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ミランダの憂鬱(番外編)

おぼえてますか?マリアンヌ嬢。

意外と支持を頂けているミランダが活躍します。

 ミランダはこの茶会でどうしてもクララベルに会わせたくない人物が2人いる。

 アラン・ドガ子爵とマリアンヌ・チェンバレン侯爵夫人だ。


 クララベルが婚約を解消した相手と彼の浮気相手。


 当時ヴィクトリア妃殿下が同じ学院に通っていた為、彼らの話は侍女達の間でかなり話題になっており、クララベルに同情的であった。

 侍女達は基本名家の子女である。

 親の決めた婚約者と結婚する義務を負っていることが多いこともありマリアンヌとアランの恋は『馬鹿げた愚か者』と認識された。

 見ようによっては『道ならぬ恋』とはしゃぐ人間もいるだろうが、家名を背負う彼女達からしたら自然災害より厄介だ。


 クララベルが婚約を解消したと聞いた時、彼女達は胸を撫でおろした。

 『あんな夫は持ちたくない』と。


 ヴィクトリア妃はクララベルを重用して手放す気は全くない。

 昔侍女の1人が聞いたことがある。

 「妃殿下はクララベルをかなりお気に入りですわね。色々お世話する中で情が湧かれたのですか?」と。

「私は……クララベルの身長とお菓子を両手で持って食べる姿が一番好きなの。

 もう理屈じゃないわね。ハニーブラウンの硬めの髪を学生時代によくポニーテールにさせてたんだけど……プッ……ククク…

 あれはリスにそっくりだった!」

 そう言って堪えきれないようにクスクスと笑う。

 侍女達も頭に思い浮かべる。


 小柄なポニーテールのクララベルが焼き菓子を両手で持って口に運ぶ姿を。


「リスみたいですね。」

「リスですよ。」

「リスに違いありませんね。」

「え?リスじゃなかったら何?」

 要するに、理屈ではない次元にクララベルが好かれる要因がある。

 優秀であったり、機転が利いたり、運動神経が良かったりもあるが、それらを超越する理由がヴィクトリアにあるのだ。『家族の中で愛犬が一番好き!』と言うのと一緒である。


 そんなヴィクトリア妃がマリアンヌの息子ロニー・チェンバレンを茶会のリストから外すのは当然のことのように思えた。寧ろ言葉は悪いが『どの面さげて王宮に来るんだ?』である。


