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人生の雪解け(番外編)

大変遅くなりましたが番外編アップ致しました。

当初の話ではなく、モブで名前も出ていなかった長男のお話です(汗)


アランの『ざまぁ』が次話になりました…

読んでいただけると勘の良い方にはお察し頂けるかもしれません。


「皆様5ページ目をご覧ください。来月陛下主催で開かれるお茶会の招待状を送っている子供達の表でございます。書かれています順番は爵位の順になっております。ですが子供同士のことですからこの順番を優先してほしいということではありません。あくまでもその場で交友は育まれていくものと考えておいてください。

 陛下のご意見も加味して幅広く歳の近い子供を招待しておりますので当日はかなりの混雑が予想されます。

 一番下の年齢で7歳、上は14歳。子供のお世話は侍女たちを筆頭にこの日はメイドたちの中でも元気がよく、配慮が行き届く者たちを推薦形式で選びました。

 警備上近衛騎士団の方々から助力いただく手配を…………」

 侍女長ミランダは書類を読みながら『今から1ヶ月先までこの用紙に名前が書き込まれたり消されたりが予想されます……』と言いたいのをグッと堪えた。


 ご自身が40歳になられたのを切っ掛けに陛下は子供達の交友会を開きたいと言い出した。所謂〈将来の臣下を選ぶお茶会〉だ。

 王太子時代中々子宝に恵まれず第一子が誕生したのが10年前。

 王家の色をそのまま受け継いだような陛下の幼少期と変わらない男の子が生まれた。そして第二子はセシリア妃と同じ色彩の女の子。現在6歳である。


 ミランダは乳母にと請われていた為王太子妃セシリアの子と歳が近い男の子を今育てている。『授かりものですので無理は仰らないでください』と当時28歳だった彼女はセシリア妃に断りを入れたが、騎士団長()の強力な生命力により無事に妊娠。

 生まれる前から『絶対男の子ですね。こんなに尖ったお腹見たことないです!え?ご存じないですか?お腹が丸く膨らんでいくのは女の子。前に迫り出して尖ってくる妊娠腹は男の子って言いませんか?田舎の迷信です。』

 ヴィクトリア殿下に仕えるクララベルはミランダのお腹を撫でてキッパリ言い放った。

 出産後、(騎士団長)はクララベルの予言(?)にいたく感銘を受け、リスの置物を子供部屋に飾っていたほどだ。



 王宮という箱の中、侍女や乳母たちは10年という歳月でかなり顔ぶれが変わった。

 現在ミランダに似ておっとりと喋る息子ウォルターは既に殿下たちの遊び相手として王宮には幾度も上がっている。息子は大柄だが優しく王子たちとも良い関係だ。

 だが今回は貴族学園に入る為の友人選びだ。

 気軽な友達というよりも、子供達の将来性を見抜き、王宮に何れ働きに来てもらわねばならない。そして彼らは選ばれた瞬間から王家の近くで仕えるという責任を担うことになる。


 クララベルも第三子を出産し、半年前から王宮に戻って来た。ヴィクトリア妃の侍女としての役割は殆どなく、息子のダイソン殿下と娘のマデリーン殿下の乳母としての役割が今は大きい。

 ミランダは勝手を知る後輩クララベルが今回の仕事で共に担当となれたことが唯一の安心材料だ。


 この陛下の思いつきは既に貴族たちの間では噂が出回っており大騒ぎとなっている。

 今頃、招待状が届いた家、届かなかった家、と一喜一憂していることであろう。


 子供のリストはセシリア妃が自ら考え、陛下と決めたらしいがかなり枠は広く、幅がある。

 昔であれば上位貴族の少人数で開かれたはずの子供のお茶会も、今回は形を変え爵位という枠は最低限。既に才能を開花させている目に留まった子供は全てリストに名を載せている。

 そして逆もある。

 高位貴族であるにもかかわらず名前が載っていない子息、令嬢。

 これらがミランダの頭を悩ませている。


 招待状はそろそろ全員に行き渡った頃だ。『呼ばれていない!何かの手違いでは?!』と連絡が入るのは明日からではないかと、皆が予想していた。


 ミランダ達で対応出来る人物ならば良いが力のあり過ぎる貴族は厳しいだろう。それに子爵位男爵位の子供も今回は招待したリストに入っている。『あの子が呼ばれたのになぜ我が家が?』と、烏合の衆が押し寄せて来ることも今回は視野に入れている。


