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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
まほろば荘の七夕祭り

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22/30

七夕の準備中

 朝の掃除中、犬の散歩中の田辺さんに出会った。


「あら、七夕をするの?」

「はい。そうなんですよ。もしよろしかったら、田辺さんも短冊に願い書いたり、七夕飾りつくりませんか?」


 私が誘うと、田辺さんはコロコロと笑った。


「七夕なんて、子供のすることかと思っていたけれど。なんだか懐かしいわね。いいわよ。書きましょう」


 そう言って、私の用意した短冊と折り紙を受け取ってくれた。そして「何組かくれる? ご近所さんにも言うから」と言ってくれた。


「やった。ありがとうございます!」

「ちょっと前はねえ。子供会とかが積極的に七夕会をやっていたんだけど、今ってなかなかないから。町内会でもそうね。老人会に至っては、旅行とかには積極的なんだけれど、お祭りってなったらやるのが億劫だからって、そういう企画は滅多にないの」

「あれ、そうだったんですか?」


 学校で普通に季節の行事に触れていたから、その手の話は今初めて聞いた。それに田辺さんは大きく頷く。


「七夕イコール子供の遊びっていうのが、よくも悪くも浸透しちゃったんでしょうね。だから、こういうのに声をかけてくれて本当に嬉しいのよ。ありがとう。そういえば花子さんのリハビリは順調?」

「はい、順調ですよ。最近は歩けるようになりましたし。今月中には退院できるかもしれません」

「それはよかった。三葉さんも頑張ってね」

「はあい」


 田辺さんが持って帰ってくれたのにほっとして、見送った。

 そっか、よくよく考えたら、今って共働きが普通だから、町内会に人が集まらない以上、そういう行事も減ってしまったのかも。そう考えたら、たまにうちみたいなところが声をかけないと、お祭りみたいなことってできないのかもしれないなあ。

 私はまほろば荘の人たちにも短冊と折り紙のセットを配ってから、朝ご飯を食べることにした。学校もそろそろ夏休みだし、もうちょっとしたら七夕の準備ももっと進められるようになるなあ。そう思いながら。


****


 学校が終わってから、早速七夕飾りや願いの書かれた短冊が届いたので、私はそれを笹に飾っていた。

 折り紙の輪っか飾りに、きちんと折られたイカ。星。中にはクシャクシャながらも鶴を折ってくれた人もいるので、それをどうにか飾れないかとあくせくする。

 作業台は野平さんが店のカウンターを貸してくれた。

 ついでに野平さんの店のお客さんにも宣伝してくれているおかげで、笹の七夕飾りや短冊は、順調に集まりそうな予感だ。


「願い事書くのって、本当に久し振りですから。いざ書くぞってなったら、なかなか出てきませんよね」


 野平さんの店でも、ちょうど七夕っぽいものが売れているらしく、竜胆を束ねたブーケをつくりながら、私の渡した短冊を見て笑っていた。


「そういうのって、なんでもいいんじゃないですか? それこそ神頼みで『一攫千金』みたいなアバウトなものでも」

「そうですねえ……うちには日吉さんがいますから、アバウト過ぎるものだったら、変な叶え方しないかなと思って、迷っています」

「あ……そういえば」


 日吉さんは相変わらず動画撮影のために、朝から「ちょっとDIYでうるさいかもしれない」と近所を回ってから、部屋でなにやらのこぎりで作業をしているから忘れがちだけれど、このひと分霊とはいえど神様だしなあ。

 私は自分の書いたものを眺める。


「だとしたら、私もちょっと書き直したほうがいいですかねえ」

「あらあら、別に大丈夫と思うけど。日吉さんも具体的過ぎる願い事も、アバウト過ぎる願い事も叶えないみたいだし」


 そう言いながら入ってきたのは、楠さんだった。ウォータープルーフの化粧品を使っているらしく、日中のセールスでも化粧が落ちてないみたいだけれど、暑そうに扇で仰いでいる。


「こんにちはー」


 そう言いながら野平さんはブーケを花瓶に差してから、冷たい麦茶を汲んで楠さんに差し出す。それを「ありがとう」と言いながら、彼女はグビグビと飲み干した。


「楠さんもよかったら短冊どうですかー?」

「あら、私もいいの?」

「楠さん、よくうちにいらっしゃってますし」

「そうねえ……」


 そう言うと、彼女はさらさらと書いて、「これ吊してくれる?」と差し出してきた。

【商売繁盛】。セールスレディとしては妥当だなあと思いながら、私も吊した。


「そういえば、七夕の七夕飾りとは別に、なんかもうひとつくらい、まほろば荘限定でなんかできないかなと思っていたんですけど、なにかアイディアありませんか?」

「そうですねえ……」


 野平さんは首を捻る。楠さんはのんびりと「バザーとか?」と口を挟んできた。


「お金のやり取りが嫌なんだったら、もう皆でいらないもの持ってきて物々交換でもいいけど」

「ああ、なるほど。そういうのもありなんですね。考えておきます」


 私はそれをメモしておく。よくよく考えると大がかりなことじゃなくって、自分の家のいらないものでも、人が欲しいものってあるもんなあ。お金のやり取りになったらたしかに困るから、物々交換くらいで留めておけば、そこまでトラブルにもならないかも。