 チェンバレン侯爵家はその昔宰相も輩出したかなり高名な家柄であるが、ここ二代は評判が悪く、子息達の素行も悪かった。

 ヴィクトリア妃と同学年で入学したパーシー・チェンバレンは第三王子の側近候補として生徒会にも在籍していたが、態度が目にあまり在学中に退学処分とされている。

 その後隣国で最低限の学問は修めたようだがチェンバレン家はかなりの金額を積んだことだろう。


 そして妻におさまったマリアンヌも学園時代良い噂は最後まで聞かなかった。

 在学中に複数の男性と浮名を流し、最後はチェンバレン侯爵と結婚したのだから。婚約発表から結婚、出産が異常に早く〈月の足りない子供が生まれた〉となれば言わずもがな。

 昔のチェンバレン家に嫁ぐとなれば、社交界は歯軋りした女性も多かっただろうが、そんな令嬢は今の国内にはおらず……『破れ鍋に綴じ蓋婚』と嘲笑する人が多かったという。


 そんなチェンバレン侯爵家から本日ミランダは面談の申し込みを受けており、断りきれず時間を割くことになった。

 理由は勿論『茶会の招待状』だ。

 あと2週間でお茶会は開催される。

 どの家も子供達のために強引な手段もとるようになってきた。


 担当の侍女や乳母は厳戒態勢を敷かれ希望者は王妃宮で寝泊まりさせているほどだ。

 バランティーノ家も、突撃訪問を受けたり、待ち伏せされたりとトラブルが多発している。

 ミランダ達が気になっている(強引な手段をとりそうな)家名のリストを渡したが、ロイド・バランティーノ曰く

 『チェンバレン侯爵家はクララのこともあるから恐らくこちらには近寄ってこないだろう。』と話していた。

 ヴィクトリア妃とクララベルの関係は学園時代から有名であるためマリアンヌが警戒する筈だ…と。

 そして予想通りミランダの方に打診が来た。

 ミランダは当然受けて立つつもりである。


 化粧を直しキッチリと口紅を引き直すと面談の部屋へと向かうのであった。






 約束より少し過ぎた時間にドアがノックされる。

 瞼を濃い緑に塗ったマリアンヌが入室してきた。既婚者だが髪は下ろしたまま、ドレスも若い娘が好むようなデザインを着て息子の手を引いてきた。

 そして隣に立つチェンバレン侯爵も同じく派手なタイを結び王宮に来るには些か軽薄な格好で現れた。


 (何だか軽薄さを絵に描いたような親子だわ。)ミランダは早くも頭痛を感じる。

 雰囲気が王宮にこれほどそぐわない人物も逆に言えば珍しい。

 あの下品なスーツとタイはどこで売ってるのか?そしてマリアンヌにはアカコブサイチョウの霊でも取り憑いているのだろうか?

 息子だけはミランダの雰囲気に緊張を隠せずオドオドとした様子だ。


 お互いに会釈をすると席に着く。


 席に着くなり当然のようにチェンバレン侯爵はメイドに『お茶は熱めにしてくれ。』と命じた。

 いえいえ、そのメイドは私からの指示を待っているのですよ、と思いながらその様子を無言で観察する。

 マリアンヌはその夫を咎めるでもなく当然だと言うように、『私は砂糖を入れて頂戴』と追加していた。

(夫が夫なら妻も妻だわ。)


 ミランダはため息が出そうになる。

 一介の侍女達や茶会の責任者達に、この『爵位を笠に着る貴族』は少々手に余るかもしれない。

 実はこのように態度の悪い人間に対してミランダはワイルドカードを持っている。



 ミランダは公爵家の非嫡出子である。

 妻子ある父が伯爵家の娘を孕ませたのだ。

 母はミランダを産んだ後、両親から勧められ年嵩の男の元へ嫁ぎ、家を出された。男子を産んでいればまた違ったのかもしれないが、ミランダは女子であったからだ。

 物心つく頃からミランダは祖父母の手元で育てられた。

 ミランダは美人ではないが、やはり見た目には惹きつけるものがある。

 それは公爵家の父の容姿がそのまま受け継がれているのだと自分でも思う。

 大人になればそれはより顕著だ。見る人間が見ればどの家の血を引き継いでいるかはすぐに分かるであろう。

 血は尊いのに育ちは荒んでおり、金はあるのに愛情に飢えて育った。そのせいか家族について思うところが多々ある。

 特に成人する前はお金だけは持たされていた為、ミランダは荒れた生活を送っていた。

 所謂『不良娘』である。

 男関係を除けば『酒にタバコ』は学園で当然のようにミランダの傍にあった。

 そんなミランダが改心し王宮勤めを始めたのはセシリア王妃の侍女長が手を掛けてくれたからだ。

 『父が嫌いだ。高位貴族なんて(みんな)死ねばいい。男なんて碌なもんじゃない』そう思いながら成長していったミランダは根性があり、頭の回転も速く、人間を欺くことに長けていた。そして『悪』に対しての耐性が有った。


 学園で影の支配者のように悪事を働いていたミランダはその悪辣ぶりを見込まれて次代の王妃侍女となったのである。


 なのでこのようにマリアンヌとチェンバレン侯爵が自分を侮って面会を申し込んできても尻込みすることなく戦う気概満々で相対することができる。


「今日はどのようなご用件でしょうか?」

 「チェンバレン侯爵家に招待状が届いていないぞ?どうなってるんだ。」言い方はあくまで上からである。

 ミランダが王妃付きと分かっていてもこの態度では当然ながら招待状は貰えるわけがない。

「招待状のリストの中にチェンバレン家は含まれていないと言うことです。

 セシリア王妃と陛下が厳選されたお子様達が茶会には呼ばれておりますので、今回は残念ながら選考から漏れたとしかお伝えできません。」

 ミランダがそう言うと、マリアンヌは息子の肩を掴み前に押した。「我がチェンバレン侯爵家が茶会に呼ばれないなんてあり得ないでしょう?宰相も輩出している家ですよ?何かお間違えになられているのではなくって?」