「説明してご納得頂けなければ妃殿下達のお力をお借りしましょう。」

 微塵も頼むつもりがない癖に優秀なクララベルはミランダを安心させるように微笑む。

(そう、悩んでも仕方がない。)


 いよいよ、お茶会(タタカイ)の火蓋が切られた。



 数日後。


 クララベルが夫と自宅に戻ると執事が素早くロイドに耳打ちをした。

「クララ、コナー・リンドバーグ子爵と彼の息子が来られているそうだ。」

 それを聞いてコートを脱いだ途端、追い打ちをかけられるような疲労感に襲われた。

(お腹空いてるのに〜〜〜)

 今は家を継いでいる長兄コナー・リンドバーグ。彼らは応接室でクララベルの帰りを既に2時間待っているらしい。長兄に会うのは本当に久しぶりだが理由は想像できた。



 普段王都に来ても顔も見せない疎遠な彼ら。そんな兄達がそこまでして家に押しかける理由は一つ。


 【お茶会の招待状】だ。


 クララベルはどうにもこの長男コナーとは馬が合わずリンドバーグ家に里帰りの回数が増えない。

 悪い人間ではないと思う…

 しかし兄コナーはどうにも他人に迷惑をかけているという意識が低いのだ。


 口の悪いロイドが隣にいれば弱気なコナーは強くは出られないだろう。

 そう判断し、夫婦は応接間に向かって歩き出した。





 **************


 物心ついた時からクララベルは兄を頼りない人だと思っていた。

 幼心に『問題を解決せずに逃げる人だ』と認識していたのだと今ならわかる。

 特に自分の持参金を使われた辺りから関係は拍車をかけるようにギクシャクしていた。


 彼の性根が悪いわけではない…と思いたい。

 しかしコナーはどこかズレていた。

 成人の儀を無事迎えたコナーは宣言する。

『リンドバーグ家の金は嫡男の俺が増やさなきゃと思ってるんだ』

 兄妹は仰天した。

 兄の金を稼ぐ才能はゼロだと子供の頃から感じていたからだ。

 幼い頃はお小遣いを渡されればその日に使いあげてしまい貯金箱は常に空っぽ。いつも金儲けのことを考えているのだが全て空振り。


『大きく育てて売ると高く売れるらしい!』

 そう言ってその月のお小遣いでバケツに魚を数匹入れて帰ってきた。

 しかし小指の先ほどの虹色の魚は1週間後、全て腹を上にしてプカプカと浮いていた。

「死んじゃった…可哀想に。

 生き物は難しいな。」


 いや、そうじゃないでしょう?!

 ザカリーは呑気な言葉を平気で口にする兄に墓堀りを手伝わされた。


 また学園時代、兄は友人達と商会を起こすと言い出した。ベルーナが反対するのを制し笑顔で「心配するな。すぐに増えるぞ!」と意気揚々と学資預金全てを握っていなくなった。


 消息不明になって2週間後。

 身包みを剥がされて簀巻きの状態で見つかり学園から連絡が来る。

『どうも詐欺師の集団に騙されたようです』

 家族全員真っ青になったがコナーはへこたれなかった。

「命が助かって良かったよ。俺は強運の持ち主に違いない。」

 言われた方が気絶モノである。

 あまりの発言に二の句が継げず家族は黙り込んだ。

 あの時ハッキリ『コナーは真面目に働かないとダメなタイプだ』と言わなかったことをこの後家族は後悔することになる。

 長男のコナーは嫡男として大事に育てられたせいか問題が起きた時に正面から受け止めることが出来ないようだった。


 子供の頃はまだ良い。

 親から見て勉強も生活態度も別に悪いところはない。貧乏に対しても文句一つ言わず飄々としている。兄妹仲も『貧しい家を支える』という目標の下、結束も固い方であったはずだ。姉のベルーナも妹クララベルも兄から荒らげた声一つ聞いたことがない。

