最悪の再会
婚約者と鉢合わせます。
嫌な気分になるかもしれませんが、ヒロインは割と打たれ強いです。
「アラン!!今夜はパパが色んな人を集めたパーティーするの!是非来て!」
キャサリンは燃えるような赤髪が印象的な薔薇のような男爵家の令嬢だ。
男爵位の父は手広く貿易で儲けており、相手に貴族も多い。きっと今夜は多くの人々が集まるだろう。
だが……………
「うーん、今夜は寮に帰らないと寮長がそろそろ親に連絡するって言うんだ。だから今夜は戻るよ。」
えーー?!つまんないっ!
アランたらつまんない!!
キャサリンは腕に絡みつきながら行こう行こうとせがむ。
だが、今日は本当に不味い。
寮長もだが、きっとキャサリンの家のパーティーには自分が今バイトしている高級酒場の客達も来ている可能性が高い。
金のあるババア達は大枚を叩き、夫に黙って若いツバメを侍らせるのだ。
お小遣いをチラつかせ一夜の関係を迫る自分の母親達くらいの女たち。
体臭を誤魔化すためか香水はキツく、化粧も分厚い。気持ちの悪い年増の女たちに愛想を振り撒きアランは随分と稼がせて貰っていた。
本当は辞めたい。しかし数ヶ月前から誘われて働きだしたこの仕事は兎に角金になった。
学校公認の家庭教師のバイトなんて目では無い。
数時間で家庭教師の5倍は稼げるのだから。
だがそんなことが親にバレたら、学校にバレたら人生お終いだ。
貴族の嫡男で水もののバイトをしているなんて社交界で認められるはずはない。
しかも仕事場以外でそんなババア達にうっかり会ってしまったら身元がバレて死ぬまでしゃぶられる。
頭の軽い可愛いキャサリンはそんな事全く分からないようで
『ヤダァ〜ねぇねぇ〜』と甘ったるい声をあげている。
「だから本当に無理なんだ。また今度、ね?」
アランが何とか彼女を抱きしめて宥めていると、目の前に自分が今一番会いたく無い女が呆然とした様子で立っていた。
「クララベル……………?」
胸までのハニーブラウンの髪をハーフアップに纏めてネイビーのリボンが頭頂部で綺麗に形を作っている。
暫く会わないうちに大きくなった胸の膨らみが制服のジャケットを押し上げ、リップはプルプルのピンクに塗られていた。
可愛らしい容姿の幼馴染…婚約者が悲しそうな表情で突っ立ってこちらを凝視している。
アランは慌ててキャサリンを抱きしめていた腕を解く。だが今度はキャサリンがアランに抱きついた。
「あ!いや、コレは違うんだ。あの、何でここに?!」
一歩踏み出すと胸元の校章がきらりと光る。
金?
飛び級したのか!?
驚いてキャサリンの体を振り解いた。
「あ!この子はただの友達だから!
クララベル!勘違いするなよ!」
田舎の幼い幼女はいつの間にか可愛らしい女性として成長を遂げ、制服を身にまとっている。知らなかった。
いや、手紙が来てたのか?!寮にまともに帰っていなかったからここ数ヶ月、送られてきた手紙も碌に確認してない。
ハニーブラウンの癖のない髪が夕日に当たってやけにキラキラ輝いて見えた。
「誰?この田舎っぺ?」
キャサリンが鼻でクララベルを嗤った。
制服をキチンと着ている彼女は確かに野暮ったい雰囲気はある。
3年間制服を着用するつもりなのだろう。
ブラウス以外は全てゆったりと体を包んでおり特にジャケットの袖は長めになっていた。
小柄な彼女はスカート丈も中途半端に長い。
上着もスカート丈も短めに着こなしているキャサリンと比べれば確かに生真面目すぎてダサい。
だがあくまでも清楚だった。
キャサリンの言葉に傷ついた顔をしたクララベルは「新入生のクララベル・リンドバーグです、お邪魔致しました。」
と一礼して去ろうとする。
「ちょっ!待てよ!」
アランは慌ててその腕を取った。
キャサリンに
『彼女は婚約者だ』とハッキリ言わねばならない。
なのに何故かアランはその一言は出てこなかった。
「親には言うなよ。」
思ったより低い声が出て、脅かすような態度を取る。
クララベルはショックを受けたように口をパクパクさせた。
(違う!そんな風に脅かすつもりは無かった。)
そう詫びたい。
考えが纏まらず焦っていると上から声が掛けられた。
「リンドバーグ嬢!早く上がって来い!」
凛とした響きの声がその場に降りてくる。
見上げれば生徒会室からで、眼鏡姿のロイド・バランティーノがこちらを見下ろしている。
クララベルは慌ててこちらに一礼するとバタバタと校舎の入り口へ走り去って行った。
(ゴールドの校章に生徒会?!
