私は田舎のダサい女ですが幸せになります
豪華なシャンデリアに着飾った人々。いつもの2倍灯される照明。王宮の一番広いホールを使ったのだがそれでも人々はごった返すほど多い。
どの貴族も家宝クラスのアクセサリーを光らせ、紳士淑女は楽団の曲に合わせて踊り、談笑している。
(ワルツは誰でも踊りやすいから今日は何度も繰り返し流れるだろうなぁ。)
王子妃となった彼女の配慮はそんなところにも活かされていると思う。
今日は第三王子の生誕祭なのだ。
ヴィクトリアの宮殿はこの1ヶ月は寝る間も惜しんで働き詰めであった。
(クララベルも目の下の隈を隠すため今日はしっかりメイクを施している。)
そして今日のヴィクトリアのドレス。
バックスタイルにだけボリュームをつけたデザインは今年からきっと流行るだろうとクララベルは壇上の美しい彼女を見つめた。
第三王子と密着して周囲を牽制しているのが自分には丸わかりだ。前身頃をストンとシンプルにしておけば殿方とピッタリくっ付けるんじゃない?と思い付いたヴィクトリアの発想には毎回度肝を抜かれる。
普段は全く執着心を見せない癖にこのような場ではキチンと『私は殿下を誰よりも愛してます…風』に振る舞うのだから。
ヴィクトリアがチラリとクララベルに視線を向けて口端を上げた。
成程…
クララベルが視線をダンスホールに戻すと向こう側からダンスを終えたロイド・バランティーノが戻ってきていた。
祝いの席だと言うのに眼鏡の奥の翡翠の瞳は不機嫌に光っており口は愚痴を溢す前の形に歪んでいる。
「ロイド様…………。さっきの令嬢とても痛そうでしたよ…………。」
クララベルは足を引き摺る黄色いドレスの背中に向けて思わず祈りを捧げた。
「俺はダンスは苦手だと相手に事前に伝えた。向こうも了承したから踊ってやったんだ。何で俺がこれ以上謝らなければならない?」
「イヤでも向こうもまさか本当に踏まれるとは思って無かったと思いますよ?……………3回?は踏みましたよね?」
「爪先も入れたら5回だな。」
「威張らないで下さい。最低なことです。」
「お前みたいに皆俺の足を避ければ良いのにな。」
「無理でしょう?普通の御令嬢にそんな運動神経は無いですよ。」
呆れるクララベルにロイドは尚も言い訳を続ける。
「大体俺をダンスに誘うなんて馬鹿だ!」
はい、頂きました。『馬鹿』
クララベルは付き合い5年目の侯爵家次男に胡乱な目を向ける。
「そんなことばかり仰っては素敵な出会いはありませんよ。努力なさいませ。」
ロイドは慌てて眼鏡を中指で押し上げると
「そ、そんなの、いや、阿呆!お前に言われなくてもそのだな!!」とモゴモゴ喋り出す。
この2歳年上の彼は最近いつもこんな感じである。子供か。
そこにバランティーノ侯爵夫妻がやって来た。
「素晴らしい夜ね、クララベル。」
「お変わりございませんか?バランティーノ侯爵、夫人。お二人とも今日の装いも本当に素敵ですわね。」
夫人の抱擁にクララベルも応える。
挨拶がわりにバランティーノ侯爵は穏やかに夫人の後ろでグラスを上げた。
小柄なクララベルは背の高い夫人に抱き込まれて頬を赤くする。
いい匂い〜
すると夫人はニッコリ微笑みクララベルの頬を撫でた。
「ヴィクトリア王子妃も無事にご結婚なさったし、次は貴女ね。いい人は現れたの?」
王太后の侍女を昔勤められていたバランティーノ夫人はクララベルが王宮に上がってからこのようにいつも気に掛けてくれる。
子爵領から王都に家を移したクララベルにとって彼女は今や第二の母だ。
王宮内部での振る舞い方や事細かなしきたりは全て夫人が教鞭をとってくれた。
ロイドを育てただけあって夫人の知識はかなり広くそして深かったのだ。
ロイドは当初の予定通り卒業と同時に第三王子の執務室で仕事を始め王子妃のヴィクトリアとは今でも繋がっている。
ロイドは第三王子夫妻には頭が上がらないようだが昔も今も彼らの近しい臣下であり友人だ。
『早く結婚しろ!子供はウチと同じタイミングだぞ!』と強烈な発破を掛けられているみたいだが、相も変わらずお見合いは連敗記録更新中。まだ婚約者もいない。