 しかし簡単に人を信じ、起こした問題を正面から受け止めない彼は成人して財産を驚くほど目減りさせて行った。

 両親は問題が起きると嫡男のコナーを庇う。

『コナーはいつかは成功するわ!今はタイミングが悪いだけで』

 母は姉のベルーナに金を借りにきた時そう言ったと言う。



 ロイド・バランティーノの家に嫁ぐと決まった時、喜びよりも先にクララベルが気にしたのは持参金だった。

 仲が良いとはいえ相手は侯爵家である。

 一応働き出した時に自分のお金を貯めておかねば恐ろしい……と思い給金はなるべく貯金してきたが、持参金となると桁が変わる。

 それに実家に置いてきた預金は回収していなかった。


 クララベルが15歳の時にコナーがおかしな商売に手を出し、多額の借金をこさえたため(クララベル)の持参金が穴埋めに使われた。

 あれから5年近い時が経っている。母親は『必ずお金は元に戻す』とあの時は泣いていたが結婚の知らせを手紙で出したのに全く返事が来ない。


 バランティーノ侯爵達には恥ずかしくて言えないが、気になったクララベルは次兄のザカリーには相談した。

『結婚の知らせを出したけど連絡が来ないのよ。それに私の持参金用の預金はどうなっているのか代わりに聞いてもらえない?』


 王宮に勤めるザカリーは最近になってやっとヴィクトリア妃からお言葉を頂戴したばかりだ。

『リンドバーグ家の兄としてクララベルを支えて下さいね。私は彼女を将来的には乳母として側に仕えさせたいのです。』

 初めて王家から頂いた[子爵家との長い付き合い]の打診である。ザカリーは『承知致しました!』と深々と頭を下げた。


 リンドバーグ子爵家がヴィクトリア妃殿下に好かれていないのは有名な話だ。


 ヴィクトリア妃殿下付きのクララベルと三年も同じ職場に居れば王家からザカリーも『お引き立て(出世)』が本来ならあるはずだ。しかしクララベルの一件でザカリーは針の筵とまではいかなくとも、苦しい立場が続いていた。


(王宮で三年居ない者として扱われた。)

 ヴィクトリア妃殿下からすればザカリーも同じリンドバーグ子爵家と見做されていたのだ。

 それがクララベルの婚約によって漸く雪解けとなったのに…

(祝いの言葉も言わず両親が音信不通とは!)

 ザカリーは嫌な予感のままに休みをとり、慌てて領地の親に会いに行った。


 >>>>>>>>>>>>

「クララベルの婚約の知らせは届いただろう?どうして祝福しないんだ?」

「ザカリー………どうしましょう。クララベルの持参金がまだ用意できないわ。」

 久しぶりに会った母は驚くほど白髪が増えていた。



 翌日、近くに住むタウンゼント男爵家に嫁いだベルーナは事情を聞いて卒倒しそうになる。すぐに長兄コナーを呼び出し緊急の家族会議が開かれた。


「クララベルの持参金はいずれ戻すと言っていたよな?コナー兄さん。それは今だ。」

「すまない、とても良い取引の話があったからそちらに出資したんだ。半年後には倍になって戻る。だから少し待って貰えないか?」

 金が戻るわけないだろう!!バカ兄貴!!待たせるのは誰と誰を待たせるつもりなのか?


 胸中では罵りながら、のんびりと構えている兄を睨みつけてハッキリ告げる。


「待たせられるわけがないだろう?クララベルに待てという気じゃないだろうな?それとも後ろ盾が王家であるバランティーノ侯爵たちを待たせるって言ってるのか?

 クララベルはヴィクトリア妃殿下の侍女だ!ヴィクトリア妃も王弟殿下も結婚式には参列なさると手紙にあっただろう!!まさか兄さんは妃殿下達を待たせるって言ってるのではないだろうな?!」

 人生で一番の嫌味を込めてコナーを弟妹は睨みつける。


 「……あ、そうなっちゃうのか?でもない金は出せないしなぁ。」と本気で困ったような顔をした。


 普段は大人しいベルーナだが流石に堪忍袋の緒が切れる。

「お母様もお父様もクララベルの持参金に手をつけた時私に言いましたよね?後で戻すって。クララベルは今まさに結婚するのです。

 確かに我が家は裕福ではありませんでしたがクララベルに最悪持参金だけは人並みに持たせようと決めていたでしょう?」

 すると父親は項垂れたまま話し始める。


「そうだ。クララベルは兄妹の中で一番金で苦労を強いてきたから結婚する時には恥をかかせないようにしよう、と私たちは言った。

 だから、少しでも金を増やしてやろうと投資の話に乗ったらこんな事に……」

 そう言って眦に涙を浮かべる。


「言ったじゃない!!絶対に手をつけてはいけないお金よって!!