侯爵家のロイド・バランティーノに名を覚えられている?!)
アランは驚きを隠せず、かと言って動揺している事を悟られたくない。
踵を返すと寮に向かって黙って歩き出す。
『なになに〜あのダサい子?知り合い?同郷の子?アランてばあんな真面目が取り柄の田舎っぽい子と友達なの?』
キャサリンは自分と違う次元の女子を徹底的にこき下ろす。
「幼馴染だ。近くの。」
婚約者だとは言えなかった。
ダサいと言われてる少女を胸を張って自分が将来添い遂げる女だと、この王都生まれ王都育ちの女に知られたくなかった。
何だか笑えるわね〜、一目見て田舎者だと分かる子って珍しい〜
何だかリスみたいな子ね〜ちっちゃかったし。
キャサリンはキャハキャハ笑いながら道中クララベルを馬鹿にした。
アランは自分が馬鹿にされているかのような物言いに苛立ちながらも、それに反論することはしなかった。
一方、生徒会室ではヴィクトリアがクララベルを慰めていた。
「最悪のタイミングでお互いを認識してしまいました。」
クララベルは蒼い顔をして再会を嘆いていた。
婚約者は知らない女とイチャイチャしており、自分は生徒会室に慌てて向かっていた為かなり無防備に2人の前に躍り出てしまった。
化粧らしい化粧も昨日教えてもらったばかり。
眉を整えてもらい、口紅をほんのりさしただけ。それプラス、ハーフアップに固定されたリボンバレッタでやっと体裁を整えた初日である。
それだけではあったが朝にヴィクトリアからコレらを施されクララベルは生まれ変わったような気分になった。
教室に入るまでは。
その瞬間まで気にしたことが無かったがクラスの女生徒達は侍女の力を借りて朝の支度をする者も多い。
長い髪もセミロングもヘアスタイルはコテやピンで確り仕上げ、当然のようにナチュラル化粧を施した顔で登校してくる。
自分はダボダボと着ている制服だが、他の女生徒はサイズをキッチリ補正して垢抜けた着こなし。
ちょっと身形を整えた自分とは雲泥の差である。
心構えも無いままにあのようなたっぷり化粧を施した都会の女?に姿を見せたから、馬鹿にされた。
「大丈夫。クララベルは可愛らしいわ。世の男性は擦れていない清楚な雰囲気が大好きなのだから。」
「でもアランはガッツリお化粧した派手目の方がお好みだということくらい分かります。」
(ベソをかいてる癖に無駄に賢く勘もいい…………。)
朝から生徒会室で書類を仕上げていたロイドはヴィクトリアのように慰めたりはしなかったがクララベルの冷静に判断出来るその姿勢は好ましかった。
涙こそ流さないものの非常に落ち込んでいるクララベル。
確かに不義理な婚約者には、いずれドヤ顔で洗練された完成形の自分を演出したかったかもしれない。
だが学園内のこと。
校舎が違えどバッティングの可能性は十分あった。
しかし、ヴィクトリアたちほどロイドは今日の偶然を悲観してはいない。
恐らく昨日のクララベルではアラン・ドガも大して気には留めなかっただろうが、今朝のクララベルなら不意をつかれたように胸に何かしらは残ったのでは無いだろうか?