クララベルは今年誕生日を迎えれば20歳。王宮に上がって今年で3年になった。
学園の単位を異例の早さ、たった2年で取得した為ロイドと一緒に卒業することが叶ったのだ。
王宮に通い詰めていたクララベルを侍女たちは大歓迎。今はヴィクトリア王子妃付きとして忙しい毎日を送っている。
婚約解消後、クララベルは生徒会の手伝いをキッパリ止めて学問に集中した。
王宮に早く上がってこい!とヴィクトリアが脅しをかけて来たからだ。それは実質飛び級の強要である。生徒会で内申点を上げるのは時間的に効率が悪いと言われ、週末はヴィクトリアと共にボランティアを強制された。
生徒会長は『嘘だ!ヴィクトリア嬢!そんな風にクララベルを連れていかないで!!』と叫んでいたが高笑いで彼の訴えは無かったものとされた。
元々田舎育ちのクララベルは体を使うことも勉強を教えることも得意だ。
孤児院、市民の通う教室、教会。体力勝負のこれら全てにおいて結果を出し、最年少の侍女としては満点の状態で城勤めのスタートをきることに成功した。
ロイドと職場が一緒であるから必然的にバランティーノ侯爵家とも繋がりができた。
これはクララベルには良いこと尽くめであったと思う。
両親と離れた今では親戚のようにクララベルは彼らと付き合っている。
次兄ザカリーは王都に住んでいるため妹として顔を合わせることはとても多い。しかしリンドバーグ家とは少し疎遠となった。
原因は婚約破棄だ。
今もドガ子爵は変わらない付き合いをリンドバーグ家としているが、正直に言えばクララベルはリンドバーグ家がドガ家と付き合いを絶ってくれると思っていた。
クララベルはアランとは交流を断つと明言したのだから表面上は『変わらずに』と言っても娘を優先させてくれるはずだと信じていたのだ。
しかし、父も母も変わらなかった。
学園で単位を全て取り終えた卒業前の休暇。
クララベルは実家に里帰りをした。
王宮に上がったら長期休みは難しくなるし、のんびり両親と語り合いたいと思っていたからだ。
しかし父は何を思ったのかドガ子爵を家に招待した。
「どうして?」
クララベルが問えば両親は複雑な表情をする。
「ドガ子爵家とは変わらない付き合いをすると私たちは手紙に書いていただろう?」
「娘を悲しませるようなことをした息子の家族をお父様は家に招くの?私が何も思わないとでも?」
すると母は驚いたようにこう言った。
「でも済んだことでしょう?」
クララベルはこの人たちとは分かり合えないのだ…とハッキリ感じた。
田舎の大らかさだと人は言うかも知れない。
貴女も気にしなければいいのよ、と母は言った。
『無理』である。
あの多感な時期に付けられた心の傷は両親が思っているよりかなり深い。
認識の違いにこれほど差があるのかと呆然とした。
嫁いだ姉もその日は来ていたが、クララベルと両親を交互に見ながら何と声を掛けようかとオロオロしているのがわかる。
姉からすれば両親の発言がクララベルを今その場で傷付けていると気がついているのだ。
クララベルは一呼吸おくと両親には話を始めた。
「実はヴィクトリア王子妃殿下の下で働くことが決まったの。」
「王宮に上がるの?」母は喜んだ。
まぁ!流石クララベル!勉強をあれだけ頑張っていたものね!そう言って手を握ってくれた。
しかし心には冷えた風が吹いている。
「私はね、アラン様にあんな形で傷つけられて今も心の中で男の人が信用できないの。ヴィクトリア様はその全てを分かった上で私を王宮に上げて下さると決めてくれたの。『全てから守ってあげる』と誓ってくださったわ。」
そう言うと両親の顔がピシリと固まる。
手紙ではクララベルに悪いことをした、ドレスも化粧品も与えなくて済まなかったと詫びた両親だったが結局あの後も対応は変わらなかった。2年近く時間があったのに。
しかも誰かいい人はいないの?と言いながら
『領地で入り用なことが起きて』
『姉様が出産したからお祝いをあげなくては』
『用意していた持参金なんだけど、暫くお兄様に貸してあげてくれない?』
そうしてクララベルに使われる筈のお金は少しずつ減らされていった。