 クララベルが出て行った時に2人ともちゃんと反省したんでしょう?どうしてこんなことになるのよ!!」ベルーナはありったけの大きな声で両親に詰め寄った。


 自分の意見など微塵も聞かなかった両親が腹立たしく、哀れであった。

 なぜ、こんなに間抜けなのかと。


 男爵の夫ジョゼ・タウンゼントはクララベルに同情的で学園を卒業した後も手をさしのべてくれた。

 ジョゼから見てクララベルは本当に『偉い』のだそうだ。

 親の金で生活し、王宮の給金は全てお小遣いとしている侍女達が多い中で勤勉で道を外さない義妹は応援したくなる…そう話してくれたことがあった。


 今まで自分ばかりに目を向けていたベルーナはそれからクララベルをちゃんと見るようになった。


 だから、余計にこの持参金の件は許せない。


 「今はどのくらいの金額を用意できますか?」ベルーナの夫ジョゼが口を開いた。


「金貨30枚だ………」

 持参金の平均金額は金貨300枚と言われている。

 到底足りそうにない。

 恐らくだが母達も持ち物を売ってお金を工面したのだろうが、元々高価な品物を持っている子爵家ではない。

 父の疲れた顔と母の白髪が全てを物語っていた。


「ではコナー義兄さん、貴方の今住んでいる屋敷を売りましょう。」

 「え!?」コナーが初めて慌てた表情を見せる。

「リンドバーグ夫妻はこの子爵邸に引っ越して、ご両親と住むのです。幸い部屋は空いていますよね。

 義父母と暮らせるのはお金がない両家には良い話です。使用人の数も減らせますから維持費も半額だ。何、投資の金が半年後に戻ってくるんですよね?一度売ってもその後コナー義兄さんが買い戻せばいい。」

 そうですよね?と問えばコナーは青い顔をしたまま頷いた。


「リンドバーグ家は実に勿体無い。クララベルは子爵家で一番出世した人間で王家の覚えもめでたい。なのに家族に声を掛けてもらえることがない。理由は分かっていますよね?ヴィクトリア妃殿下によく思われていないからだ。」

 そこまで話すとベルーナの手を分厚い手が励ますように握る。

「そうよ、お母様達はこれを機会にクララベルの信頼を取り戻さなくては。

 持参金をきちんと渡してリンドバーグ家がクララベルを大切に思っていることを目に見える形で示すのよ。このままじゃ我が家は永遠に侯爵家からも王家からも背を向けられてしまうわ。」


 ザカリーも同意する。

「俺だってやっとヴィクトリア妃殿下にお声を掛けて頂けたんだ。

 頼む!兄さん金をちゃんと返してくれ!

 ジョゼの言う通りだ。屋敷を売ろう。金貨300枚を何が何でも準備しないとダメだ。

 ジョゼ!あの屋敷は幾らで売れるだろうか?」


 すると男爵(ジョゼ)は暫し黙り込む。


「手数料等引かれて金貨500枚といったところですね。ですがあの屋敷はまだ支払いの最中です。かなりゆっくり支払っていらっしゃったから元金が減っていないのですよ。手元に残るのは金貨200くらいかと。」

 それを聞いたザカリーが大きく頷く。

「俺は金貨40枚準備する。足りない分は借りる。」

「では、私は金貨30枚を準備しましょう。

 その代わりお祝い金は無しで。ですからお金を我が家に返す必要はありませんよ。

 良いよね?ベルーナ。」ベルーナは当然だと頷く。

「良いのか?!ありがとうジョゼ!」

 ザカリーもジョゼの采配に涙を浮かべ喜んだ。



 その光景を見ながらエンリケは自分の老いを痛い程感じた。


 親の不始末を兄妹がカバーしている姿に胸が震えた。

 どうしてあの当時ザカリーとベルーナの話に耳を傾けなかったのか?