ロイドでさえ、少し手を入れたクララベルを不覚にも朝見た時に(ちょっとイイ)と思ってしまったのだから。
男の妄想ではあるが、まだまだ可愛らしい新入生のクララベルがアランの知らないところでどんどん綺麗になっていく。そんなシチュエーションも良いのでは無いか?と思えたのだ。
男とは手に入り易いものはお座なりにしてしまう習性がある。同性のアランの気持ちがロイドはわからなくも無かった。
アランは既に手元にある存在を『良いもの』だと気がついていないのだ。
与えられた玩具より、自分の小遣いで買った玩具の方が価値があるようにアランは親の決めた婚約者より、自分が口説いた恋人達の方が良いもののように思っているはずだ。
初回の再会はちょっと大人になって背伸びしているクララベル。
そして遊びにかまけている間に洗練されて美しくなっていくクララベルが、ある日サナギが蝶になるように変身したらアランはかなり驚くであろう。
「これから暫く会わないようにすれば良いだけの話だ。心配しなくともアラン・ドガは君を婚約者だとは阿婆擦れには話さなかったろう?
気不味さから向こうも君を避けて動く筈だ。
一泡吹かせる計画はまだ頓挫してない。初日で挫けるな。馬鹿が。」
優しさの欠片も織り混ぜられずロイドはクララベルに言い放った。
しかし麦の穂と言われた令嬢は流石に強いらしい。
「そうですねぇ。まだ始まったばかりの計画ですしもう少し頑張ります。」
「そうよ。初日のハプニングで動揺しちゃったけど逆に彼の気持ちが知れて良かったじゃない。遠慮なく見返しちゃいなさいな!」ヴィクトリアはホホホと上品に笑うとバサリと分厚い紙束を取り出した。
「明日から私の王子妃教育に同行なさい。
良い?王宮は、怖いところだけど女の最高峰が集う場所よ。そこで先ずは見て盗みなさい。」
ヴィクトリアは紙束を指差すと目次をクララベルに朗読させた。
「貴女はこれから半年で見違えるような淑女に生まれ変わるのよ。そうすればあんな男なんて目じゃ無いわ。追い縋る婚約者を思いっきり捨てておしまいなさい!
心配しなくても成績さえキープしてくれたら私の卒業時には将来の侍女候補に推薦してあげます。
きっと7年後には引く手あまた。勉強も励み、容姿に磨きをかけることも励みなさい。
私は今、かつて無いほど使命に燃えているわ。」
(いや、かつて無いほどの暇つぶしが出来たことに歓喜してるの間違いだろ?)
ロイドは言い返したかったがそこは王子の婚約者。グッと堪えた。
クララベルは素直に
「ハイありがとうございます!喜んで!」と酒場の女中のような返事をしている。
第三王子の婚約者としての席をライバルを蹴散らし自力で手に入れたヴィクトリア。
一見嫋やかで儚げな見た目は妖精によく喩えられているが中身はハーピーなんじゃないかと思ってしまうくらい強靭で残虐である。彼女からすればラビットクララベルなんて赤子だろう。だが、その赤子のような素直さがヴィクトリアはかなり気に入ったようである。
(侍女になんて今まで学園の中の1人にも声を掛けたことがない癖に余程気に入ってるんだな)
会って間もないクララベルを気難しいヴィクトリアが懐に入れるのはほぼ奇跡である。意外と人タラシなのかもしれない…
ロイドは
「ハイ!」「ハイ!」「ハイ!」と滑舌良く軍隊のような返事をするクララベルを見守りながら大きな溜息を吐いた。
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ヴィクトリアは学校が終わると週に3回王宮に向かう。勿論王子妃教育の為である。
その馬車の中でクララベルは講義を受けていた。
