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まほろば荘の大家さん  作者: 石田空
同級生の秘密
14/30

一旦の停止と謝罪

 私は野平さんの背中の火傷をどうにか氷嚢をタオルでくるんで冷やしていたら、「あらあら、まあまあ」という声を上げながら寄って来る足音に気付いた。

 振り返ると、すっかりと煤けてしまった野平さんの店内を見渡している楠さんと、あわあわして腰が引けてしまっている更科さんだった。


「久しぶりねえ、あれだけ大暴れする子は」

「わっわっ……扇、さん、大丈夫でしょうか……」

「ん-、もう山神の日吉さんが来たから、大丈夫じゃないかしら?」


 野平さんだけでなく、楠さんも慣れっこのようだった。更科さんはひたすらビクビクオドオドしながら、雷と風が吹き荒れている現状を眺めていたものの、楠さんはさっさと鞄からなにやら取り出した。


「はい、大家さん。妖怪用の塗り薬。これ塗っておけば、三日くらいで火傷は消えるから」

「ありがとうございます……あのう。こういうのって」

「十年単位で起こることだからねえ、あんまり気にしなくっても」

「十年単位って……それ全然気にしなくていいことではないんじゃ」


 思わず抗議したものの、楠さんはケラケラ笑いながら、塗り薬のケースの蓋を開けた。中身はハンドクリームやにきび用の薬と見た目はあんまり変わらない。妖怪用の薬っていうのもあるんだなあと思っている間に、更科さんが「わ、たしが塗りますか?」と尋ねてきた。

 これ人間が触って大丈夫かわからなかったので、更科さんに「よろしくお願いします」と言ったら、彼女はおろおろした様子のまんま、せっせと野平さんの背中に塗りたくってきた。

 楠さんはあっけらかんと、先程の続きを言う。


「大昔……それこそ江戸時代くらいまでだったら、夜は人間も家から出ないのが基本だったから、その間はあやかしも好きに行動できていたのよ。でも明治に入ってからは、電球や外灯が普及したから、夜も人間が街に跋扈するようになってしまった……縄張り争いが発生しても、しょうがないからねえ」

「それ、仕方がないんですか……?」


 さっきの野平さんみたいなことを、楠さんまで言うので、私は思わず声を上げてしまうけれど、それには楠さんではなく更科さんが口を出してきた。


「に、んげんだって、家の中に、虫が入ってきたら殺すでしょう? 害虫か益虫かそれ以外か……区別しないじゃない、ですか……わからないから襲うっていうのは……あると、思いますんで……」

「……ごめんなさい」


 私は思わず謝ってしまった。

 薬を塗られている野平さんも、塗っている更科さんも、その様子を眺めている楠さんもキョトンとした顔でこちらに視線を向けてきた。

 私はかまわず続ける。


「鳴神くん……私のせいで、まほろば荘に襲撃をかけてきたんで……責任、取らなきゃ……」

「あらあら、まあまあ」


 意外なことに、三人が三人とも、口元を手で押さえて、特に責め立てることもしない。それどころか、何故か微笑ましいものでも見るかのように、笑顔になってくる。

 って、どうして。


「あ、あのう……?」

「今行ったら、危ないと思うから、行かないと方がいいと思うけれど、もうちょっとしたらあちらも頭が冷えて話を聞いてくれると思いますよ」


 火傷しているはずの野平さんは、にこやかにそう言う。似たようなことは、日吉さんも言っていたとは思うけど。


「あのう……私、人間であの子の同級生というだけで、なんにもないですけど……」

「先祖返りは体質のせいで、現世で生活するのに苦労するひとが多いからねえ。ほとんどは幽世に篭もってしまうか、世捨て人になってしまうかのどれかだけど。現世でわざわざ人間と関わりたいって、ましてや人間を助けたいってなったら、理由はほとんどひとつしかないから」

「はあ…………?」


 楠さんにまでそんなこと言われて、私は思わず声を上げる。

 日頃からおどおどしている更科さんまで、大きく頷くリアクションをしてくる。


「が、頑張って、くださ……!」

「いや、とりあえず話はしてきますけど……」


 私は訳がわからないと思いながらも、正面のほうを見た。

 あれだけ激しかった風と雷が、治まってきた。今だったら行けるかもしれない。

 私は「ちょっと話をしてきます!」と告げてから、急いで鳴神くんや日吉さんたちのところに走っていった。


****


 既に日は落ち、外灯がついている頃合いのはずだけれど。

 まほろば荘の正面の道の外灯はいつまで経ってもつく気配がない。でも不思議なことに、真っ暗でなんにも見えないって夜にはならなかった。この辺り一帯を包んでいる霧が発光しているのだ。

 たびたび日吉さんが言っていた、現世と幽世が曖昧になっているっていうのは、こういうことを言うのかもしれない。

 朝にならなかったら、この辺りに住んでいる人以外は、この光景を音として聞くことはできても、見ることも感じることもできない……。

 私が走っていった先では、既に風も雷も止んでいた。鳴神くんと扇さんのやり合いの間に入った日吉さんが、ふたりの得物をどちらも受け止めていたのだ。

 すごい……これが山神様の力なのかな。


「はい、その辺で。扇さん、さすがに先祖返りとはいえ、子に対してむきになり過ぎだ」

「はあ……日吉さんは子供に対して甘いとはいえど、うちゃ怪我人だって出てるんだよ?」


 扇さんは呆れ返った顔をして肩を竦めているものの、錫杖を取り返そうとしないところからして、既に戦う気はないようだ。

 一方、鳴神くんはというと、木刀を奪い返そうと、ギリギリと足を突っ張って腕を振り回しているけれど、日吉さんはどういう力を入れているのか、ちっとも木刀がすっぽ抜ける気配がない。