 野平さんはまだ「そうですねえ……」と考えて首を捻っていたものの、やがてポンと手を打った。


「皆でご飯を食べられたらいいですね。もしよかったら皆をうちで集めればいい訳ですし」

「あれ、場所提供はそりゃありがたいですけど。でもお店大丈夫ですか?」

「どうせ七夕祭りなんて、夜じゃないですか。さすがに夜に花屋に来るお客さんは少人数ですから、大丈夫ですよ」

「まあたしかに」


 それもメモっておいた。あとで他のひとにも聞いてから、実行できるか検討してみよう。

 そう思っていたら、ふらふらした足取りで更科さんが帰ってきた。


「た、だいま帰りましたぁ-」

「ああ、お帰りなさい。お疲れ様です」


 慌てて更科さんを座らせたら、野平さんは彼女にも麦茶を持ってきて置いてくれる。


「幽霊が熱中症とか洒落になりませんよ。麦茶飲んでくださいね」

「あ、りがと、うございます……」


 更科さんも喉の音を立ててグビグビと麦茶を飲み、あっという間に空になった。私は更科さんにも尋ねてみた。


「今、皆で七夕の話をしてたんですけど、更科さんは七夕ってどう思いますか?」

「なんか、順調に決まって、いきますね……」

「ああ、もし疲れてるんでしたら、私が短冊書きますよ?」

「だ、いじょぶ、です……」


 更科さんはふらふらしながらも、癖の強い丸字で短冊を書いてくれた。

【健康第一】……一番不健康なひとが書くと、妙な説得力があるなと、思わず唾を飲み込んでから、それを受け取った。ちゃんと吊させていただきます。

 それから少し落ち着いた更科さんは、嬉しそうに微笑んだ。


「正直、七夕に皆でなにかできたら、それで、充分嬉しいんですよ」

「それ前にも他から聞きましたけど」

「人間とも、妖怪とも、神様とも……それぞれが空を眺めて、願い事をするって、それって、素敵なことじゃないですか……? 私は、幽霊……ですけども」


 そう言って彼女が笑う。

 思えば。元々が鳴神くんがお祭りに行けるようになったらいいな、くらいだったし。それより前は、おばあちゃんがやってたらしい、皆でなにかできたら嬉しいなだったけれど。

 話を聞けば聞くほど、一カ所に集まってなんかするっていうのが難しいから、誰かが声をあげてなんかしてみようって言わないと、なかなか集まれないんだなあと思い至った。

 学校に行ったら、誰かがなにかしようと言うから、それに乗っかればもう、お祭りに参加できるようなもんだけれど。学校の外に出てみたら、集まるだけでもなかなか難しいんだなあと思い至った。

 そう考えると、今回の主催の私の責任も重大だ。


「よし、頑張るぞっと」


 私が声を上げた途端、女性陣は皆急に息を噴き出したと思ったら、笑いはじめてしまった。……私、なんか変なこと言った?


「三葉さんは、もう本当に充分に、頑張ってますからぁ……!」


 笑いながら、そう野平さんに言われたけれど、私やっぱりとんちんかんなこと言ったかしらと、ただ首を捻るしかできなかった。


****


 私は家に帰ってから、まほろば荘用の七夕イベントについて、ノートを広げて考えていた。

 バザー……っぽいもの。正直ここに住んでいるあやかし一同は皆働いているけれど、私と鳴神くんは高校生だから、あんまり高過ぎるものだと厳し過ぎる。ひとつの商品の値段は千円くらいで、気に入ったものを物々交換という形で一旦落ち着いた。

 本当だったらコイン的なもので売買って方法も考えたけれど、売るばかりで全然買わないっていうのもありそうだから、それは除外してみた。

 あとは食事会だけれど。全員が普通に食べられるものってなんだろう。


「夏場は傷みやすいよねえ……」


 皆で好き勝手ご飯を持ち寄るっていうのも考えたけれど、飲み会になっちゃったら、私たち未成年食べるものなくなる。私が「うーん」と唸り声を上げていたら、チャイムがブーッと鳴った。


「はい」

「三葉さんいるかい? ちょっと完成品を見せたいんだけど」


 日吉さんだった。そういえば、もうのこぎりの音も、金槌の音も聞こえない。終わったんだ。


「あれ? なんかつくってた奴ですか?」

「そうそう。ちょっと分解して運んできた」

「……分解して大丈夫なやつですかね。開けますね」


 私は開けて、日吉さんを招き入れようとして、廊下に並んでいるものに「ああ!」と声を上げた。

 竹を切って繋いで、ひとつの水路が出来上がっている。


「流しそうめんのレール!」

「そうそう。三葉さん、ご近所さんとの交流以外で、まほろば荘でもなにかやりたがっていたからなあ。そうめんだったら、皆で食べれるかと思って」

「すごい! 流しそうめんって、見たことはあってもやったことありませんでした!」

「これなら、皆喜んでくれるかな?」

「ばっちりですよ!」


 これだったら、いっぱいそうめんを茹でて、皆に出汁なりそうめんの具なりを持ってきてもらったら、皆でいっぱい食べられる!

 私は手で丸サインをつくった。

 まほろば荘の一階に設置した笹が、七夕飾りと短冊を飾って揺れている。

 七夕本番が楽しみだなと、そう思った。

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