 するとチェンバレン侯爵もウンウンと大きく頷く。

「我が家を虚仮にするとは…いつから王家はそのような愚か者ばかりを配下につけてしまわれたのか。我が家の歴史を知らぬ者が王妃に進言されたのであろう。

 だがな、我が家には相応しい血が流れている。下賤の血とは違うんだ。貴女にはこの高貴な血の将来性が分からないかな?」

 そう言うとチェンバレン侯爵は素早く懐から掌より少し大きな箱を出した。


 「是非こちらを召し上がって頂きたい。良いかな?貴女が見たこともないような菓子だぞ?」ミランダは首を傾げながらその箱を持ち上げようとする。

 すると思いの外その箱の中身が重く蓋だけが取れてしまった。

「これは…………。」

 中には金の延べ棒が粘土のようにギチッと詰まっている。

 恐らく純金に違いなく黄金の色はとても濃い。たしかにミランダもこのような菓子は見たことないと呆気にとられた。


「お納めくださいな。騎士団長の一年分の給金はありますわよ。

 私たち存じてますの。王宮勤めの方は地位はあっても金銭で苦労する方は多いですわ。戦時中でも無い我が国の騎士団に対する給金は本当に少ないですわね。私聞いて驚きましたもの。きっと主人や息子が王宮で役職に就けば確実に改善されることは間違いございません。それにミランダ様のお子様もお金が掛かる時期ですし、この『お菓子』はあっても困るものではございません。」マリアンヌがニマリと口端を上げて息子の頭を撫でる。

「今日の用件は我が家はこのくらいは難なくお渡し出来るほどの家だとお伝えしたかったのです。

 分かるでしょう?招待されるに相応しい家だと言うことが。」チェンバレン侯爵は厭らしい笑みを浮かべ夫婦でミランダに圧をかけてきた。


 そして当の本人である息子はそんな両親の顔を、何度も見上げては俯いている。

 その表情は親のすることが間違っていると知っているのに、口を挟めないと理解している諦めの瞳。


 ミランダは箱の蓋を閉じると手元に引き寄せた。

「本当に立派なお菓子で見たことも有りませんでしたわ。」

 そう告げるとチェンバレン侯爵夫妻は満面の笑みを浮かべた。


 「ですが…」とミランダは続ける。


「これでは招待状は手に入りませんし、手に入れたとしても貴方達は役立てることは出来ませんわ。」

 チェンバレン侯爵は真っ赤な顔をして

 「調べはついてるぞ。君の家は金に困っているだろう?」と詰ってきた。


「何もご存知無いのは貴方達ですわ。

 高貴な血であるチェンバレン侯爵なら私を見て何か思いませんか?王宮の夜会などで私の顔を見たことは?」

 …………。チェンバレン侯爵は一瞬軽蔑したようにミランダを睨みつける。だが、目を眇め暫し考え込んだ。


 淡い赤髪、珍しいマンダリンガーネットのような瞳。

 サッと見ただけでは分からないその瞳の色は、街で出回っている姿絵と同じである。有名で何枚も描かれる高貴な血縁者たちの色彩。


「王弟…………………バイデロン公爵家?」

 そう呟くと顔を青褪めさせた。

 マリアンヌが隣で怪訝な顔をするのをミランダは無視して話し続ける。


「我が家は、いえ、アタクシは正直に言えばお金に困ったことは人生の中で一度もありませんの。

 それは今現在も。その意味はお分かりになりますわよね?」

 チェンバレン侯爵は白い顔のまま頷く。その手はいつの間にか力が入っているのだろう。ブルブルと小刻みに震えている。


「私は主人(騎士団長)のことを誇りに思っています。彼が居るから国の平和が保たれている。勿論お金という目に見えるものでより評価されれば嬉しいですけれど、私は十分満たされた生活を送っておりますし、もしもの時の金庫は人に心配されなくても潤っております。」