 自分達はいつの間にか『家族だから許される』と勘違いしていたのだろう。


『私が何を思い、何に悲しんだか少しでも考えてくれたら全て答えが出ることだったのに』

 そう、考えてみれば分かることだ。

 自分は勝手な人間でちっとも偉くないのに子供達の言葉に耳を貸さなかった愚か者だ。


 コナーは困惑した表情のまま黙り込んでいる。

 本当は屋敷を売りたくないのだ。しかし、弟妹が話していることも理解できるのだろう。


「コナー義兄さん。買い戻せば良い。

 金をちゃんと儲ける人間ならクララベルに今投資すべきですよ。」ジョゼは穏やかに説得に回り、遂にはコナーの首を縦に振らせた。


 その様子を見てエンリケはもう二度と家のことに口を挟むまいと決めたのであった。



 >>>>>>>>>>>>>


 兄妹の協力とジョゼの機転によりクララベルは家族と和解した。



 結局兄のコナーは投資で儲ける事はなく(当たり前だが)それからは地道に領地経営に励んでいる。

 相変わらず夢見がちだし一攫千金を狙ってはいるが屋敷を売り払ったのは流石に堪えたのだ。


 次に金を失う時は、住む家をなくし爵位ごと手放さないといけないだろうとジョゼに釘を刺されたようである。


 全ては結婚式が終わった後に教えてもらったことではある。『なんでそんなことになってるのよ。』と頭も抱えたくなった。


 しかしクララベルは努力してくれた家族に対して『もう一度信じてみよう』という気持ちが蘇ったのは確かだ。


 ヴィクトリア妃殿下も持参金を支払ったリンドバーグ家に以前ほど嫌悪感は無くなったようであった。


 しかし…



 兄コナーはやはり夢見がちな発言がなくならない。

 最近は両親にこう話していたそうだ。


『時代は変わった。

 クララベルのような子爵家出身の子でも王子妃付きの侍女として取り立ててもらえるんだ。我が家の息子イーサンだって王宮に呼ばれるようになれば王子殿下達に気に入られて、将来は王宮で役職を貰えるようになるんじゃないか?』


 エンリケは嫌な予感がしてその晩クララベルに手紙を送った。





(父の手紙で先に知ってて良かった)



 コナーはロイドが黙っているのを良い事に必死に語っていた。


「イーサンはかなり賢いんだ。本当だよ?

 領地の学校ではずっと一番だしね。だからお茶会の招待状さえ手に入ればきっとチャンスを掴めると思う。

 クララベル。叔母の立場であるお前もイーサンのことは可愛いだろう?

 上手くいけばお前だって王宮での地位がよりしっかりする筈だ。」


 田舎の学校で一番の成績…………。

 分からないではないが、お茶会の招待客は既にそれ以上の功績が見えている子供達だ。


 今年11歳のイーサンはコナーが必死に話している間中、隣で美味しそうに焼き菓子を頬張っている。

 そばかすの散った頬に少しだけココアを付けて都会の菓子を堪能している様は確かに可愛らしい。

 だがそれを見ているだけで理解してしまう。


 『イーサンはお茶会などに興味はないのだ』と。


 リンドバーグ家の子供達は成績は昔から悪くない。兄コナーが言うようにその血を引くイーサンもきっと勉強が嫌いでは無いはずだ。


 隣の(ロイド)もイーサンの様子を見極めているようだった。

 コナーが懸命に招待状を都合して欲しいと粘っているのを話半分に、イーサンを観察しているのだろう。


「それにイーサンは気も優しくて相手を思い遣れる。領地では弟妹の世話もするし…そう!なんて言うかなぁ、この歳にしては『出来上がってる』んだ!」


 そこまで聞くとロイドが口を開いた。


「残念ながら…

 私たちでは招待状は準備できませんよ。リンドバーグ子爵。

 今回の招待客を選んだのはセシリア王妃殿下です。そのリストを勝手に書き換えるというのは即ち王妃殿下の御意志に異議がある、と言うことですから。」

 クララベルは全くその通りです!と大きく頷いた。

 そしてロイドはなおも続ける。

「今回爵位の枠を飛び越えて特に優秀だと思える子供達が集まっているのはご存知でしょう?その中には勿論成績だけを評価された訳ではなく、【性格】を見込まれて呼ばれた子供もいる。」

