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お薬を飲みましょう

「めるてぃ、おれのからだをもとにもどせ! おれはだいいちおうじ(・・・・・・・)だぞ!」

「わぁ、私のラボに殿下そっくりの可愛いお子様がいます……!」

「かわいくなーい! あとそっくりじゃなくて、ほんにんだ!」


 可愛いです。宮廷薬師メルティ・エバーグリーンは、にんまりと頬を緩めながら、そう内心で断言した。


「可愛いです」


 ……いや、口に出ていた。


 膝を抱えてしゃがむメルティの前には、ぶかぶかの服を引きずる五歳ほどの少年がいる。腰に両手を当てて、怒っているようだ。ぷんぷん怒る姿すら、メルティには愛おしく映る。


 そういえば、なんでこんなことになっているんだっけ……と、メルティは記憶を遡った。







「ふふふ、今日はテケテケ草がたくさん収穫できました。ラボに帰ったらさっそく調薬しましょう!」


 家庭菜園……とメルティが勝手に呼んでいる王宮の庭から、ラボに戻っているところだった。

 草花が山盛りの籠を抱えて、うきうき、軽い足取りだ。


 宮廷薬師として新薬の開発を任されているので、王宮の敷地内に専用の離れを与えられているのだ。

 最低限の居住施設と保管庫、研究室だけの簡素な作りではあるが、それでも破格の待遇である。


「あら? あれは殿下……」


 遠目にラボが見えたころ、入口の前に誰かが立っていることに気が付いた。


 第一王子、シンクリッド・ラインボルトだ。

 腕を組みながら壁に寄りかかり、プラチナブロンドの髪をさらさらと風に靡かせている。


「メルティ、どこに行っていたんだ?」


 シンクリッドは顔を上げて、切れ長の鋭い瞳でメルティを見た。


「殿下、おはようございます! 見てください、たくさん採れました!」

「そうか。ところで、今朝は作物の収穫以外に、君には大事な仕事があったはずだが?」

「お仕事、ですか……?」


 メルティは小首を傾げて、疑問符を浮かべる。

 他になにか、するべきことがあっただろうか。まったく思い出せない。


「はあ……」


 シンクリッドは深くため息を付いた。


「もっと俺の婚約者である自覚を持て。俺が休日の時は、一緒に朝食を摂る約束だっただろ」

「あっ、申し訳ありません……。せっかくお時間を取っていただいたのに。ちょっと美味しそうなお野菜と薬草に気を取られてしまいました」


 約束を思い出し、メルティは即座に頭を下げる。

 微妙に言い訳にならないことを言いながら。


 メルティ・エバーグリーンは、第一王子と婚約している、次期王妃である。

 エバーグリーン伯爵家に生まれた彼女は、本来であれば王妃の座とは程遠い身の上であった。


 しかし、彼女が類まれな薬師としての才能を持っていたことと、難病に侵された国王を救ったことを高く評価され、婚約するに至ったのだ。


 それは同時に、シンクリッドの王継承者としての地位を盤石にするものでもあった。


「宮廷薬師、そして婚約者でもある私と不仲などと噂されては、殿下の評判に傷がつきますものね……」

「……そういうことではないのだが」

「……? そうだ、せっかくですしお野菜を食べていきますか? 採れたてで美味しいですよ。ほら、それなら一緒に朝食を摂ったことになりますし、体面は保てるかと!」

「野菜はいらん。が、とりあえず中に入らせてもらうぞ」


 シンクリッドはそう言って、メルティから鍵をひったくる。扉を開き、メルティに先に入るよう促した。


「ありがとうございます!」


 両手が塞がっていたので、ありがたい気遣いだ。ぺこりと頭を下げて、ラボに入った。後ろから、シンクリッドも入り扉を閉める。


 玄関から入ると、そこは研究室だ。

 部屋の中心には大きな作業台が一つ。壁際には棚が並び、書物や薬品、素材などが所せましと並べられている。


「相変わらず散らかっているな……。これはなんだ? 随分と不気味な色をしているが」


 ひょい、とシンクリッドが拾い上げたのは、紫色の液体の入った謎のビンだ。


「あ、それは飲むと三日三晩眠らずに動けるお薬です! まだ試作品なので人間が飲むとちょこっとだけ元気になりすぎちゃうんですけどね。隣のお薬は、飲むと嫌なことを忘れられるものです! 嫌なこと以外もいろいろ忘れてしまうので、それも研究途中ですね。その隣は……」