 そう。

 バイデロン公爵家は国家予算の六分の一を所持していると言われるほど資産を所持している。

 認知されなかった娘とは言え、公爵家が彼女に援助をしない訳はなかった。

 下手をすればチェンバレン侯爵の個人資産より彼女は持っているかもしれない。


「それで…このお菓子程度でどうするおつもりなのかしら?」

 そう言えば、チェンバレン侯爵は脂汗を浮かべ黙り込んだ。


 毅然としているミランダにマリアンヌは苛立ち怒りをぶつける。(夫は何故尻込みしているの?たかが侍女よ?)


「もしかして、もしかしてなんですけれど。

 あのクララベルがヴィクトリア妃を焚き付けて息子を外したんではないでしょうね?!貴女ならご存知でしょう?!私がちょっと巻き込まれて、お友達(アラン)が勘違いして騒いだ件。そのせいでクララベルは早とちりで婚約解消なさったものね。

 若い頃の不幸をヴィクトリア妃殿下はどうも誤解されて吹聴されてましたから。

 勿論私に責任はありませんが気を悪くなさっているのなら…そのせいで息子が蔑ろにされるくらいなら謝るわ。

 その機会を作って頂戴。このお菓子で。

 そこからは私たちで何とかするから。」


 強気な姿勢は昔と同じでクララベルがその昔、萎縮したのも頷ける。

 ミランダはこの部屋に入ってから何度呆れたかもう数えるのも馬鹿馬鹿しくなった。

 マリアンヌが在学中に婚約者がいる男達に平気で手を出していたのは有名な話だ。少しでも自分に貢いでくれそうな男に彼女は女の武器で擦り寄っていた。

 クララベル以外は婚約破棄には至らなかったが対峙した令嬢たちに彼女は常々こう言ったそうだ。


『貴女が婚約者に好かれないから向こうが寄ってくるのよ?何故原因を私だけと思うのかしら。まぁ私はなんとも思っていないし、彼らはただのお友達。殿方達が勝手に勘違いされているの。悔しかったら自分を磨く努力をなさって。』

 令嬢達は婚約者を詰ったり怒りで両親に助けを求めたりと、持って行き場のない昂りに気を失うこともあったという。


 クララベルも半年かけてやっとアラン・ドガと話し合えたが彼とは生涯関わりたくないと公言しているほどだ。


 若い頃と思考が変わらないマリアンヌには自分達の常識は通用しない。そう、話し合っても無駄なのだ。

 きっと心の篭ってもいない謝罪などクララベルも迷惑だろう。


 ミランダは自分が追い返すとハッキリ決意しマリアンヌに向き直る。


「貴女にも息子を思う親心があるのが不思議だわ。」

「何ですって!」

「だって、学園時代貴女いつも仰っていたのでしょう?婚約者を奪われて泣きながら縋ってきた令嬢達に『自分で努力しなさい』って。選ばれない辛さを『自分の責任だ』とあの時は言っていたじゃない。

 これは同じことではないの?」

「全然違うわ。招待状を操作しているのは貴女達でしょう?私は自分を磨いてその結果、殿方達が寄ってくる状態だったの。それを逆恨みしたのはクララベル達だわ。」

「確かに貴女は昔は美しかったわね。だけど今は彼女クララベルは貴女のことなんて全く気にしていないわよ。それにバランティーノ夫人はアラン・ドガ様と直接お話しになられてその場で結論を出していたわ。

