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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘の七夕祭り

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24/30

星に願いを月に祈りを

 七夕本番。天気予報をチェックしても、『本日は全国的に快晴』と出て、気象予報士さんも困った顔をしている。


「昨晩は場所によっては雷雨で大変だったみたいですが」

「七夕までは基本的に梅雨のはずでしたが、今年は空梅雨からのゲリラ豪雨で、今年も涙雨ではないかと危惧されていましたが、見事に晴れましたね!」

「本当に驚きました……今年は場所によっては天の川を楽しめるところもあるでしょうね」


 そのニュースを確認してから、私はテレビを消した。

 そしていそいそと野平さん家に出かける。


「おはようございます。今日は本当に晴れましたねえ」

「おはようございまーす。そうですね、天気予報士さんもびっくりしてましたよ」

「まさか、雷神の先祖返りの子が、当日雨になるのを防ぐために、片っ端から雨を降らせたなんてこと、誰も信じないでしょうしねえ」


 実際のこのことを知っているのは、まほろば荘の住民だけだろう。私は今朝の掃除には見なかった鳴神くん家のほうを見る。


「鳴神くん大丈夫ですかねえ……昨日夜遅くまで頑張ってたんで、もしかしたら疲れ果てて七夕祭りに来られないかも……」

「いや、それはないですよ」


 そう言って野平さんはぶんぶんと手を振った。


「そうでしょうか?」

「そうですよ。鳴神くんが頑張ったのは、三葉さんのためですから。三葉さんに心配かけるような真似は、しないと思いますよ」

「はい……そうですね」


 鳴神くんは本人は嫌がっている割には、かなり行動理念があやかし側だ。彼が私のためを思ってやってくれたことなら、正直あんまり怒れない。そもそもが私が鳴神くんに、普通にお祭り行けるようになったらいいなという願いのためなんだから、なおのこと怒れない。

 後でお礼を言わないとなと思っていたら、今日は休みの更科さんや水路を持ってきた日吉さんがやってきた。


「やあ、今日はずいぶんと晴れているじゃないか」

「おはようございます。お祭りはまだ夜からですのに、いくらなんでも早いですよ。うちもお客さんが来ますから」


 そう野平さんが苦言を呈す中、更科さんが「あ、あの……」と声をかけてくる。


「はい更科さん。なんでしょうか?」

「な、がしそうめんするんでしたら……そうめんはいつから、茹でれば……いいですかね?」

「そうですねえ……今日は夕方になったらもう閉めようと思っていますから、五時半くらいに茹ではじめれば、流しそうめんできるんじゃないですかね?」

「わ、かりました……」

「じゃあ私も、それまでに薬味とか添え具とか用意しておきますね」


 そうくふくふと野平さんは笑った。野平さんそんなにそうめんが好きだったのかと私が勝手に感心をしていたら、日吉さんは苦笑した。


「さすがに未成年は巻き込まんと思うが、野平さんはかなりの飲兵衛だからなあ……そうめんの具や薬味って、結構酒のあてになりやすいんだよ」

「あれ、そうなんですか?」


 そうめんの薬味といえば、ねぎやみょうが、しそ……一緒に食べる具といえば、夏野菜の天ぷら……かな。

 私がそう考えていたら、野平さんは顔を真っ赤にして「日吉さんっ!」と悲鳴を上げた。

 とりあえず、私は尋ねてみた。


「そ、それじゃあ、具や薬味の準備は野平さんに任せて、私は更科さんとそうめん茹でてればいいですかね? 出汁も用意しておかないと」

「そうですねえ。今日は早めに店を閉めますから、閉めたらすぐにたくさん揚げますよぉ」


 そう言って野平さんは腕まくりのジェスチャーをしてみせた。

 頼もしい。男性陣は水路の組み立てと、水張りの準備をしてもらえば、なんとかなるかな。未だに扇さんは出てこないけれど、まあ降りてきたら巻き込んでしまおう。


「すみませーん、短冊ですけど、まだかけても大丈夫ですかー?」


 そう店に声をかけてくれたのは、近所に配っていた折り紙と短冊を受け取ってくれたご家庭だ。私は声を張り上げる。


「はーい、どうぞー」

「ありがとうございます!」


 そう言って一生懸命かけようとするものの、小さな子だともうかけるところがないから、私が脚立を持ってきて頭上にかけてあげた。

 数日募集をかけた笹の葉の七夕飾りに短冊。今やずしりと重くって、ひとりではなかなか持ち運べない。

 今度神社にお焚き上げに持っていこう。そう思いながら、私たちは夜を待つことにした。


****


 夕方になったら、あれだけ汗ばんでいたのが一転、ちょっとだけ夜風も吹いて涼しくなってくる。店は一旦閉められ、その中で男性陣は水路のセットをしている。

 その間、私たちは台所に立ってそうめんを茹でたり、油を温めていた。


「野平さん、それは?」

「きのこの素揚げ。出汁に漬けるのもいいけれど、塩だけで食べるとお酒が進むんですよ」

「み、せいね、んに、お酒の話は、ちょっと……」

「いえ、おいしそうだなと思います!」


 野平さんはきのこの素揚げ以外にも、かぼちゃやピーマン、なす、れんこんを薄切りにして素揚げにしていく。たしかにこれだけあったら、流しそうめんを待っている間も食いっぱぐれることがない。

