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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘の七夕祭り

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23/30

当日雨、時々曇り

 七夕の笹も、だんだんとずっしりとした重さになってきた。


「すみません、笹に短冊かけてもいいですか?」

「はい、どうぞー」


 ご近所さんからも短冊や七夕飾りが送られてきて、私はお返しに金平糖を配る。

 それを嬉しそうにもらって帰っていくのを見送りながらも、私は空を気にした。

 今年は空梅雨だから大丈夫だろうと勝手に思っていたのに、このところ曇ったりゲリラ豪雨だったりと世話しないのだ。


「小前田、七夕の笹だけど」

「うん。いらっしゃい。かける?」

「うん」


 鳴神くんも笹に短冊をかけようとするものの、身長の届きそうな場所はご近所さん……特に小さなお子さん一家がかけてしまったから、かける場所がなかなか見つからない。

 仕方なく私は脚立を持ってきた。


「上のほうだったらまだ空いてるけど、私かけようか?」

「いや、いいよ。脚立あるから自分でかけるから。小前田は脚立を持ってて」

「うん。おっ?」


 私は空を仰いだ。

 また雨が降りはじめたのだ……今日は雨の予報すら出ていなかったのに。慌てて笹を持って、私たちはうちん家に避難する。

 外を見たら、もう窓の向こうの景色が見えないほどに降り続いている。それを見て、私は「あちゃー……」と声を上げた。


「なんかこのところ、全然雨降ってなかったのに。七月に入った途端に雨がひどいな」

「そうだよねえ……天気予報でも、七夕のときも、雨か曇りだって言われてるんだよ」

「そりゃ、七夕って陰暦で七月だから、今で言うところの八月だし」

「あれ、そうなの?」

「うん」


 そういえば、今でも八月のお盆シーズンだったら、たしかに雨もそこまで降らないんだよなあ……夕立レベルだから、夜は晴れてることが多いし。

 でも、もし雨降っちゃったら、さすがに皆で流しそうめん食べるのも厳しいかもしれない。


「そうなったら、せっかく日吉さんが流しそうめん用に水路つくってくれたのに……中止するしかないかもしれない」

「いや、別にそこまで思い詰めなくってもよくないか?」

「そうかもしんないけどさあ……」


 去年までだったら、七夕に雨が降っても「今年も織姫と彦星は会えなかったね」だけで済ませていたかもしれないけれど。

 今年は自分で企画を立てて、お祭りをしてみたいって思ってやったことなんだから、中止になってしまうのは悔しいんだと思う。私もとことん現金だ。

 私があからさまにがっかりしているのを見て、鳴神くんは「んー……」と声を上げてから、私をじっと見た。


「小前田は七夕祭りしたいの?」

「したいっていうか……うん……」


 どうしても言葉にならなかった。

 だってさ、鳴神くんがお祭りに行けたことないって聞いて、彼が行けるようになったらいいなと思って企画を立てたなんて、張本人に言っていいの? 余計なお世話だって思われない? 私が目がぐるぐると回る。

 やがて鳴神くんは「ふう……」と息を吐いた。


「やりたいんだな。わかった」

「わ、わかったって、なんかするの?」

「まほろば荘って、避雷針ある?」

「はいぃぃぃぃ……?」


 いきなり物騒なことを言い出した鳴神くんに、思わず声はひっくり返る。


「ある?」

「そりゃあるけど……でも……なにするの? 危ないことしちゃやだよ? ほら……陰陽師が来るかもしれないし……」

「陰陽師は多分来ないけど、わかった」

「んんんんん……?」


 鳴神くんは立ち上がると、スタスタと玄関に出て行った。


「本当に危ないから、今日は戸締りをしたら、外に出るなよ」

「ちょ……本当になにする気なの? 本当に危ないことしないでね。鳴神くんが危ないことして、七夕祭りに参加できないってことになったら嫌だよ?」


 鳴神くんは振り返りがてら、普段のダウナーから一転、少しだけ目を丸く見開いたものの、やがてふっと笑った。


「多分小前田が心配するようなことはなにもないから」


 そう言って、ゲリラ豪雨の外へと出て行ってしまった。

 本当に鳴神くん、なにする気なのと、私はひたすら気を揉んでいた。


****


 本当だったら冷房を付けて、窓も雨戸も閉め切って家に引きこもりたいところだけれど、夜になった途端にけたたましい雷鳴が轟くようになって、私は「ひぃー……!!」と悲鳴を上げる。

 しかも雷の音が思っている以上に近いし、近所からも雷鳴と一緒に悲鳴が聞こえる。

 近くにドンッ! と地響きと一緒に落ちたせいか、とうとうどこかの通電システムにでも落ちたのか、停電してしまった。

 幸いと言っては難だけれど、まほろば荘には落ちてないとはいえど、それも時間の問題かもしれない。

 私は涙目になりながら、災害用セットを用意し、プルプルと震えていたら。


「三葉さん三葉さん。大丈夫かい?」


 声をかけてきたのは日吉さんだった。私は災害用セットを抱きしめたまま、扉を開いた。


「怖過ぎて、寝ることもできないです……」

「そりゃなあ。うちにまほろば荘の店子皆避難してきているけれど、三葉さんも来るかい?」

「……皆さんもですか」

「特に更科さんなんかは、雷の中家に帰ってきたもんだから、ずっと泣いててなあ。三葉さんが慰めてやってくれないかい?」


 山神様である日吉さん家だったら、たしかにちょっとは安全かもしれない。

 私は災害用セットを抱えたまま、「よろしくお願いします……」と挨拶をして、恐々と二階へと登っていった。

 日吉さん家では、この雷鳴の中我関せずと原稿用紙にペンを立て続けている扇さん、ずっとしくしくと泣いている更科さんとそれを慰め続けている野平さんで、狭いながらもなかなかカオスな光景が広がっていた。