「あ……んたは……どうして……ここに妖怪を平気で住まわせているんだ!? だって、あんたは神のはずで、そいつらは妖怪だろう!?」


 そう抗議の声を上げて鳴神くんは木刀を奪い返そうとしているけれど、日吉さんは受け止めている木刀を離してはくれない。

 ただのんびりとした笑みを浮かべているままだ。

 ……日吉さんがいなかったら、鳴神くんと扇さんがもっとエキサイトして、この辺り一帯もっとボロボロになっていたのかと思うと、ぞっとする。

 それに日吉さんは「ははは」と笑う。


「それは誤解だ。元々はここに俺の社があったが、手違いでなくなってしまったから、この辺りの幽世と現世の境が曖昧になってしまった。幽世に長いこといられなかった妖怪たちが住処を求めて出てきてしまってもしょうがないだろう?」


 日吉さんの言葉に、納得いかないような顔で睨みつけてkるう鳴神くん。私は「あのう……」と鳴神くんに声をかけた。

 途端に鳴神くんは「あ……」と声を上げて、気まずそうな顔をする。


「あのさ、鳴神くん。ここ、元々私のおばあちゃんのアパートなんだよ? おばあちゃんちょっと入院しているから、私がしばらく大家代行しているけれど」


 それに鳴神くんは驚いたように目を見開く。


「……小前田、なんにもひどいことされてないのか?」

「されてないよ? 私に危ないからって、百鬼夜行の時間帯になったら外に出ないほうがいいよって止められるし、へっぽこな大家代行でも、店子さんたちは皆よくしてくれてる。住んでいる人たちが人間じゃないからって、悪いことされてないよ。平気」

「……そっか。なら、よかった……」


 鳴神くんが心底ほっとした顔をすると、こちらのほうが気まずい思いがするけれど、でも言わないと。

 私は肩くらいまで足を広げて、口を大きく開く。


「いい話にまとめないで」

「……小前田?」

「野平さん、あなたの思い込みのせいで火傷しちゃったんだよ? 鳴神くんが大変な思いをしたっていうのは、皆が教えてくれたから想像はできるけど、それとこれは別でしょう? あなたの思い込みのせいでやっつけられちゃった妖怪がいること、忘れないで」


 それに鳴神くんはギュッと唇を噛んだあと、アスファルトに視線を落とした。


「ごめん……」

「私に謝られても困るよ。私も大家代行として行ってあげるし、なんなら手伝ってあげるから、一緒に野平さんへの謝罪と掃除に行こう。ねっ?」

「……小前田、お前、本当に妖怪に洗脳とかされてないんだな?」

「されてないよ。というより、ここの店子さんのひとり、山神様だよ? しかもこの辺りが訳わかんなくなっているのを心配してここに残ってくれてるような神様だよ? 悪いことしないよ。というかね」


 私はもう一歩鳴神くんに寄った。

 こちらを優しい顔で見守っている日吉さんと、呆れた顔で眺めている扇さんはさておいて、鳴神くんは私の視線に少しだけ仰け反った。


「大家代行とか店子とかはさておいて、一緒に住んでいるひとが困ってたりしてて声をかけて、なにが駄目なの?」

「……わかったよ。謝ればいいんだろ」


 ようやく根負けしたように、鳴神くんは私に引きずられる形で、野平さんの店に向かった。

 薬を塗ったあと、服を着替えていたらしい野平さんは、楠さんに化粧してもらったのか、既に顔のパーツが新しく出来上がっていた。

 鳴神くんが来たせいか、更科さんはぴゃっと楠さんの後ろに隠れてしまった。


「……この店の店長はいるか?」

「はあい」


 火傷したはずの野平さんは、気丈な様子でさっさと名乗りを上げた。

 私はもっとなにか失礼なことを言い出すんじゃないかとハラハラしていたものの、すぐに鳴神くんは頭を下げた。


「……店を荒らして、すみませんでした」


 そうきっぱりと謝罪をしたあと、片付けの段取りを野平さんに尋ねる。


「野平さん、花ですけど……」

「外に出ていた分は既に駄目ね。可哀想だけれど全部処分します。冷蔵庫に入っている分は問題ないから、あとは掃除だけしましょう」

「あっ、掃除するの待って」


 楠さんに制止をかけられる。私たちが訝しがっていたら、楠さんは写真を撮りはじめた。


「あのう……?」

「妖怪保険ねえ。野平さんは加入しているから。妖怪が難癖つけられて、外から攻撃されて商売あがったりっていう話、珍しくもなんともないから」


 なるほど……前にも陰陽師に攻撃されたとかって話、言っていたし。セールスレディでなんでも売っていると思っていた楠さんだけれど、まさか妖怪用の保険まで売っているとは知らなかった。

 鳴神くんは心底気まずそうにしていたものの、楠さんも野平さんも気にしてない様子だった。


「よくある話だから、気にしないでくださいね」


 ……最初はこれを聞いて、被害者になり過ぎて諦めてしまったのかと思っていたけど。単純に長く生きているあやかしにとって、生きていく上で起こりうるトラブルのひとつになっているようだった。

 鳴神くんはいろいろ考えた末に爆発しちゃったけれど、あやかしはそれ以上にいろいろ苦労しているから、それに対応する生き方に変化している。

 変に噛み合っちゃったんだなあと、ただ脱力した。

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