「じゃあ!イーサンだって可能性があるっ!」

「貴方の息子なのに?」

 その眼鏡の奥の翡翠の瞳は冷たくコナーを見据えた。

「[気遣い]というのは、親の背中を見ながら子供は学ぶモノです。これだけは持って生まれた性質に重ねて、親の見本が必要だ。真似て得られるものじゃない。

 イーサンをちゃんとご覧なさい。」

 自分のことが言われていると分かるとイーサンはピクリと姿勢を正した。

 いつの間にか食べる手を止めオドオドと指についた汚れをズボンの横で拭き取っている。

「義兄である貴方にこんな風に言うのは不本意ですが、リンドバーグ子爵は私の妻を思い遣ったりしないでしょう?」

「そ!そんなことは…」

 「妻は今、王宮で日々貴方と同じような親達に責められ詰られ精神を削りながら働いています。疲れて帰宅した後に貴方が訪問の打診もせず待っていたら気持ちは更に疲弊する。それを分かって今日は来られたのでしょうか?」そう言われてコナーはハッとしたようにクララベルを見た。


 すると(クララベル)は困ったように微笑んだ。


「【気遣いが出来る】子供の親は、ちゃんとそれを考える筈です。だから私たちに少しでも迷惑を掛けないようにするだろうし、我が家の使用人たちを、困らせることもしない。私が話している意味がわかりますか?」


『貴方が気遣えていないのに息子が気遣えるわけがない』

 ロイドはそう言っているのだ。


(一応彼にしてはオブラートに包んだ方ではあるかもしれない。)


「イーサン、勉強は楽しい?」

 クララベルは優しく声を掛けた。

 するとイーサンは嬉しそうにコクリと大きく頷いた。


「算数が好きです。解いていけばキチンと答えが出るところが楽しいんです。」

 それを聞いてクララベルは嬉しそうに微笑む。

「貴方のお父様も得意だった科目よ。イーサン、自分の好きな科目を沢山頑張ると良いわ。

 さぁ、お菓子のお代わりを遠慮しないで食堂で貰っていらっしゃい。私の娘達も今の時間なら食堂にいるから。」

 そう言ってイーサンを扉の前に送り出した。


 嬉しそうに部屋を出る子供を大人たちは無言で見守る。


「兄様、気が付いてる?イーサンは気遣いが出来るんじゃない。顔色を窺っているのよ?」

 クララベルの言葉にコナーはサッと顔を赤くした。

「子供らしくてとても可愛い子。きっと勉強も出来るのでしょう?

 あの子はあの子らしく田舎の空気で自由に沢山学ばせてあげても良いんじゃない?

