手を繋ぎましょう
人をかき分けて、服屋に向かう。
最初はシンが前を歩いていたが、そもそも目的地を知らないのでメルティが前になった。
「シン様、こっちですよ」
「……なぜめるてぃは、そんなになれているんだ」
「ふふふ。この辺はお店がたくさんあるので、お薬の材料を集めによく来るんです」
「ぐもんだったな」
魔法薬の材料は多岐にわたり、栽培できる植物はその中のほんの一部だ。
魔物の素材、秘境にのみ自生している希少植物、鉱物や湧水、虫……ほとんどは、誰かが採ってきたものを購入することになる。
さすが王都なだけあって、さまざまな素材が一挙に集まるのは、実家の領地にはない長所だ。
「たまに行商人さんが掘り出し物の希少素材を扱っていることもあるので、用がなくても来ます!」
「らぼにいっても会えないりゆうが、よくわかった」
王都世の中の全てのものが手に入る、なんて言う人もいる。
大陸でも屈指の経済力を持つ王国の名は伊達ではない。
もちろん、本当に希少だったりエバーグリーン家にしか需要がないものなんかは、自分で取りに行くのだけれど。
「もうすぐ着きますよ」
慣れた足取りで、大通りを歩く。
さまざまなお店が軒を連ねる中から、お目当ての店を探した。
混んでいるから、つい早足になってしまう。
ふと振り向くと、シンが小走りで頑張って横に並んでいた。
「ご、ごめんなさい。速かったですよね」
「……むしろ、おそいくらいだ」
「これからは意識してゆっくり歩きます」
「いや、おなじでいい」
そんなことを言いつつ、シンは肩で息をしている。
歩幅が全然違うのだから、こちらがペースを合わせるべきだ。
メルティはどちらかといえば歩くのが遅いほうだけれど、シンの身体は子どもなのだから、普通に歩いたら当然に差がでる。
(そういえば、殿下と一緒に歩く時は、いつも私に合わせてくださいましたね)
思い返すと、シンクリッドについて行くことに苦労したことはない。
きっと、彼が合わせてくれていたのだろう。
「シン様は小さいから、私がしっかりしないと」
「おいてくぞ」
「あ、待ってください!」
一人決意するメルティの手を、シンが引っ張った。
その横顔は、どこか不満そうだ。
「……くつじょくだ」
シンがぼそりとなにか呟いた。
「……? あ、あそこのお店です!」
気になったけど、ちょうど視界に服屋の看板が入ってきた。
商店街の大通りに店を構える人気店で、品揃えも多い。それほど高級じゃないのもオススメポイント。
「シン様にぴったりの可愛い服もたくさんありますよっ」
シンにそう言いながら、軽い足取りで向かおうとした時だった。
「めるてぃ、あぶない!」
シンの焦ったような声。
直後、とん、と何かにぶつかった。
「あ、ごめんなさ──」
「いって〜。うわ、これ絶対骨折れたわ。何してくれてんだ? あ?」
咄嗟に謝った言葉は、男の声にかき消された。
見ると、無精髭の大男が腕を押さえて、大げさに痛がっていた。
酒に酔っているのか、ほんのりと顔が赤い。
周囲の人たちはさーっと避けて、遠巻きに眺める。
混んでいたはずなのに、メルティたちの周りだけすっぽりと空白ができたようだ。
「ご、ごめんなさい……。私の不注意で」
「謝られても俺の腕は治らねえんだわ」
「すぐにお薬を……」
「薬で骨折が治るわけねえだろ」
治ります。そう言おうとしたけど、そもそも彼の腕が折れているようには見えない。
傭兵か、冒険者か、盗賊か……。王都では滅多に会うことのない相手の怒りに、思わず足が竦む。
明らかに戦闘を生業としている姿で、腰には剣を携えている。
その刃が自分に向けられたら、戦闘力を持たないメルティには抵抗できない。
「わかるだろ? 金だよ金。嬢ちゃんは金持ってそうだしなぁ……。ああそれとも、嬢ちゃんが直接癒してくれてもいいんだぜ?」
「あいにく、神聖魔法の覚えはなくて……お薬なら!」
「そういうことじゃねぇよ。まあ、直接教えてやればいいか」
男はニヤリと口角を歪めて、距離を詰めてきた。
その瞳はぎらついていて、明確な害意が窺える。
男は、折れていたはずの大きな腕を持ち上げて、真っ直ぐと伸ばした。
「めるてぃからはなれろ」
「あ?」
メルティと男の間に、シンが立ち塞がった。
二倍以上も身長差がある相手を、腕を組んで睨みつけている。
「なんだ、このガキ。引っ込んでろ」
「しにたくなければ、ひけ」
「舐めた口を……」
男は額に青筋を浮かべて、剣の柄に手をかけた。
「シン様、私の後ろに!」
守らないと! 咄嗟にそう思った。
しかし、シンは男を見据えたまま、片手を上げメルティを制止する。
「あんずるな。めるてぃには、ゆび一本ふれさせん」
堂々とした立ち姿。なぜだか、その背中はとても大きく見えた。
「ガキがイキがりやがって!」
男が剣を鞘から抜き、高々と掲げた。
それは、シンの命を刈り取らんと高速で振り下ろされる。
「シンさ──」
戦闘術の心得がないメルティには、それを止めることはできない。
「ふたりして……」
シンが腰を落として、両手を開いて突き出した。
「おれを、こどもあつかいするなぁあああああああ」
シンの手のひらから、魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は彼の身体よりも大きなサイズまで瞬く間に広がり、幾何学的な文様を描いた。
そして、その中央から光の砲弾が発射された。
「ぐふっ」
男のうめき声が聞こえて、剣がカラリと地面に落ちる。
光の砲弾に吹き飛ばされ、男は仰向けに倒れた。
「ふっ、ぞうさもない」
髪をかき上げて立つシンが、男を見下ろした。