治療をしよう
馬車の中には荷物とともに三人の使用人が乗っていた。男性二人に女性が一人。三人とも年齢も高めのようだし、皆をまとめるような立場なのかもしれない。
「すみません、街に入るまでお世話になります」
「おいおい、こんな狭いところにガルーまで乗せるつもりかよ」
「すみません、ですが子爵様には一応許可を頂いています」
ガルーは珍しいということを考えれば、子爵の一行に紛れていても怪しまれないとも限らない。そんなわけで出来れば隠しておきたいのだ。
「けっ」
悪態をついた男も、子爵が許可したというのがわかれば文句は言いつつも素直にスペースを空けてくれる。ほかの二人も急に乗り込んできた私たちに思うところがあるようで警戒したような視線を投げてくる。
乗り込んだ馬車はただの荷馬車なのだと思う。椅子もなく座るための設備はない箱型の空間に旅の荷物なのか木箱が積み込まれている。窓とは呼べないような換気口らしきものが上部に開いているだけで閉塞感が強い。
私たちが乗り込むと馬車はガタガタと音を立てて進みだした。
揺れる馬車の中でカンちゃんの背中からオルトを下して横にすると、狭い車内は余計に狭くなる。上等な馬車じゃ無いだろうから、振動も直に伝わるので先に乗っていた彼らはそれぞれが何かをクッション代わりにお尻の下に敷いている。
木板の床に直は可愛そうなので、オルトの頭の下に枕代わりに着替えを差し込んだ。
「あんたら何者?」
「何者と言われましても、ただの旅人です。それより薬師はいませんか。出来れば彼を見てほしいのですが」
「なんでぇ俺がお前の連れの面倒を見なきゃならねぇ。俺はあくまでも旦那様の健康管理が仕事だぜ」
最初に悪態を付いてきた男が薬師だったらしい。
40歳くらいのウェーブの掛かった緑髪の男だ。きれいな黒髪という意味でなく文字通り緑色の髪をしている。
「薬だって旦那様に何かあった時のために持ってきているんだ。勝手に使うことはできねえんだよ」
「はぁ、まあそういうことでしたら」
素直に引き下がる。しばらく厄介になるのに波風立てるのはよくないものね。子爵が治療を約束してくれたので後でお願いしよう。街からの距離はそこまでないし、降りてすぐでも大丈夫だろう。それに子爵専属ということなら腕は確かだろうしね。
本格的な治療は任せるとして、とりあえず私は私にできることをしよう。
「カンちゃんはこれ食べてて。オルトのこと運んでくれてありがとうね」
「がるるぅ」
カンちゃんを人撫でして荷物から豆を渡すと、嬉しそうな声をあげてぽりぽりと食べ始めた。それを横目に包帯や薬の類を取り出す。
「ロニー君、手伝ってくれる」
「はい」
オルトの服をはだけさせて患部を露わにする。
「ちょ、ちょっと、こんなところで何してるんですか」
「すみません。傷の具合を確認したくて……ご迷惑でしたか」
今度は薬師じゃなくて女性の使用人から声を掛けられる。
「迷惑とかそういうことじゃなくて」
ん。
よく見ると女性の顔がほんのりと紅い。つまり若い男性の裸が恥ずかしいのかしら。いや、まあ、オルトのたくましい胸板は魅力的だけど、この人そんな小娘って年じゃないよね。
もしかして私の態度ってこっちの世界の基準からするとはしたないのかな。
「え、えーと。すみません」
「まったく、もう……」
何と言っていいかわからず私はとりあえずそういった。そうして彼女の視線からオルトを隠すように位置を調整してお腹に巻かれた包帯を解いて行く。
「水を出してもらっていい」
「はい」
荷物の中からロニー君が水の精霊石からお椀に水を注ぎ入れる。私はタオルを湿らせると患部の周りの血や泥汚れを拭っていく。
それが終わると傷口に塗られた軟膏も一度きれいに拭い取った。止血は出来ていても傷がふさがったわけではないので新しい血がつぅっと流れる。
ロニー君は出来ることをしてくれていたけど、正直その処置は雑だと言わざるを得ない。
まあ、子供ということもあるけど貴族の子息として育った彼に何でも期待するのも酷というものだろう。
それでも止血が出来ていただけでも十分だ。それがなければ失血死していた可能性も否定できないんだから。
傷口の周りをきれいにして、アルコール消毒をしたいけどそんな医療用のものはないので、マジで喉が焼けそうなほど度数が高いお酒で殺菌消毒する。それから軟膏を再び塗――。
「おい、それは刺し傷だろう」
「え?」
「それは刺し傷だろう」
急に掛けられた声に一瞬きょとんとしていると、再び同じことを訪ねられた。もちろん、聞いてきたのは薬師の男。いつの間にか回り込んでいてオルトの傷を覗き込んでいた。
「あ、はい」
「ならば酒は表面だけでなく中にまでかけてやれ」
「中にですか」
「何で酒を掛けた」
「それは、傷口まわりの消毒ですけど」
「それがわかってるならわかるだろう。刺し傷の場合、深い部分から膿むこともある。止血の軟膏で傷を塞いだのに中から腐るということもあるからな」
「あっ」
薬師の言う通りだ。私の腰のナイフは護身用と言いながら、食材とかその辺の草とかいろんなものを切ったりしてるからとてもじゃないけどきれいとは言えない。この世界にも殺菌のような考えがちゃんとあるんだ。
っていうか、口をはさむなら治療してくれてもいいのに。
もしかしてツンデレなの?
それでツンデレのつもりなの。
しかもおっさんのツンデレって……。
「ありがとうございます」
「見る限りまだ傷は新しそうだな。まだ、膿は溜まって無いだろうから、傷口を開いて酒でしっかり洗えそうすれば膿むことはねえだろ」
「き、傷口を開くのですか」
ロニー君が小さな悲鳴をあげている。
つい最近、大怪我をしたばかりのロニー君には痛みが想像できるのだろう。私も正直気が咎めるけど、必要なこととあればやるしかない。
「オルトを抑えてくれる」
「は、はい」
気を失っていても痛いものは痛いのだ。
ロニー君が抑え込んだのを見て私はオルトの傷口をぐっと開いた。まだくっついていなかった傷口がぱっくりと開いて生々しい赤い肉が顔を出す。その瞬間、オルトがうめき声をあげ身体にぐっと力が入ったのがわかった。ロニー君が動くオルトの体を抑え込んでいる隙に酒を流し込む。
血がにじむ。
赤の混じったアルコールが筋肉に覆われた腹部から零れて床に滴った。
「ごめん」
何度口にしても軽くならない心と向き合いながら、傷口をきれいに拭って今度こそ軟膏を塗って包帯を巻いた。
じっと覗き込んでいた薬師は満足したのか、自分は関係ないとばかりにとそっぽを向いた。
よくわかんないけど、これでよかったんだろう。
「それじゃあロニー君も服脱いで」
「な、なぜ、僕が」
「ロニー君も傷口が開いてるんでしょ。治療するわよ」
「だから、僕は大丈夫ですって」
「いいから、いいから」
こんな狭い車体の中で逃げ道なんてないのだ。徐々に詰め寄る私から遠ざかろうとしても無駄だよね。
何を嫌がってるのかわからないけど、私は追いつめたロニー君を一瞬で引ん剝いてやった。さっき恥ずかしそうにしていた女性の使用人がこっちを見ていたのはなぜかしら。




