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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
同級生の秘密
16/30

幽霊とブラック企業

 鳴神くんが引っ越してきてからというもの、特になにかが変わったことはない。強いて言うならば、鳴神くんはしきりに私の近くに来るようになったくらいである。

 朝に掃除や電球の点検を行っていたら、率先して手伝ってくるようになったし、それはご近所の田辺さんにも見つかってしまった。


「あらまあ、三葉ちゃんもお年頃ねえ……」

「えっ、違います違います。鳴神くんはうちの新しい店子ですからっ」


 鳴神くんはというと、前に怒りながらまほろば荘に襲いかかってきたのが嘘のように、普段のローテーションに戻ってしまい、「どうも」と言いながら掃除をしている。

 田辺さんは「最近は怪奇音も消えたのよ」と教えてくれ、犬と一緒に帰って行った。田辺さんが帰って行ったのを眺めつつ、鳴神くんはボソボソと言う。


「人間も結構まほろば荘に来るんだな」

「そりゃそうだよ。おばあちゃん、人望あるし」

「そうか……」


 なんだかまた自虐的になりそうだな。なんとも言えない顔になってしまった鳴神くんに、私は声をかける。


「おばあちゃんが特別心広いから、おばあちゃんを基準に考えなくっても大丈夫だよ。私も慣れたからこんなもんだって思うようになっただけで、鳴神くんにもそうなれって言ってる訳じゃないし」

「でも……」

「そりゃ妖怪退治して、他の妖怪さんに嫌われたのは仕方ないかもしれないし、私も庇い立てできないけどさあ……もしかしたら野平さんみたいに『こんなもん』と思っているのかもしれないよ? でもそれって自己申告で、こちらで決められることでもないじゃない。向こうが怒って抗議してきたら、そのときに考えよう。ねっ」

「……うん、ありがとう」


 鳴神くんはようやく落ち着いてくれたことにほっとし、登校時間までに家事を終えないとなあと思いながら家に帰ろうとしたら。

 階段を降りる音が響いた。更科さんだ。


「おはようございます。最近また出社時間が早くなりましたね?」

「お、はようございますっ」


 更科さんは深々と挨拶した。


「さい、きん。働き方改革? のせいで残業できませんので、早めの出社です」

「さすがに早過ぎじゃないっすか……?」


 鳴神くんの指摘ももっともだ。家事や着替えもあるから、私たちの掃除時間は新聞配達が済んだ直後くらいなんだ。今の時間だと始発が出てるか出てないかくらいに出社は、会社もブラックが過ぎないかな。

 それに更科さんは困ったように、肩を竦めた。


「ここ、辞めたら困りますんで……行ってきますね」

「あ、はい。行ってらっしゃいませ」


 私たちはふらふらしている更科さんを見送ってから、顔を見合わせた。


「あのひと、あやかしとは思うけど妖怪じゃないし……なに?」

「ああ、鳴神くんは人間かそれ以外かの違いはわかるんだねえ。更科さんは、幽霊なんだって。番町皿屋敷のお菊なんだってさ」

「なるほど……だからあれだけビクビクしてんのか……」


 鳴神くんは納得したような顔をした。私は首を捻る。


「私、お菊さんの話って、お皿を割りまくって成仏できなくなった~くらいまでしか知らないけど、もっとなにかあったの?」

「……元々皿屋敷の話っていうのは、日本には点在してるけど。一番有名な番長皿屋敷によると、ある屋敷で働いていた下女が、十枚ある家宝の皿の内の一枚を割った。そのことでこっぴどく奥方に責められたが、それだけじゃ甘いと言った主人により、中指を一本切り落としたあと、監禁した」

「ひぃ……」


 思っていたよりもひどい。そしてこれって、現代で言うところのパワハラだしモラハラじゃないか。鳴神くんは、ぼそぼそと続きを話す。


「当然下女はそれを嫌がって、縛られたまま監禁先から逃げ出した。そしてそのときに井戸から飛び降りたあと、奥方に子が生まれたが、子には下女と同じく中指がなかった。その上下女が落ちた井戸からは、下女の声で、何度も何度も皿の数を数える声が響くようになった。このことは公儀に知られ、屋敷の主は土地を没収されたと、そういう話になってるんだ」

「そうだったんだ……なら更科さんも、そのパワハラやモラハラが苦痛だったから、未だに成仏できてない感じなのかな」

「……どうだろうな。番町皿屋敷の件は続きがある」

「あれ、そうなの?」


 井戸から聞こえる数える声くらいまでしか、お菊さんの話は知らなかった。鳴神くんは私の問いに頷いた。


「所領を没収したあとも、井戸からの数える声で、公儀には苦情が殺到した。見かねて坊主になんとかしてくれと頼んだところ、その下女の幽霊と話をし、数えるたびに、一枚皿の数を足したんだと。それで喜んだ下女は、めでたく成仏したと……多分だけれど」

