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自分たちが不審者だという自覚

 街が見えなくなったらすぐにでも身を隠そうと考えていたのだけど、街道沿いの道は見通しのいい草原が続いていた。こんな事ならゲナハドと戦った近くの林の奥で身を隠したほうが良かったのかもしれない。そんな考えがちらと浮かぶ。

 草原だと追手が来ればすぐに気がつくという利点はあるけども、街道から外れて姿を隠しても火でも焚けば簡単に見つかってしまう。


「これってもしかしてレムリアに続いてる道なのかな」

「レムリアですか? 確か帝国との国境の街でしたよね」

「そう、私とオルトはそっちから来たんだけどこんな感じの道だった気がするんだよね」


 方角的にもそうだからという理由も含めて何となくそう思う程度の話だ。

 故郷の森なら生えている木々や岩、見えている山の形でだいたいの位置はわかるけど、それはあくまでもよく知っている場所だからで見渡す限り草原という場所じゃ区別はつくはずもない。それほど詳しい場所でもないのに場所を把握できるロニー君が変なのだ。


「もしそうだとしたらこの先の道がどうなってるかわかりますか?」

「どうだったかな。しばらく草原が続いていたのは間違いないんだけど……」


 改めて考えてみてもよく覚えていない。

 確か森を抜けて幅の狭い小川の傍を歩いた気がする。そのまま、なだらかな斜面を下りながら木々が少しずつ減っていき草原になっていたはずだ。

 そういえば、そのあと小さな丘を一つ越えたと思う。


「たぶん、あの丘を超えたら森が見えたんじゃなかったかな」

「それくらいなら大丈夫そうですね」

「本当にこの道がレムリアに続く道だったらって話だからね」


 もっとも見えている丘も見通しのいい場所での話なので結構な距離はありそうだ。まだ20分から30分は掛かるだろうと、後ろを振り返ってオルトの様子を伺った。

 意識を失ったままなのは変わりないけども、呼吸はちゃんとしているし顔色も少しだけど戻っているような気がする。後ろを向くたびにカンちゃんが小首を傾げる仕草が可愛くて、状況とは裏腹にほっこりした気持ちになってしまう。


「大丈夫ですよ。アイカさんが間違えるはずありませんから」

「はは、そんなことないって」


 私はいつの間にこの子の信頼を勝ち取ってしまったのだろう。たしかにロニー君の前では出来る女を演じていた気がするけど、失敗や判断の誤りも見せていたと思う。


「ロニー君は大丈夫?」

「はい。さっきも言いましたけど、お腹の傷は大したことないです。確かに剣を振っていた時に傷が開いて少しだけ血は出ましたけどまた治まってますから」

「そうはいっても、歩くだけでも辛いんだよね」

「何度も言いますが、そんなに子供扱いしなくて大丈夫ですよ」

「いや、子供扱いというより貴族は基本的に馬車に乗って移動するイメージだから」

「あー、まあ、そうですね。確かに街中でも移動に馬車を使いますし、そういう貴族がいるのは否定できません。でも、貴族の仕事は座ってやることばかりじゃありません。剣術の稽古もしていますし、体力もそれなりにあります」

「そっか」


 とはいっても一日中剣術の稽古をするわけがないだろうし、ただ歩くだけでも結構きついのだ。島育ちで体力があると思っていた私だって、一日中歩くのは厳しかった。それにカンちゃんがオルトを運んでいるので、荷物は私とロニー君で分担しているから肩や腰にも負担が掛かる。


「アイカさん」

「ん、どうしたの」

「丘の向こうから人が来ます」


 小高い丘に人影が見えてきた。

 それも一人や二人じゃない。一団といってもいい人数である。歩いている人だけでなく騎乗しているものもあった。


「たぶん、貴族です」

「こんな時間に?」

「遠くて家紋が見えませんが、騎兵もいますし馬車も立派ですから」


 私たちが街を出たのは真夜中。

 そこから日が昇るまで身を隠していて、それから街道に出たところをカグフニに襲われたのだ。濃厚な時間が流れたけども、まだ朝なのだ。

 一般的に街や村を出発するのは朝方だとオルトが言っていた。街や村の間隔は離れていても半日くらい歩けばつくような場所にあるからである。もちろん、例外はあるんだろうけども、街の外では鬼獣がいて襲われる危険があるので野営せずに夕方までに移動を終えようと思えば、必然的に朝に出発するしかないのだ。