 兄様の枠に嵌めてしまったら気の毒だわ。

 あの子は兄様によく似てる。

 お勉強が出来て優しくて、ちょっとだけ空気が読めないの。」

 クララベルは年齢の割に幼い行動のイーサンを否定する気は全くない。

 だが王宮に行くとなれば話は変わってくる。


「リンドバーグ家の未来をあの子に託し過ぎてはダメだと思う。」

 クララベルは優しい声だった。


 兄様も優しくて人がいい。だから考え過ぎておかしな方向に行ってしまったのだ。


 結婚してロイドに優しくされてお金の心配も要らなくなりクララベルにも余裕が出来た。だから思いやれる。


 リンドバーグ子爵領は今は安定しており兄は領主としては稼ぎは低いがなんら問題が無い。

『金を稼ぐ!貧乏から脱出する!』

 無理をさせたのは親の期待と私たちの存在によるプレッシャー。


 兄に似たイーサンはクララベルから見て子供らしく素直ないい子だ。

 きっと兄が果たせなかった夢を押し付けているから本来の自分に猫を被ってしまうのだろう。

 コナーが叶えられなかった自分の夢を語り過ぎず、やりたい様にやらせてあげれば、今のように顔色を窺ってオドオドすることも無くなる。


「イーサンの持ち味は違うところにあるんじゃないかしら?彼を正面から見てあげて良いところを伸ばしてあげたら?きっと貴族学園に入学した時本領を発揮する筈よ。

 だから兄様。親として子供が恥ずかしい思いをしないように、キチンとお金を貯めて頑張りたい時にあの子が頑張れるように親の度量を見せてあげて。」

 コナーは思い出した。


 クララベルが華やかな王都で、ほかの貴族子女のように着飾れなかった過去を。


 ……………自分が奪った。


 青春の中で華やかに着飾りたい娘時代を。

 自分の勝手で使った金が原因でクララベルは質素な学園生活になってしまった。


 学びたくても書物一冊買うのも散々悩んでいたから贈り物として辞典をあげた、とジョゼが話していた。


 遠回しの嫌味にあの時は気が付かなかった。

 そんな自分に気遣いなんて出来ているはずがない。


 親として責務を果たそうとしない自分は息子(イーサン)をちゃんと見ていないのか…


 イーサンにあわよくば楽な道を用意しようとした。

 自分がそれで痛い目を見ていたのに、また同じ石に躓いている。

 ロイドの言葉とクララベルの優しさがコナーの胸にストンと落ちた。


「クララベル。すまないね、その…色々と。」

 自分はこんな時にも上手く言葉が出てこない。10年前も自分の屋敷が無くなったことばかり気にしてクララベルに向き合ってもいなかった。

 結婚式で『おめでとう』と心から言えたのかさえ思い出せない。


「バランティーノ様の言う通りだ。私はちょっと勘違いしていたんだね。

 そうか…

 私はコツコツ積み上げていく方が性に合っているんだから息子にも無理をさせてはいけないな。すまなかったね。こんな時間に押し掛けて。バランティーノ様も言い辛いことを言わせて申し訳なかった。」

 コナーは深々と頭を下げる。

 その態度は10年前と確実に違っていた。



「ロイドと。」

「え?」

「ロイドと呼んでください。お義兄さん。」

 相変わらずニコリともしないがロイドが静かに言う。


(そうか…私たちは義理の兄弟にも拘わらず家名で呼び合っていたな…)


 苦しくなる胸の痛みに顔を歪ませながらコナーは『ありがとう』とだけ言い、イーサンを連れてその夜は帰って行った。




 クララベルはその夜少しだけ昔を思い出し、考え込んだ。

「兄を……………嫌いだと思ったことは無いの。ただ中々分かり合えないって思ったりしてたわ。」

「言ってなかったかな?俺は出来すぎたバランティーノの長男が大嫌いだった。優しすぎて出来すぎる兄が憎い時もあったし、妬んでる自分が嫌いだった時もある。

 うちの親は出来た人間だとみんな言うが、人と人を比べない人間なんて居ない。分け隔てなく接するなんて夢物語だと俺は思う。

 俺は性格も口も悪いからな。人間なんてみんな違うって幼い頃から思ってた。だからお互いを見て認め合うまでが大変なんだ。

 クララは兄を見てた。ただ認め合うまでに時間が掛かったんだ。」

「難しい…

 だけど今のロイドの言葉に救われたわ。

 10年も時間が止まったままだったって思ったら少し勿体なかった。」クララベルが珍しく自嘲する。


「家族なんてな、血が繋がってても一人一人別の人間だ。死ぬまでに少しだけでも分かり合えたら十分だ。」

 そうね!

 お互い死んでなくて良かったかも!


 そう言って笑い合う。


 死ぬまで分かり合えない人もいる。

 この歳になるとそれが少しずつ分かってくる。

 ただ歩み寄ったりは出来るのだ。

 子供が三人も生まれてやっと少しだけ親の気持ちも分かる様になった。


 自分が悲しいと感じた思いを子供に味わわせない様にしよう。


 娘達の寝顔を見ながら誓う。




 クララベルはその夜兄達と遊んだ川辺のピクニックの夢を見た。

 あぁ、蛙の釣り方を教えてくれたのは(コナー)だった。


 疲れた体には優しい夢であった。

残酷なシーンがあります。閲覧注意でお願い致します。




*******


子爵領の小川にて




クララベル「コナーにいに!さっきの面白かった!!またやってまたやって!!」


コナー「良いぞ!待ってろよ!」


ザカリー「おっ?!クララ。何か面白いことニイニがやってくれるのか?!」


クララベル「うん!ニイニが

フーーーーッ!!して、パンってするのぉ!」


ベルーナ「まぁ、ホホホ何それ」


コナー「蛙のお尻からこのストロー挿して」


ザカリー「はぁ?」


コナー「フーーーーーー」


パンッ!!!


(蛙破裂)(注:ご臨終)


ザカリー・ベルーナ「「ギャーーーーーーーーーーー!!!!」」




……………優しい夢?


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― 新着の感想 ―
[良い点] ようやく自らをかえりみて反省する父と兄に「今かよ!」と盛大に突っ込んでしまいました。でも油断したらま〜た元の思考になりそう。 あと義兄が大変良い人っぽくてお姉様いい人と結婚出来て良かった…
[良い点] 蛙の夢がわかりみが凄いです [一言] うちの田舎では、蛙やイモリに爆竹を装備して……っていう残酷な遊びが流行ってたのを思い出しました……
[一言] …優しい夢では無い…ですね(笑)
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