「すまん、聞いた俺が悪かった。それと、できれば法に触れない薬を作ってもらえると助かる」

「殿下がお薬に興味を持ってくださって、私、嬉しいです!」

「別に薬に興味があるわけではない」

「そうなのですか……?」


 ざんねん、と肩を落とす。


 メルティの生まれたエバーグリーン伯爵家は、代々薬師を輩出してきた家系だ。

 一口に薬師と言っても、民間の薬師とは大きく異なる。貴族の多くは《魔力》を持ち、それぞれごとに固有魔法を継承している。


 エバーグリーン家の《調薬魔法》は、植物などの素材から特定の効能だけを取り出し、また最大限の性能を引き出すことができる。それを組み合わせ、理想の薬を作り出すのだ。

 もちろん、好きな薬を自由に作れるわけではない。組み合わせや配分は、先祖の記録や新しい研究によって、見つけていく必要がある。


「でも私、嬉しいんです。殿下のおかげで、こんなに立派な研究室を使わせていただいて……。それに、資金援助に畑まで!」

「メルティを宮廷薬師にしたのはこちらの事情だ。伯爵令嬢というだけでは、少々身分が足りないからな」

「はいっ。ですので、重用してくださった国王陛下と殿下のために、もっと良いお薬を開発できるよう、がんばる所存でありますっ!」


 ぴしっ、と兵士の真似をして敬礼する。


 なにか成果を出さないと捨てられてしまう。だって、メルティが第一王子の婚約者としていられるのは、薬師としての実力を買われたからに過ぎないのだから。


「……まあ、ほどほどに頑張ってくれ。だが、たまには王宮にも顔を出すように」


 シンクリッドは釈然としない顔をしない顔で、そう締めくくった。

 目元をぐりぐりと指で押して、そっとため息をつく。


「伝わらないものだな……」


 そして、ぼそっと呟いた。


「殿下? どうかされましたか?」

「メルティが本当に伯爵令嬢なのか、疑問になってきただけだ。まったく貴族らしくない」

「えへへ、私のお家は、お薬の研究にしか興味ないので!」

「そういえばそうだったな……」


 シンクリッドは疲れた様子で、近くにある椅子に腰掛けた。


 エバーグリーン家は王国でも有名な変人集団だ。だが、そのおかげで救われた命も多い。


「殿下、お疲れですか?」

「ああ、誰かのせいでな……」

「まあ! それでしたら、私が開発した栄養ドリンクをお飲みになりますか? そこの棚にたくさんありますよ!」

「見るからに飲んだら危なそうな色をしているんだが!?」

「私も常用してます! 疲れが吹き飛ぶんですよ」

「結構だ」

「大丈夫です。普通のお野菜しか使ってない方なので!」

「普通じゃない方もあるみたいな言い方だな!?」


 身体の不調を治すのも、薬師の仕事だ。

 ましてや第一王子ともなれば、体調を崩しては国の一大事。すでに即位確実と目されている彼が倒れたら、政務が回らない可能性がある。

 

「殿下、好き嫌いはダメですよ!」

「そういう問題ではない」

「お体を大切にしませんと」

「わかった、わかったから。飲めばいいんだろ!?」


 ぐいぐいと近づいて、シンクリッドを諭す。

 シンクリッドは少しずつ後ずさり、壁際に追い込まれたところで、観念したように手を挙げた。


「これだな!?」

「あっ、待っ――」


 慌てて静止するが、シンクリッドは聞いていない。

覚悟を決めたように目を閉じて、一気に液体を口に含んだ。


「メルティ、これで満足だな。よし、なら俺は戻……る……。な、なんだ、身体が熱く……」


 シンクリッドの身体がぐらりと揺れる。

 作業台に手を付いて、ゆっくりと倒れこんだ。


「それは栄養ドリンクではありません! 研究中の、若返りの薬(・・・・・)です……」


新連載よろしくお願いいたします!

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