ガチ悪役令嬢
「あの事件から10年か…」
「思い出したくありませんわ」
低い声でそう言った妃の腕は少し震えているようだ
無神経にも口にしてしまった
私は国王に即位して5年となる
当時公爵令嬢であった妻との関係も今も良好だ
しかし、軽率に蒸し返してしまったな
「すまない、無神経だった」
「いえ、いいのですどのみち思い出として消化するには些かショックの大きすぎる出来事でしたから」
妻をそっと抱き寄せ、腕に少し力を込めた
あの事件は当時学園に居た皆に深い闇を刻んだ────
「…気持ちは分かるが、醜聞になりかねない
なんとか君の顔で抑えられないか?」
「…勝手にわたくしの名前を出す者たちも居ますので流石に全てを抑えるのは…こう言っては何ですが、彼女一人に退場していただく方が秩序の維持としては簡単かと…」
まったく!王太子である私と婚約者であるリリアーナの入学年にあんな生徒が何故…
───当時王太子であり生徒会長でもあった私の頭痛の種のひとつ、それが男爵家に拾われた庶子であったユーリ・リブロースだった───
「あのようなはしたない振る舞い…まさに貴族といった女性しか相手にしたことのない若造共には斬新に映るのかもしれないな…お陰で私の側近候補は全て選考のし直しだ」
「愚かなことですわ…あまつさえわたくしを嫌がらせの主犯として目の敵にするのですから…まあ、無礼にもいきなり親しい友人のような口調で話しかけられましたから冷たく突き放しはいたしましたが」
「当然の対応だ、君は何も間違っていない」
私はありきたりな物語の王子のように愚かではなかったが、私の側近候補達はまさにそれだった
そんなやりとりをして婚約者とため息をつく日々は唐突に終わりを告げた
淫欲と金銭欲、地位への執着が醜い男爵家の娘は遺体で発見された
普通なら、愚かな恋をしていた童貞の少年達は怒り狂い、同性である令嬢達や良識のある少年達はそれ見たことかと冷笑して終わった出来事であろう
かの男爵令嬢は権力者に敵を作りすぎたからだ
それでも、いくら婚約者の居る男性にベタベタ身体を密着させようとも貴族女性をあからさまに敵視しようとも
学園の時計台から半分ほど解体され、切り裂かれた腹部から臓物を情けなく垂れ流しながら磔にされるほどのことを彼女はやっていないと思うのだ
犯行は夜のうちにおこなわれ、朝登校したら特級の呪いレベルのオブジェがお出迎えだ
いじめの主犯格であった我が婚約者とは別の家の公爵令嬢はショックで倒れた
他にも多くの者がトラウマを負った
学びの平等、才能の優先の理念のもと基本的に強い治外法権を持つ学園に王国正規軍や特殊部隊まで出張る異例の事態となった
彼女に恋をしてた愚か者共も、流石に令嬢達を疑う考えすら持たなかった
いくら捜査をしても犯人像すら掴めず、はたして本当に人間の仕業なのか?神の罰ではなどと噂が流れ始めた頃
妻の実家の公爵家──王家の影と同等かそれ以上の調査力・諜報力を有する──から一つの情報がもたらされた
当日、犯行が可能なのは一人しか居ない、しかしとてもではないが想像できない
皆が躍起になって過去の怨恨やら怪しい邪教を調べるなか、私の義父達は消去法でじっくりと調査をしてくれていたのだ
しかし、そうして浮かび上がった唯一の容疑者は誰もが首を傾げる人物だった
レクター伯爵家令嬢、モルグーナ
学業の成績も優秀、平民にも懐が深く領地での人気も高い
さらに特筆すべきは非常に頭の切れる才媛であるとともに文化・芸術に造詣が深く詩・音楽・ピアノ・ヴァイオリンにおいて今季の生徒の自他ともに認める第一人者
しかし、消去法で彼女しか居ないと結論がでたので実家と義実家は連携して徹底的に彼女を調べた
そうして出てきた彼女の正体
10歳の時、領地の辺境の視察に同行し両親と逸れてしまった彼女はオルコトルバッファローという凶暴な肉食性の猪の魔物の群れと遭遇していた
それを目撃したのはしがない猟師だった
年老いた彼は、あの日見たのは夢だったのではと調査隊に語ったのだが
本来なら悲劇になった筈のその日
暴走状態の大量の魔物と、ポツンと立つ10歳の少女
猟師は群れのリーダーを殺せば統率が乱れ、どうにか少女を救えるかもしれないと弓を構えた
しかし、凶暴な肉食獣の群れは勢いよく二つに分かれて彼女を避け通過したそうだ
まるで上位存在に畏怖と敬意を示すようだったと猟師は語った
そして彼女はたまに、親しい文化人を集めてお茶会ではなく食事会を開いているところまで突き止めた
参加者の精神を守るため、そこで提供されていたとても美味な珍しい肉の詳細は緘口令が敷かれたが、どこから噂が漏れたのか元参加者の中には一日中部屋から出ずに神に許しを乞うものや、肉を見ると戻してしまい植物性のものしか食べられなくなったものが多発した
そしていよいよ伯爵家に騎士達が押し入った日
秘密の地下室は、まさに屠殺場だった
中央には頭部と両腕を切り落とされ、膝の位置に大きな杭を貫通されて脚を開かされて血抜きをされている若い男性らしきものがぶら下がっていた
備え付けのキッチンには10代と思しき少女がバラバラになって放置されており、バターの香りがのこるフライパンには大脳が無造作に投げ込まれていた
それだけではなく、加工品…皮細工や骨細工が誇らしげに並べられており、調査にあたった騎士の中にも未だに心を病んでしまっている物が少なくない
「あら、ついにバレてしまいましたのね」
そう言った彼女はとても美しい笑みを見せたそうだが、その笑顔が未だに夢に出てうなされる騎士も多い
こうして、よくあるくだらない話で終わるかと思われた案件は悪夢の幕引きを見せた
彼女が何者だったのか…考えたくもないが
恐怖の悪食令嬢とでも言おうか──
見せしめの理由ですが、所謂テンプレビッチヒロインは知性が皆無で性欲優先で下劣なので、何かのきっかけで文化的にはかなり高い悪役令嬢?の逆鱗に触れてしまった…という裏設定です。
レクター様もコンサートで一人だけ下手くそな演奏者が居たらキレて殺してますしw