 招待状はね、きちんと実績を積まなければ手に入れられないんですの。今回は単純に息子さんが選ばれなかっただけ。」

「チェンバレン侯爵家が選ばれないわけない。」

「ハッキリお伝えしなければ分かって頂けないみたいね。貴女達が親だから選ばれないのよ?」

「バカにする気?」

「今回爵位は関係ないわ。先ず成績。そして生活態度、功績、そして親の姿勢よ。

 王宮に将来的に勤める可能性のある者を選ぶ会なのですもの。背景は必ず見られるわ。」

 そう言うとチェンバレン侯爵は顔を歪める。


 学園を退学になった過去や、第三王子の側近候補だった煌びやかな青春時代を覚えているのだろう。

 彼には転落の苦労が多少はあるようだ。そして、それら栄光が過去のものになった理由が自分にあることも。


 しかしマリアンヌは食い下がる。


「私たちと息子は関係ない。成績は今からもっと伸びるし、私たちの言うこともよく聞く子だわ。それに将来的には侯爵家を継ぐのよ。なのにダメってどう言うことですの?」

「貴女の人の気持ちが分からないところが王宮に向いていないのですよ。

 チェンバレン夫人。

 王族に近いところで仕事をする者達に一番求められるスキル。それは相手の気持ちを汲み取り素早く主人(あるじ)や仕事に反映させることです。決して命令を聞くことではないの。

 命令通りに動くだけなら子供だって務まるわ。

 貴女はあの当時から何も変わっていない。人を虐げて良いと思っているし、弱者が勇気を持って声を上げれば『貴女は我儘で魅力が足りない』という。自分は平気で意見を通そうとするのに?そのような人間をなんて言うかご存知?『身勝手で大人の風上にも置けない』と言うのよ?貴女の息子は可哀想だわ。

 親の貴方方が変わらなければ社交界の評価は変わらないでしょうし、彼が多くの努力を重ねても『あの親の子供』というレッテルを貼られるのよ。いい?それを払拭するには親の貴方達も努力しなければ認められないの。」

 ミランダが一息に言い切るとチェンバレン侯爵はドンとテーブルを叩き「帰る」と低い声で唸った。


 マリアンヌはミランダの言い分に対して意味が分からないと言うように首を傾げる。それを見てミランダはさらに言葉を重ねた。


「貴女はその昔美しさを誇って、若さを武器に社交界で頑張っていたわね。でもね、本当に美しい人は顔じゃない。

 いつも周囲を悪く思っていて、自分に責任がないと言い、相手を責める時だけ嬉しそうにする。アドバイスを聞かず、笑顔がニヤニヤしてる女は不美人ブスよ。

 さぁ、この意味を考えて頂戴ませ。今回は選考に漏れましたが次回が無いとも言ってません。ご機嫌よう。」


 言いたいことだけ言うとミランダはスッと立ち上がり息子に美しくお辞儀をした。

 すると息子は慌てて立ち上がって同じ深さで頭を下げる。


 ミランダは素早くドアノブに手を掛けて出て行く。

 チェンバレン夫妻が呆気に取られている間に幕を引いたのだ。


 ドアが閉まるまでの僅かな時間に金切り声が廊下に漏れ出た。


 マリアンヌが大声で喚いたのだろう。


 『ブスはアンタよ!!』とでも言っているのかもしれないがチェンバレン侯爵が口を塞いだのは間違いない。


 バイデロン公爵家の血の色も偶にこの様に役に立つのだ。

『昔美人ほど昔の栄華を覚えている…か』


 クララベルはマリアンヌのことを殆ど忘れている。寧ろ覚えていない。


 あの当時アランはいろんな女性と付き合っていた為そのうちの1人であったマリアンヌのことなど頭から抜け落ちているのだ。そして何より彼女に興味が無い。

 夫のロイドが心配して『マリアンヌ・チェンバレン侯爵夫人が来たらミランダ夫人に任せるかい?』と聞いたことがあるそうだ。


 だが、クララベルは『侯爵家の夫人は厄介そうですねぇ。まぁどちらでも?』と答えた。

 要するにマリアンヌが誰だったか忘れており、クララベルは『侯爵夫人は爵位的に厄介ですね』と考えたのである。


 マリアンヌは美しく、持て囃されていた学園時代の栄華を忘れておらず、クララベルに未だに恨まれていると信じていた。『男なんて』と言いながら付き合った男達のデータをいまだに大事に抱え込んでいるのはマリアンヌの方なのだ。