「侍女達は女の中の女。地位があり、身元が確かで魑魅魍魎と戦える精神力を見込まれて王宮に上がるの。あらゆる事に精通し、あらゆる不可能を可能にする素晴らしい人たちよ。彼女達から今の流行、知恵、人脈作りを学びなさい。特にお勧めは王太子妃の侍女長ミランダです。美しく、控えめで、後ろに引きすぎず前にも出ない。男なら誰もが嫁に!と嘱望する女です。とにかく真似なさい。」
クララベルは「ハイ!承知いたしました!」と大きな声を出し扇子でパチリと手を叩かれる。
「淑女は声を大きく出しません。田舎の人は距離が遠いせいか皆んな声が大きいの。王都の人間は知らない人に声を聞かれたく無いから小声で話すし、目で合図するわ。先ずはそれに慣れなさい。」
クララベルはコクリと首肯した。
ヴィクトリアはそれで良いのだ、と言うようにニマリと笑う。
「貴女は見込みがある。」
そしてクララベルはヴィクトリアの後ろ盾で王宮に通うようになった。
元々賢いクララベルは一月もせずに多くのことを吸収した。
そして侍女達は想像よりもずっと美人な上親切であった。
「クララ、それはこの様にしたら良いのですよ。」
手取り足取り蔑むことなく柔らかい声音で教えてくれる。
(綺麗な人って皆んなから優しくされて育てられるからかおっとりしてて、良い匂いがして、優しい…)
小柄で素直なクララベルはとても可愛がられた。
王宮ですぐに理解したこと。
自分達が田舎くさいと笑われるのは見た目だけでは無く仕草が大いに関係しているのだと初日から認めざるを得なかった。
先ず、侍女達からは音がしない。柔らかな衣擦れの音がすることがあっても、靴音や食事音。会話も殆ど聞こえない。
彼女たちの動きは無駄がなく所作が丁寧なのでガサゴソしてるクララベルとは動き方がまるで違うのだ。
それを真似るだけでクララベルは女としてワンランク上になれた気がする。
ドアをバタンと閉めて、授業に遅れそうだと2段飛ばしで駆け上がっていた階段。それが2か月もすれば静々と歩くようになり、ドアノブに手をかける仕草すらも気をつける様になった。
そしてミランダはヴィクトリアの言う通り素晴らしい女性であった。
<雰囲気美人>
本人はそう言ってコロコロ笑うがイヤイヤ本当に美人でしかも品がある。
固すぎず柔らかすぎず。あらゆることを想定して仕事をする賢さと上手な気遣い。
ミランダが、歩くと男達がソワソワと視線を投げかけるがふんわりと躱す姿さえもカッコいい。
クララベルは人生の手本ココにあり!とかなり興奮したがそれを正直にヴィクトリアに話すと
『そこはアタクシに憧れる!って言うのが気遣いよ!』と睨まれた。
それ程までにミランダは魅力的な女性であった。
「私はミランダ様のように美人でもありませんし、都会的でもございません。ですが一歩だけでも近づきたく思います。アドバイスを頂けませんでしょうか?」
クララベルは我慢出来ずにミランダに縋った。
するとミランダは「ありがとうございます。光栄ですわ。こんな可愛らしい御令嬢にお褒めいただけて。」と謙遜した。
いや、その謙虚さが眩しくてやっぱり好き!とクララベルが熱い眼差しで見つめるとミランダは少し考えてこうアドバイスをくれた。
「見た目の話だけですと、最新のドレスを纏うことよりも【肌と髪の手入れ、自分に合う形と色】を徹底することです。若い時は面倒臭がらず沢山のドレスを試して自分を知るのです。そして美しく磨いた肌と髪は必ず自信に繋がります。
どんな時でも自信のある女性は美しく輝きます。クララさんも今はまだ若いからと手を抜いている部分に逆に目を向けてみると驚くほど効果がありますよ。」
クララベルは雷に打たれたようにショックを受ける。
そうか!最新のドレスを漁るのではなく自分に似合うものを選ぶのか!