持参金を使ったことは流石にザカリーも姉も驚いた。男爵家に嫁いだ姉は気にして両親に進言してくれたようだが聞く耳を持たなかったと手紙が届いた。それが半年前。
両親からすれば17歳のクララベルはまだ結婚もしないだろうし姉達より粗雑に扱っても文句を言わない都合の良い存在だったのだろう。
王宮に上がったら両親は自分達の都合をきっとまた押し付けてくるだろうな……
クララベルは気付いていたけれど見なかったフリをしていた現実に決着をつける時が来たのだと決意した。
隣り合った領地の友人を蔑ろにするつもりは毛頭ないと父は言う。私を大切だと言った舌の根も乾かないうちにクララベルを粗雑に扱うのだ。しかも無意識に。
だから私も彼らから離れよう。
「ヴィクトリア様はね、リンドバーグ家に良い印象はお持ちではないわ。どうしてなのか分かる?」クララベルは上品に首を傾げて見せた。
王家の人間によく思われていないと言われ父は強張った顔をしたまま無言だ。
「親の責任を果たさず口先ばかりの人たちね、と仰ったのよ。
お手紙にはあんな風に良いことを書いていたのに、貴女を大切にしているようには思えないと。」
すると母は
「こちらにも都合があっただけよ!貴女は若いんだしこの前使ってしまった持参金だってちゃんと後で元に戻すわ。」と慌てたように話し始めた。
しかしクララベルの気持ちは止まらない。
「ドガ家を招待したことで私もハッキリしたわ。
お父様達は私に興味がないのよ。私が何を思い、何に悲しんだか少しでも考えてくれたら全て答えが出ることだったのに。」
「違う!私はお前を大切な娘だと本気で思っている。アラン君は確かにお前に悪いことをした、だから怒ったし婚約破棄も認めたんだ。」
「それは当然のことだわ。」
クララベルは静かに冷たく言い放った。
「お父様?娘が婚約者に浮気されたら普通の親は怒るし娘を優先するの。まあ中には家の事情で政略結婚を推し進める家もあるでしょうがそれを入れたら意味はないわ。
ドガ子爵はね、私を蔑ろにしてもいい人間だと思っているから厚顔にも我が家の敷居を跨ぐのよ?普通の神経なら私の気持ちを慮って近づかないわ。それがお父様達にはわからない?
『いい人はいないの?』ってお母様はよく聞くわね。こんな私にも交際を申し込んでくれる奇特な方はいたわ。でもね、私は男の人が信用できない。アラン様が私を傷つけたからよ。」
一息に話せば父は今度は顔色を青くした。
「大らか、田舎の人間は情に厚い?違うわ。私はリンドバーグ家の人間としてお話しするわ。
お父様の言う〈大切な友人〉がもしもザカリーお兄様に〈故意に〉刀傷を負わせたらどう思う?そしてその傷がもとで普通の生活ができなくなったら〈大切な友人〉を簡単に許せる?」
「………いや………許せないだろうな。」
「そうね。松葉杖をついて不自由な体で人の手を借りながら生きているザカリーお兄様の姿を見たらお父様はきっと〈大切なお友達〉にワインなど振る舞う心の余裕は無いでしょうね。
でもそれが私だったらお父様はできてしまうのよ。」
クララベルは話していて辛かった。
ここまで例え話をしなければ父達は理解できないのかと悔しかった。
「〈大切なお友達〉は言うのよ。あの時はすまなかったね。でも君たち家族とはずっと付き合いたいんだ。
時間が経ったのだから許してくれよ。体は不自由になっただろうがもう傷の痛みはないんだろう?」
母は泣き出した。
違う違う!!そうじゃないの!!と。
クララベルは首を振り周囲を見渡した。
長年勤めてくれた執事や乳母が辛そうな顔をして自分を見つめている。
「早く気がついて欲しかったわ。
ドガ子爵が着くまで二時間はあるわね。
私は王都に引っ越すわ。お母様お父様、私があなた達の娘であることに変わりはないけれど、ヴィクトリア王子妃殿下がリンドバーグ家をそのように思っていることを忘れないで。」
そう言えば臆病な父達はきっとヴィクトリア王子妃に御目通りを頼んだり迷惑をかけたりはしないだろうと釘を刺すつもりで余計な一言を添えた。
一時間と少しでクララベルは自室の少ない荷物を纏めてその夜家を出た。
荷物を纏めてみるとより分かる。クララベルが買い与えられたものは殆どなく姉のお下がりと兄達から譲られた本ばかりが部屋を埋めていたのだと。