 しかし当の本人クララベルは彼女そのものを忘れている。

 マリアンヌは今も美人だとは思うがこの歳になると意地悪さが顔に出始めてくる。

 口端を歪めて笑う癖があるせいか、左右非対称の顔に15年前に流行っていた緑のアイシャドウ。

 ダイエットのし過ぎか首が鶏のように筋が浮いており、開きすぎた胸元のフリルが痛々しかった。

 あのままだと5年もしないうちにもっと劣化するだろう。


 チェンバレン侯爵は学園時代とてもモテたそうだ。

 頭も良く爵位も高かったから令嬢達から引く手数多、初めは断っていたようだが精神的に壁にぶつかったのか、誰かに誘惑されたのか。2年生で羽目を外すようになった。


 ロイドは同じ頃学園で生徒会に所属していたからよく覚えていた。

 一年目は真面目で家の再興を願う実直な男前であったと。

 しかし翌年度には女性と遊ぶことに夢中になり、3年生で賭博場に入り浸って退学処分となった。


 厳しく育てられた反動だったのか何だったのかロイドも分からないという。だが、持って生まれた[恵まれた条件]がたったの1年で全て失われたのは間違いがない。

 彼を見て『自分はああならないようにしよう。』と思った子息も多かったと聞く。

 人生を60年と考えたらやはりたった1年2年で全ての実績が泡と化すのは勿体無いし、実際そこから這い上がるのは大変だ、と身をもって彼は示してくれた。


 チェンバレン侯爵家の息子はまだ見込みがありそうだった。

 ミランダは彼の将来のためにその道だけは閉ざさないようにした。


 マリアンヌに『クララベルは貴女のことなんて覚えていないわよ。』と一言で済ますこともできた。当然ヴィクトリア妃も彼女のことなど過去の噂に過ぎず、『それは誰?』の状態だ。

 噂など、自分が思っているより自分は主役ではないものなのだ。しかしそれを言ってしまうとマリアンヌは折れてしまうだろう。

 『学園時代、自分の美貌は殿方達に騒がれて困るほどであった。だから他の令嬢に恨まれて大変であった。』そんな過去に縋っているのが服装でもわかる。

(少しでも考えを改めると良いけれど………)


 ミランダは識っている。

『貴女のことを忘れている』

 これがマリアンヌのような女性には一番辛いことなのだと。


(注:少々軽犯罪を匂わす話です)




ミランダ「ねぇ、クララベルは学生の頃自分のお化粧で一番お気に入りは何だったの?」

クララベル「うーーーーん、香水ですかね?」

ミランダ「あら!意外だわ香水?学園でつけていたの?」

クララベル「そうです。金木犀の。」

ミランダ(でもこの子から強烈な香水の匂いなんて嗅いだことないけれど…?)

クララベル「学園の裏庭に金木犀が咲く頃になったら花を毟って、」

ミランダ「花を毟る?」

クララベル「空き瓶に理科室から貰った無水エタノールを入れた後、金木犀と一緒に入れてカシャカシャ少し振るとなんと!金木犀の香水が出来上がるんです。

私香水を皆さんみたいに買えないから自分で作ってまして(照)

良い匂いなんですよ〜」

ミランダ(めっちゃ貧乏!!そしてめっちゃ良い子!!)(涙)





ーーーー扉の向こうにて、ロイド、第三王子ーーーーー


ロイド『俺があげた口紅じゃないのか?!』(ガーーーーン!!)



(クララベル、それは軽く窃盗だよ。by第三王子)

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。人間は本来、黒白だけでは ない、良作を読ませていただきありがとう ございました。
[良い点] 面白く読ませてもらってはいます。 [気になる点] 後書きスペースの最後の方、エタノールと金木犀で香水作ってると話した時のミランダさんの心の声はちょっと微妙。 良い子ではないよね。と思います…
[良い点] スカッとしました! [気になる点] パーシー・チェンバレンが退学に…というくだり、アラン・チェンバレンの間違いですか?
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