クララベルは小柄で王都の女子達よりふっくらしている。そんな自分が細さを追求するドレスを纏ったところできっとそんなに冴えないであろう。
自分の体型を生かして何か長所を伸ばすような雰囲気を作る。これなら自分でも出来そうであった。
ヴィクトリアはミランダの話を聞きながら感心する。流石王太子妃の侍女長に若いながら抜擢されただけはある。
『彼女が側仕えを始めてから王太子妃はみるみる垢抜けたものよ。』
滅多に人を褒めないヴィクトリアがミランダのことは褒めちぎる。
クララベルはミランダのアドバイスを胸に一層の努力に励むのであった。
クララベルは生徒会執行部員の手伝いという名の小間使いも請け負った。ヴィクトリアとロイドから直接指導を受けるにはそこが適切な場所であったからだ。
学年の入学テストで首位をとったクララベルの抜擢に抗議する猛者は出てこない。
クララベルからすれば首位を取ることより、王都の垢抜け女子に変身することの方が万倍難しかった。
そこでは日々鬼軍曹2人によって特訓は繰り広げられる。
「先ず鈍臭い喋り方をやめろ。声が割れてるんだ、お前は。」
ロイドは容赦がなかった。
「えーーっと」
「えーーーっとを最初につけるな。洗練されて洒落た女は『えーーーっと』は付けない。喋り出す前に一拍置いて考えを纏めるんだ。それから話し出せ。
馬鹿!眼球を上に向けて白目剥きながら悩むんじゃない。相手の目を見ながら思慮深く振る舞え。馬鹿たれ!睨むんじゃない!!」
生徒会室はクララベルの仕草が可愛すぎて生徒会長以下のスタッフもついつい吹き出しそうになる。
クララベルは確かに王都の尖った美人からは程遠いのだが兎に角可愛らしいのだ。
無駄に美形が揃っている生徒会の中では異質とも言える。
美しいサラブレッドの並ぶ馬小屋に子リスが迷い込んできたようなそんな優しい風景……
しかし記憶力が抜群に良く、頼んだことを丁寧に仕上げてくれるクララベルは執行部の一員としてすっかり馴染んでいた。
ロイドとヴィクトリアの罵声が時々このように飛んではくるがそれすら可愛らしく目に映る。
「クララ、サンドウィッチは私たちは手では食べないの。ほら!ボタボタソースを零しては駄目。いい?ナイフとフォークで切り分けて一口サイズを口に運ぶの。」
「手、手掴みで食べちゃダメなんですね。」
「男性は許されるわ。でも私たちはダメよ。」
「え?!じゃあピクニックでサンドウィッチ出たらどうしたらいいんですか?!」
「淑女たるもの、見目麗しく食事ができないのなら果物だけで済まして手を着けません」
「ヒエェェェェェェ」
「そんな声は出してはダメ。」
ヴィクトリアは楽しいランチの時間であっても目に付いたことを指摘する。
だが言うだけではなく自分のお下がりを惜しみなくクララベルに与えていた。
サイズが小さくなった制服のジャケットはクララベルに与えスカートはそのまま本人の私物を着せている。使わなくなったリボンやピン留めもドッサリ渡した。
「短めの着丈が流行っているけれどナンセンス。ジャケットをキッチリサイズで体に合わせて着れば逆に上品に見えるわ。タイは結び目を大き目にして結ってごらんなさい。ほら。これだけでも垢抜けるでしょう?キチキチ解けないように結び上げることがダサいのよ。」
ヴィクトリアの言うようにリボンタイを締めればあら不思議。それだけで上半身が都会的に。
「クララは足が筋肉質で細いわね?何をしていたの?」
「うーーーーーーん。毎日古城の探検をしていたからでしょうか?私の領地は昔戦場でしたから古いお城が物凄く高く作られているんです。二段飛ばしで階段を駆け上がってもなかなか天辺に着きません。」
ヴィクトリアは呆れた。
自分は生まれた時から移動は馬車、運動は庭園を一周という生活である。