 そして前にもつくっていた半熟卵の香草漬けを、今日も出していた。


「これもそうめんの出汁に入れますか?」

「そうそう。これねえ、焼酎に合うんですよ」

「ご、ごめんなさい……野平さん、放っておくとお酒の話しかしなくって」

「いえ……」


 思えば前におかず交換をしていたときも、露骨にお酒の肴を出していたから、その頃からそういう傾向があったんだなあ。


「小前田。そろそろそうめん茹で上がりそう? そろそろ水道貸して欲しいんだけど」

「あっ、水路のセット終わったの、鳴神くん」

「うん。俺、流しそうめん用の水路なんて初めて見た」

「それは私もだよー」


 素麺を茹でたら、それをどんどん水で締めて、竹ざるの上に載せていく。

 野平さんの素揚げも竹ざるの上に載せ、素麺出汁と器、半熟卵の香草漬けも持って店の中に入っていく。あと野平さんは大人用にはビールと焼酎、未成年用には麦茶を運んでいった。


「お待たせしましたー、そうめんできましたー」

「よしよし。鳴神くん、水流してくれるかい?」

「はい」


 水路に水が流れていき、流れるプールみたいになってきた。そこにそうめんを少しずつ流していく。

 もっとスピードを出しているかと思いきや、意外とそうでもなく、皆でほいほいとすくっては出汁に落とし、食べはじめた。


「いやあ……一時はどうなるかと思っていたけれど、晴れてよかったぁ……雨の中でそうめんを食べていたら、寒くてしゃあなかったしねえ」


 そう日吉さんはしみじみ言いながら、そうめんをすすりつつ、焼酎を緑茶で割って飲みはじめる。それに「全くで」と扇さんはもしゃもしゃときのこの素揚げを食べる。


「湿気が多いと、原稿が進まない。晴れてくれてよかったよかった」

「それはお疲れ様です。あっ、卵食べます? 焼酎にも合いますよ」

「ください」

「ください」


 大人たちはすっかりと飲兵衛状態だ。それに私は半笑いになりながら、まずは夏野菜をそのまんま塩でいただく。薄く揚がったかぼちゃの素揚げは、そのまんまだとパリパリ、出汁に浸すとしっとりとしておいしい。そしてそうめんを食べはじめたところで、そうめんを食べつつ、一生懸命きのこを食べている鳴神くんが寄ってきた。


「晴れてよかったか、小前田は」

「うーん……この辺りだったら、さすがに天の川は見えないね」

「……見えるようにしたほうがよかったか?」


 それに私は町内全域停電が頭をよぎり、思わずブンブンブンと首を振る。


「それでもよかったよ! 今日はいつもに比べて、星が多いし! ほら!」

「うん……よかった」


 鳴神くんがふっと笑うので、私も釣られて笑う。


「まさか鳴神くん、七夕前に出かけていって、あれだけ派手に雷を落として回るとは思ってなかったよ。大丈夫? 疲れてない?」

「全然。いつもそんなに本気を出して雷を落としたことはなかったから……まさか、誰かのためにこんなに雷を落とす日が来るなんて思ってなかったけど」

「あははは……すごいね、本当に」


 私の言葉に、少しだけ鳴神くんははにかんでいた。

 私の近くでは、もそもそとピーマンとなすの素揚げを食べながら、そうめんをすすっている更科さんがいる。


「あらあら……まあ……」


 普段は楠さんが言っているような言葉が返ってきて、私は首を捻った。

 その中、閉めていた裏口が開いた。楠さんだった。


「お祭りするって聞いていたけれど、会場はここで合ってるかしら?」

「ああ、楠さんいらっしゃい。今そうめん流してますけど、食べますか?」

「食べまーす。ああ、お酒もあるの! ビールくださいビール! これだけ暑かったら、ビール飲まないとやってられないから!」

「はいはい、どうぞどうぞ」


 日吉さんにビールを注がれ、上機嫌で水路を流れていくそうめんを食べながら、ビールをぐびぐび音を立てて飲みはじめた。

 その姿を見ていて、私はなんとなく嬉しくなってしまった。

 人間も、神様も、妖怪も、幽霊も。なんとなーく一緒にはいるけれど、常識や考え方がどことなくずれている。

 せめて七夕祭りのように、こうやって水路を囲んで流しそうめんをしているときくらいは、一緒だと嬉しい。

 私はそう思いながら、「笹ちょっと取ってきます!」とまほろば荘の外へと出て行った。

 店の中と比べれば、じんわりと汗ばむ外。その中で私は「おー……」と空を仰いだ。やっぱり外に出てみると、星が出てるのがよくわかる。さすがにこの辺りでは天の川は難しくても、充分夏の星座が見えるくらいには、星がわかる。

 私は重い笹をよろよろと運んで、ひとまず家に入れる。ひとりだとさすがに重くなったそれだけれど、斜めに持てば、まだひとりでもギリギリ運べた。

 斜めにするとき、一枚の短冊がぺしゃんと顔に当たった。


「うう……誰の願いかわからないけどごめんなさい……あれ?」


【小前田の願いが叶いますように】


 年頃にしてはずいぶんと几帳面な字で書かれた短冊に、私は思わず野平さんの店のほうを振り返った。

 ……ありがとう、鳴神くん。

 七夕祭りをしたいっていう、私の願いはあなたのおかげで叶ったよ。

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