早馬で知らせを兄に出していたらなぜかバランティーノ侯爵家の馬車が深夜にも拘わらず五つ先の街道でクララベルを待ってくれていた。
「事情は聞いたぞ。馬鹿だな。宿に泊まれよ。貴族の女が1人で夜中に王都に帰るとか盗賊に襲ってくれと言っているようなものだ。」
馬車に小言を言うために乗っていたロイド様の憎まれ口もこの日は笑いのタネにしかならなかった。
あれから三年。
最近はロイド様からいつもエスコートされている。
『これじゃあロイド様のお相手が見つかりませんわ。他の御令嬢が誤解してしまいます!』と提言するのだがバランティーノ侯爵も夫人もお腹を抱えて笑うばかり。
「本当にロイドは馬鹿よね。
オホホホ、本当にそろそろクララベルに私が他のお見合い用意しちゃおうかしら。」
いつの間にか近くに来ていたヴィクトリアがクララベルの頭を撫でる。
「子リスちゃん、態とじゃないのよね?いい加減にしないと私から指導するわよ?」ミランダが大きくなったお腹を抱えてクスクス笑う。彼女は去年騎士団長に求婚されて今や団長夫人だ。
あと3ヶ月もすれば可愛い赤ちゃんに会えるだろう。
相も変わらずクララベルはこの手の女性達が雰囲気だけで話す会話を理解できない。
やはり自分は〈ダセェ田舎モノ〉なんだろうとこういう瞬間に思い知らされるが悪意を感じないので笑ってやり過ごす。
また私を馬鹿にしましたね〜!と小首を傾げて頬を膨らますがロイドはそんなクララベルをガバリと覆う。
「やめろ!見せるな!」
それを見て周囲はもっと笑い出す。
「いい?ロイド。今夜中になんとかなさい。じゃないと来週からクララベルにはお見合いをどんどん用意するわ。」ヴィクトリアは口元だけ吊り上げるが目は笑っていない。
「王子妃殿下もクララベルを乳母にとお思いですか?」侯爵が問えば
「当然です!」とヴィクトリアは頷く。
「クララベル、良い報告を待ってますわ。」
ミランダも含み笑いだ。
皆様何を言いたいのかしら?とロイドを見上げればグイッと強引に手を引かれた。
「あの、どちらに?!」
クララベルが慌てて問いかけてもロイドは無言でどんどん進む。
後ろでは堪えきれないと言わんばかりの笑い声が上がった。
何ですか?!え?!どうしたのですか?!
**************
その夜、ロイドはクララベルを夜のバルコニーで抱きしめながら自分の思いを直接的な表現で伝えた。
「好きなんだ。いや、愛してる。
俺と結婚してくれ。
ずっと学園にいる頃から好きだった。
……………そろそろ気付いてほしいんだが、本当に分からなかったのか?
……………馬鹿が」
クララベルはとても驚いたが心に温かな風が吹いた。
「馬鹿ですみません。
ダセェ田舎者ですが貰って下さいますか?」
「当たり前だ。俺みたいな捻くれやでダンスが下手くそな不良債権を貰ってくれる女はお前しかいない。」
ロイドはその晩は素直(?)に愛の言葉を囁いた。
こうして、田舎のダセェ令嬢は美しく成長し侯爵家の麗しい文官と結婚することになった。
王子妃のヴィクトリアは『こんなに時間がかかるとか信じられない!私がどれだけお膳立てしたか皆様ご存じ?』と夜会の真っ最中に侯爵たちに愚痴を溢していたとかいなかったとか。
クララベルは子爵家の出身ではあったが貴族学園では100年に1人の逸材であったと語り継がれるほど優秀であった。しかし、自己肯定感が低すぎて王宮一謙虚な人間だとも言われ続けた。
『田舎者ですみません』と口走る小柄で働き者の侍女を彼らはいつも可愛がっていたという。
バランティーノ侯爵家の口の悪い次男は捻くれ者で扱いづらい人物であったが生涯を通じて奥方を大切にした。
病める時も健やかなる時もいつもクララベルを一番に考えていた。
純朴なクララベルが1人で我慢しないように口の悪い夫は矢面に必ず立ってくれた。
クララベルは彼から大切にされる度に心の元気を取り戻したのだと子供達に伝えた。
当然ながらクララベルはそんな夫を一生信頼し大切にし続けたのであった。
これにて完結です。
後日談がありますので明日以降アップします。