恐らく自分ではその古城の中二階まで上がることさえも大変であろう。
二段飛ばしなんか以ての外だ。
「クララちゃん、ご実家ではどんな遊びをしてたの?」
「馬に乗ることが一番好きでした。でも小さな時は流石に無理でしたからロバのミツルに乗ってました。そしてミツルと一緒に川のほとりでカエルをよく釣ってました!綿花を糸に括り付けて長い枝でピョコピョコしてると可愛い緑の蛙がたくさん取れるんです!」
ヴィクトリアはウゲェっと僅かに顔を顰めたが書記のオリバー・スコールはアハハハハと楽しそうに笑った。
「クララちゃんは何でも楽しそうに遊びそうだねぇ。」
侯爵家の気難し屋のオリバーがこのように声を出して笑うのは稀である。だがそれを聞いたロイドは何かが気に食わなかったのであろう。
「おい、そんなエピソード絶対にあちこちで話すなよ!」
と軽く睨む。
クララベルはハッとしたように振り返ると淑女らしく軽く首を傾げてみせた。
生徒会に入って半年後の仕草はドキリとするほど愛らしかった。
ロイドは不意をつかれグッと言葉に詰まる。
見た目も整い、喋り方も矯正されつつあるクララベルは最近非常に騒がれるようになった。
『頭でっかちの真面目ちゃん』と揶揄っていた女子生徒たちも最近の洗練されたクララベルには非難する点を見つけられないほどである。
クラスの男子は、賢くプルプル艶々の少女につい目を奪われるし話しかけたくて仕方ない。
田舎出の芋臭い雰囲気は鳴りを潜め、最近は仕草も品があり他の子と比べてもクララベルは人気者だ。
侍女の指導とヴィクトリアたち高位貴族を真似させられることでクララベルは入学時の田舎の少女から既に蛹くらいには成長していた。
そしてそんな頑張り屋さんのクララベルを思う男どもは少なくない。
ロイドはモヤモヤした気持ちを押し込めながら今日も嫌味たっぷりにクララベルを指導するのであった。
「馬鹿!嬉しいからって飛び上がるな!!」
ロイドの怒鳴り声に生徒会長は声を立てて笑った。
>>>>>>>>>>>>
その日は突然やってきた。
アランはいつも通り酒場に足を運びバイトをしていた。
毎月お小遣いをくれる伯爵夫人が来店する約束の日。きっと気の利いた贈り物もくれるだろうと思えば浮き足立ってもいた。
酒を注ぎ、化粧くさい母より幾つか上の伯爵夫人の頬に口付けをしてお礼を言う。
『ありがとうございます!』
こっそり渡された紙幣の厚さにニマニマした瞬間誰かに手を掴まれた。
そして人生の中の窮地に立たされたのだ。
あり得ない話ではなかったのだが、叔母がいつの間にか王都に遊びに来ており高級酒場でアランと鉢合わせたのだ。
「アラン!貴方何やってるの?!」素っ頓狂な声をあげて叔母は大声で彼の名を叫んだ。
そしてそのまま実家に告げ口したのである。
ドガ家は叔母からの報告に驚きを隠せない。田舎育ちで純朴だった息子が母親達と同じ歳の女の手を握りながら酒を酌み交わしていたなんて冗談かと初めは笑ったくらいだ。
しかし大騒ぎした叔母は酒場の店主から話を確り聞き出しその場でアランを回収した。
学園には話が回らないように手は打ったが、親には釘を刺して貰わねば!と怒りの形相でドガ家に早馬を出したのは親戚として当然である。
「クララベルはどうした?」
王都の寮に駆けつけた父親はアランを三発拳で殴りつけた後、鬼のような気迫のまま聞いてきた。
「…………知らない。」
「は?何を言ってるんだ。会いに来ただろう?」
アランは父親に正直に話せば再び殴られると頭を抱えたまま蹲っていた。
このように叱られたのは人生で初めてである。
大柄な父親は元来穏やかで、母の方が余程口煩い性分であったのだ。
そこにリンドバーグ家の次兄、ザカリー・リンドバーグがやって来た。
ドガ子爵に呼び出されたのである。
やっと次兄が登場ですが台詞ゼロ〜