「うん」

「皿屋敷っていう、皿を割ったせいで成仏できなくなった幽霊の話は、日本でも各地に点在している。更科さんはお菊さん以外の話も混ざってしまってるんじゃないか?」

「そう……なのかな」

「そもそもパワハラされて自殺した幽霊が、成仏できないからってわざわざパワハラされる職場で働かないと思う」

「たしかにそうだよね……それが原因で成仏できなくなっちゃったのに」


 高校生がなにかできるって話でもないけれど。更科さんが毎日毎日ふらふらになって帰ってきているのを遠巻きに眺めているだけってのもなあ。

 なにかできないのかなと、そのときから考えるようになった。


****


『パソコンー、つくってみたー』


 日吉さんの動画は、いったいどういう層に受けているのかはわからないけれど、脈絡のない動画が毎日上がっているせいか、そこそこの人が見に来ているようだった。

 ただ、動画内容はこちらから見ても脈絡がなさ過ぎて、反応に困ってしまう。

 いきなりソロキャンに出かけて、火熾しからはじめる動画があったかと思いきや、クソゲーと評判の高いゲームの実況をし出す。かと思いきや、神社のお参り講座をする。しかし『信心があったらなんでもいいよ』というひと言だけで終わり、残りは大きな神社の鯉に餌をやったり、神社で売っている飲み物や食べ物を紹介したりというもので、やはり動画のタイトルと趣旨が食い違っている。というか、山神様が神社できゃっきゃしている動画を撮っていいのか。山神様だからなんでもありなのか。

 しかし全体を通して変に緩くてまったりしているせいか、『実家のような安心感』『インターネットに浸かっているとは思えないほどギスギスしていない動画』と、コア層に受けて登録数を増やしている。

 私と鳴神くんが呆気に取られて動画を眺めている中、日吉さんが「もらいもんだが、どうぞ」とお茶を出してくれた。どうもファンの人が通販サイト越しに送ってくれたものらしい。現在の便利な機能ってすごいなと、私たちは「ありがとうございます」とお茶をいただいた。


「しかし珍しいな、ふたり揃って相談だなんて。しかも更科さんのこととはなあ」

「はい……そもそも楠さんみたいに、あやかし専門に商売している会社もある訳ですから、あそこで働くのじゃ駄目なのかなあと……」

「んー……それは、鳴神くんが学校に通っているのとおんなじ理由だと思うぞ?」

「へっ?」


 私は思わず振り返ると、鳴神くんはぶすくれた顔でお茶をすすっていた。


「……俺は人間の生まれっす」

「まあ、そういうことだな」

「……話が見えないんですけど」

「だから、更科さんも今は幽霊だが、人間としての自我が強過ぎるんだよ。基本的に楠さんが商売している相手はあやかしだ。人間はごく稀にしかいない。たとえばだが、三葉さんは自分以外が全員あやかしの学校に通えるかい? 家族に会えない、花子さんに頼れないって考えて」

「ええっと……」


 私もまほろば荘では、自分以外は全員あやかしという状態で過ごしているけれど。でもご近所には田辺さんとかがいるし、学校にいる子たちは皆人間だ。もしそういうのを抜きにして、全員人間じゃないとすると……。

 百鬼夜行のことを思い返す。人間が見るんじゃないと言われているあれ。現世と幽世の境が曖昧になっている場所にずっと放り出されるのは……怖いよりも先に、寂しくって不安になるかもしれない。


「……無理、ですね」

「だろうなあ。そりゃいつの時代も旅が好きで一期一会が好きなひとなんていくらでもいる。そういうひとだったらいざ知らず、自分以外馴染みのないひとしかいないって状態に、長時間は耐え切れんだろうなあ……それは幽霊になっても、更科さんがずっと抱えているものだよ」

「ブラック企業に勤めていても……ですか?」

「そうだなあ」


 一旦日吉さんはお茶をすするので、私もそれに倣ってお茶をすする。もらい物のお茶はかなり甘く、お茶っ葉の味がしっかりしているような気がする。その上、鼻の奥がすっとする。

 かなりおいしいお茶をいただいていたら、日吉さんは続ける。


「今はとにかくあやかしは生きづらい世でなあ。履歴書通りかを確認する企業があとを経たない。ただでさえあやかしはそのまんまの履歴書を書ける訳がないんだから、適当に誤魔化すしかないが、そうは問屋は卸さないとなったら、調べられてさらされてしまう……まさか江戸時代の番長皿屋敷の幽霊が、今も生きているなんて、どうして言える?」

「嘘をついても駄目……本当のことを言っても信用されないとなったら……嘘の履歴書を使える企業でしか働けない……?」

「そういうことになるなあ。そうなったらどうしても訳ありの会社ばかりになってしまう。更科さんのブラック企業務めもそれが原因なんだよ」


 それに私は息を吐き出してしまった。

 思っている以上に、問題が根深くって、どこから手を付ければいいのかがわからない。


「でもブラック企業にずっと務めていても、どのみちいつかは辞めるじゃないっすか。幽霊が年取る訳あるまいし」

「あ……」

「履歴書が必要ない仕事っていうのは、基本的に自営業になるが。更科さんはそもそも人と関わりたいんだから、人と関われる自営業もなかなか茨の道だしなあ。それこそ野平さんみたいに店でも持たないと。でも更科さんは、人間の頃から奉公に出ている身だから、それもなかなか難しいと思うぞ」


 日吉さんにそう締めくくられてしまい、私たちは顔を見合わせてしまった。

 ただブラック企業を辞めればいいって問題でもないんだから、本当に問題が根深い。

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