「ええっと……お邪魔します?」

「あら、いらっしゃい三葉さん。もう化粧を落としててごめんなさい」

「あ、いや。お気になさらず」


 既に化粧を落としていた野平さんはツルンとした顔で、泣いている更科さんを慰めていたようだ。

 更科さんは可哀想なほど脅えている。


「か、みなりに、驚いて、傘をちょっと手放したら……強風で傘の骨、折れちゃいまして……」

「この雷雨の中、傘が折れたら怖いですよね……びしょびしょになりますし、雷の光を間近に見えてしまいますからそりゃ怖いですよ。ご無事でよかったです」

「こ、わ、かった……」

「本当によく帰ってこられましたねえ……」


 ずっと更科さんが、いかにまほろば荘まで帰って来るまで怖かったかを必死で訴え続け、それにしきりに野平さんが相槌を打ち続けている。

 その中でも、あまりにもいつも通りな扇さんに、私は班笑いになった。私は災害用セットを抱えたまま、扇さんの傍に寄ると、扇さんは私の持っている物に目を留めた。


「さすがにここまでは、雷は落ちないと思うけど」

「わかんないじゃないですかあ……うちには落ちないかもですけど、どっかの電柱に落ちたら、そのまま停電するかもしれませんし……」

「まあ、たしかにそれはあるかもしれないねえ。それにしても、鳴神くんも無茶なことをするねえ」

「へあっ?」


 扇さんはどうも原稿をノルマまで書き終えたらしく、書いていたペンをやっと文机に置いて、日吉さんが出したらしい水出し緑茶をズズリと飲み干した。

 私は空を見上げた。


「さっきから雷ずっと鳴ってますけど……鳴神くんのせいだったんですか?」

「そりゃねえ。あれは雷神の先祖返りだし」

「なんで……こんな街を無茶苦茶に……」

「多分そこまで考えてないと思うよ、彼は。あやかしはねえ。人間と情の傾け方がちょっと違うから、それのせいで溝ができたり、逆に依存したりするんだけれど」


 扇さんの言葉の意味がわからず、私は助けを求めるようにこの部屋の主のほうに顔を向けると、日吉さんはカラカラと笑った。


「自分の傍にいて欲しいと隠したかと思いきや、人間が現世じゃないと生活できないと聞いたらすぐ手放してしまう。そんなことを繰り返していたら、そりゃ人間側からしたら身勝手に見えるし、そう言われてもしょうがないと思うけど。ただ人間側からしてみれば訳がわからなくっても、あやかし側からはきちんと筋が通っているんだよ」

「……意味がちょっとわかりませんけど」

「要は優しくされたから、それを返そうと奮闘してみれば、人間からは『どうしてそうなった』とか『そこまでやれとは言っていない』みたいな仰々しいことになってしまうってことさ。情の傾け方が、人間側からしてみれば訳がわからないっていうのは、そういうことだね」

「あれ? つまりは、鳴神くんが今無茶苦茶雷を落としまくっているのって」

「雷は、雨が激しく降り続けたら鳴るんだよ。雷を落とそうとすればするほど、雨が強くなるのはそういうことだね……彼、七夕までに雲を消そうとしているんだよ」

「あ…………」


 私に何度も念押しのように「七夕祭りしたいの?」と鳴神くんが聞いてたのって、つまりは「七夕までに雲を消せばいいの?」って聞いてたのと同じだったんだ……。

 最近すっかり慣れちゃったからって、鳴神くんが極端から極端に走る性格だっていうこと、もうちょっと考えればよかった。

 私は頭を抱えたものの、野平さんはのんびりと「そこまで三葉さんが思い詰めることでもないと思いますよ」と言う。


「で、ですけど……私のせいでご近所迷惑に……」

「さすがに夜な夜なあやかし狩りをされたら、私たちだって怖いですし、最悪陰陽師が襲ってきたら嫌だなあと脅えますけど。今回はそうじゃありませんから。このひと月ずっと空梅雨でしたから、ちょうどよかったですし」

「そ、そんな簡単でいいんですかね?」

「あやかしって、一度優しくされたら、その相手に尽くそうとしちゃいますから。情が返ってくる返ってこないは関係ないですし、間違ってる間違ってないも問題じゃないんです。そういうもんですから」


 それにはもう、私はなんの反論もできなかった。ただ。


「……鳴神くん、雨の中でずっと雷落とし続けて……風邪ひかないといいんですけど」


 私がポツンと言うと、周りは大きく頷いた。

 ようやく泣き止んだ更科さんは言う。


「たしか……に……妖怪とか神様のあれこれって……慣れないと、怖……いですけど……本当に怖がらせる気、ないですから……」


 幽霊として、妖怪や神様と付き合っている彼女の言葉が、一番胸に響いた。

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