誤魔化します!
「どどど、どうしましょう……!」
「おちつけ」
「殿下を隠し通す命令、さっそく失敗しそうです!」
あわあわと慌てて、とりあえず扉を押さえつける。
「リック様! 入っちゃだめですっ」
「メルティさーん。そこにシンクリッド様いない?」
「いません!」
「おかしいなぁ、たしかこっちに来たと思ったんだけど」
扉の向こうから、呑気な声が聞こえる。
リックをラボに入れるわけにはいかない。
なぜなら、中にいるのは薬によって子どもの姿になったシンクリッドなのだ。
隠し通すよう命じられた以上、見られるわけにはいかない。
「あんずるな」
しかし、シンクリッドは冷静だった。
腕を組んで、キリッとした顔をした。
「おれがおれだと、ばれなければよい」
シンクリッドはキリッとした表情で、不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど……! さすが殿下です!」
改めて、シンクリッドを見る。
メルティの半分しかない身長、くりくりで大きな金色の瞳。
少しクセのあるふわふわした銀髪。
ぶくっとした柔らかそうな頬と、あとげないながらも整った顔立ち。
抱きしめたい……ではなくて。
事情を知らない者から見たら、ただの超絶可愛い子どもだ。
……いや、リックは聡いから気づきそうではあるけれど。
「入りますよー」
「あっ……」
シンクリッドの可愛さに気を取られているうちに、入り口の扉が開かれた。
慌てて、シンクリッドを隠すように両手を広げ、扉の前に出る。
「やあ」
顔を出したのは、腰に剣を携えた長身の男性だ。
ガーターリック・バーン。
齢十八にして第一王子付きの専属騎士になった秀才だ。シンクリッドの幼少からの友人でもある。
また武勇だけでなく智謀にも優れ、まさにシンクリッドの右腕とも呼べる存在だった。
「お、おはようございます。リック様」
「うん、おはようございます。メルティさん。殿下いる?
リックがそう言って、柔和な笑みを浮かべる。シンクリッドに負けず劣らずの美形だ。
リックがメルティにも気さくな態度なのは、彼が侯爵家の令息だからだ。王妃になったあとならまだしも、まだ婚約者に過ぎないメルティに必要以上に畏まる必要はない。
「殿下は……」
つい、シンクリッドがいる方向に視線を向ける。
この位置からだと、部屋の中央にある作業台に隠れて、シンクリッドは見えない。
でも、そのすぐ後ろにはシンクリッドがいるのだ。
「ん? そっち?」
リックがメルティの横をすり抜けて、視線の先へ向かった。
まずい。そこにはシンクリッドがいる。
完全に隠れられればよかったのだが、あいにくそんな時間はなかった。
それほど広くない研究室なので、少し歩けばすぐに壁に到達する。
リックが作業台の横を通り過ぎたとき……裏から、人影が飛び出した。
「はじめまして。きしよ。おれは、めるてぃのでし、シンだ」
そして、堂々と言い放った。
(殿下、なにやってるんですかぁああああ)
心の中で叫んだ。
シンクリッド……いや、シンは元々着ていたズボンは脱ぎ捨て、ぶかぶかの服を腰当たりでベルトで留めていた。まるでワンピースのような格好だけど、自信満々な姿と相まって様になっている。
リックは数秒かたまって、目をぱちくりさせた後、にやりと笑った。
「あのね、リック様、これは……」
どう弁解したものかと、目を泳がせる。
「そっか。君はメルティさんの弟子なんだね」
「……! そうだ。そのとおりだ。おれはまぎれもなく、でしだ!」
しかし、リックの反応は予想に反したものだった。
てっきりすぐ見破られると思ったのだけれど。
だって、いくら子どもの姿になったとはいえ、口調はそのままだしオーラを隠せていない。
メルティよりも付き合いの長いリックなら、当然気がつくはずだ。
「こんなに小さいのに調薬なんてできるの?」
「ちいさくない!」
「あれ、小さくないの? そういえば殿下は……」
「いや、ちいさい! おれは六さいだ。かくじつにちいさい」
「だよね」
なんだか、リックに誘導されているように感じるのは気のせいだろうか。
リックは優しげな表情で、シンの頭を撫でる。騎士の手のひらは大きくて、シンの頭はすっぽりと収まった。
「うぐぐ……」
「おかしいなぁ。このくらいの年の子は、撫でられると喜ぶんだけど」
「う、うれしいな! もっとなでろ!」
シンは嫌そうな顔をして唸るけど、抵抗しない。そう、彼は自分がシンクリッドだとバレるわけにはいかないのだ。
(リック様に撫でられている殿下……可愛い……)
リックは、シンが抵抗しないのをいいことに、頬や耳を引っ張ったり持ち上げてみたりと、やりたい放題だ。
(ずるいです。私も触りたいのに……! でも、なんだか素敵な光景です)
状況はよくわからないけど、ひとまず誤魔化せているようなので安心する。
リックもかなりの美形なので、とても絵になる。
メルティはおろおろするのはやめ、二人の様子をうっとりと眺めることにした。
「さて、ここに殿下はいないみたいだから、僕はそろそろ戻ろうかな」
ひとしきりシンで遊んで満足したのか、リックが離れた。
「はぁ……はぁ……はやくかえれ」
ようやく解放されたシンは肩で息をしながら、ぐったりとしている。
だが達成感に満ち溢れた顔で、こちらに向かって口角を上げた。
やったぞ、という声が聞こえてきそうだ。
その姿を見て、我に返った。そうだ、完全に目的を忘れていた。
「はいっ、殿下はいません!」
「くくく……。じゃあ、殿下に会ったらよろしく伝えておいてよ。そこのシン君もね」
「わかりました!」
シンクリッドには返事をする元気もないようで、声はない。
リックは愉快そうに目を細めると、背を向け、研究室の扉に手を掛けた。
(よかった……。危機一髪、ですね!)
安心したのも束の間……。
リックはメルティにだけ聞こえるように、そっと呟いた。
「外で二人でお話しよっか」
ぞっとするほど恐ろしい笑みを浮かべて。
「は、はい」
さーっと血の気が引くのが自分でもわかった。
辛うじてできたのは、こくこくと頷くことだけだった。
(私、処刑されてしまうかもしれません!)