきたら、家帰んないといけないんですよぉ……」


 扇さんの言葉に、胸が熱くなってとうとう涙腺が決壊してしまった。それに扇さんが慌てる。


「待て待て待て待て。今の流れのどこで泣くところがあったのかわからん。私もまほろば荘の連中に怒られたくない」

「わ、たし……家帰んないと駄目なんで……参加できるかわかりませんよぉ……本当はまほろば荘にずっといたいですけど、無理かもわかんないですし……私、あくまで代行ですからぁ……」


 私がワンワン泣き出すのに、扇さんはいつもの飄々とした態度からはわからないほどうろたえ、おろおろしたあとに自分の着流しで私の顔を拭きはじめた。


「着流し濡れますよぉ……」

「いや別に洗える分だからかまわんのだが。ふーむ……そうか、三葉さんが帰るところまでは考えたこともなかった。このまんまいるとばかり」


 こちらで泣いていたら、周りが怪訝な顔でこちらを見てくるので「大丈夫です! 問題ないです!」と言って視線を散らしてどうにか泣き止む。


「そりゃ私だってまほろば荘にいたいですけど。あそこ物理的に住めないじゃないですか。おばあちゃん家はそこまで広くないです」


 実際問題、まほろば荘の間取りは完全におひとり様用であり、ふたりで寝るとなったら全ての家具を取っ払わないと物理的に無理だ。そんなことしたら生活できない。

 それに扇さんは腕を組む。


「まほろば荘に住むっていうのは?」

「大家の孫だからって、タダでは住めないですよ。おばあちゃん困っちゃいますし」

「なるほどなあ……ああ、すまない。私だとこの辺りは本当に力になれなくって」

「いえ。お話しできてよかったです。ほら、そろそろタイムセールはじまっちゃいますし、店も混雑してしまいますし急ぎましょう」

「あ、ああ。そうだね」


 こうして私たちは、無理矢理空気を変えるために、スーパーの話だけしてその場を切り抜けた。

 でも。私が帰らないといけない事実は消えない。

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