殿下、かっこよかったです
シンが放った光の砲弾は、固有魔法ではない。
魔力を持って生まれた子どもが最初に習うような、シンプルな初級魔法だ。
それこそ、メルティにだって使える。
だがその練度は、他の追随を許さないレベルだった。
大男が吹き飛び、一撃で気絶する威力なのだから。
「めるてぃ、だいじょうぶか?」
シンの声で我に帰る。
彼は埃でも払うように両手をはたいて、涼しい顔をしている。
「シン様……。お強いのですね」
「あたりまえだろう。おれをだれだと思っている」
そういえば、シンクリッドは学問も魔法も武術も超優秀の、完璧超人なのだったか。
特に魔力の質と量は最高峰で、それは今の身体になっても変わらない。
考えてみれば、メルティが心配する必要はなかった。
だけれど……。
思わず膝をついて、シンを抱き寄せた。
「……おい」
腕の中で、シンが不満そうに言う。
だが抵抗はせず、されるがままだ。
ぎゅーっと力を込めて、小さな身体を包み込む。
「怖かったです」
「そうか」
「怖くて、動けませんでした」
「ふん。あんな男に、くっするひつようはない」
シンが腕を伸ばして、背中……までは届かなかったのか、肩の辺りをぽんぽんと優しく叩いた。
「めるてぃ。おれがいるかぎり、全てのきょうふはきゆうだと笑いとばそう」
シンが子どもになってしまったから守らないといけないなんて、とんだ思い違いだった。
「こわがるなとは言わない。ただし、こわかったら……かならず、おれをたよれ。おれは王になり、民すべてをまもる男だぞ。こんやくしゃ一人、たやすくまもってみせよう」
姿形が変わっても、彼は頼れる婚約者のままだった。
「でんか……」
腕の力を抜いて、少し離れてシンの顔を見る。
相変わらず可愛い。そして、カッコいい。
彼は余裕のある笑みで、手を差し出した。
「わかったか?」
「はいっ」
メルティは指先で涙を拭うと、その手を取った。
「ところで……」
シンが周囲に目を走らせて、眉を顰めた。
「はやいとこ、立ちさったほうがよさそうだな」
言われて、メルティも顔を上げる。
周囲の人たちは倒れた大男とシンを交互に見て、目を丸くしていた。
「なんだあの子……」
「すごいな、一撃だったぞ」
「街中で暴力沙汰なんて……」
彼らはギリギリ聞こえるような声量で、口々に言っている。
その裏の感情は、好意的なものではなさそうだった。
「見ていただけで助けようとしなかったのに……」
「よけいなことするな」
思わず立ち上がって抗議しようとしたところ、シンに止められた。
腕を強く引かれたので、バランスを崩しそうになる。
「にげるぞ」
「えっ、でもあの男性を放置したままでは……待ってください。三日は目覚めないお薬をお出しします」
「こわいな……」
さっきまで恐怖がどうとか言っていたシンが、青ざめて怯えたように見てくる。そんな、適切な処置をしようとしているだけなのに。
「ふようだ。……りっくがきた」
そう言って、シンが視線をメルティの背後に向ける。
釣られて振り向くと、そこにはシンクリッドの専属騎士、ガーターリック・バーンがいた。
「リック様!」
「メルティさん、遅れてごめんね。お弟子くんも。あとは任せて」
リックは爽やかなな笑みを浮かべて、メルティの頬に手を伸ばした。
指先で髪を撫で、メルティの耳にかける。
「え、あの」
突然の行動に困惑する。
「なにをしている」
シンが軽くジャンプして、その手をパチンと叩いた。
着地して、シンを睨み付ける。
「くくく……いや、ちょっとゴミが付いていただけだよ」
「ふん、そうか」
シンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「めるてぃ、あとはまかせて、いくぞ」
リックがいれば不足はあるまい。
酔っ払いの悪漢では、相手にすらならないだろう。
「はい! あ、リック様。あとはよろしくお願いします!」
ペコリとリックに頭を下げて、先を歩くシンを追う。
ちょっとした騒ぎはあったけど、幸いにして誰かに被害があるわけではない。リックが場を収めてくれるだろう。
「シン様」
自然と手を繋ぎながら、隣り合って歩く。
「なんだ」
「カッコよかったです」
「……あたりまえだ」
「可愛くてさらにカッコいいなんて……最強では?」
「かわいくない」
そっぽを向くシンは、やはり可愛かった。
一章完結です!二章からはストーリーが動き始めるので、よろしくお願いします!