「近くに街か村があるのかな」

「わかりません。でも……」


 私とオルトはレストア方面から来たけども、一つ前の村はそこまで近くはなかった。もちろん、同じ道を通っていても違う村か街を通ってきた可能性はあるけど……うん、わからないことをうだうだ考えてもしょうがないよね。


「どうしたらいい。すれ違うだけで何かあるとは思えないけど」

「そうですね。僕たちはそれなりに怪しいですから」


 カンちゃんとオルトを振り返ってロニー君が答える。

 ルーデンハイムの出来事を知らなければ、閉鎖されている街から出てくる旅人がいても変に思われる可能性はないと思う。

 けども、成人男性をガルーに運ばせているという状況はどう見ても怪しいのだ。オルトが怪我人だとしたら――実際に大怪我を負っているわけだけど――街に向かうのではなく街から離れているというのはどう考えてもつじつまが合わない。


「とりあえず、ウィッグ頂戴。この髪は目立つし、レムリア方面から来てるなら隠しておきたい」

「そうですね。分かりました」


 ロニー君が荷物から赤毛のウィッグを取り出した。汗が付いているからと、ロニー君が返してくれなかったものだけど状況は理解してくれた。レムリアの宿屋での出来事を考えれば、レムリア方面からのやってくる貴族に対して警戒していて損はないと思う。


「他にできることってあるかな」

「普通でしたら貴族の通行を邪魔しないように道を開けて頭を下げていれば何か言われることはありません」

「いまから姿を隠すにも無理があるよね」

「はい。隠れる場所もないですし」


 むしろ怪し過ぎるくらいだ。周囲はほとんど起伏のない草原で、こちらから相手を視認できているということを向こうも気付いている。まさに、いまさらである。


「絡んでくる可能性ってあると思う」

「微妙なところだと思います。彼らも目的があってルーデンハイムに向かっていると思うんです。しかも、こんな朝に。こんな言い方は酷いかも知れませんが、貴族の多くは率先して平民と関わろうとすることはありません。たとえ目の前に怪我人や病人、あるいは犯罪者がいたとしても、自分に利益がなければ無視します」

「ロニー君も」

「意地の悪いことを言わないでくださいよ。病人がいれば出来る限り助けようとは思います。でも、病人の振りをして近付いて暗殺を試みるということもあるので迂闊に近づくなと教えられてきましたので、貴族としてどちらの対応が正しいのかと言われると――」

「ごめん。そういうことか。じゃあ、とりあえず普通の対応をしてみようか」

「はい」


 正直、五分五分と言ったところだろうか。

 話している間に徐々に詰まっていて距離が目と鼻の先となったところで、私達は街道のわきに身を寄せて一行の邪魔にならないようにした。

 先頭には騎乗した兵士が二人、その後ろに徒歩の兵士が10数人、彼らに囲まれるように貴族が乗っているであろう豪華な馬車が過ぎていく。その後ろにもう一台の馬車がいる。


 お願い、そのまま通り過ぎて。

 私はそんな風に願いながら、頭を下げて足元くらいしか見えないまま様子を伺い続ける。

 豪華な馬車の後ろには装飾の少ない馬車が続いていく。おそらくは貴族の付き人とかそういう人達が乗っているのだと思う。それでも従者の中では位の高いものたちなのだろう。一般的な使用人らしき人達は集団の後ろを歩いていた。


「止めろ!」


 私の願いも虚しく、使用人たちの半分ほどが通り過ぎたところで張りのあるよく通る声が響いた。号令を聞いた一行が一時停止ボタンを押した時のようにぴたりと止まる。

 

「子爵様。どうなされましたか。やはりガルーを――」


 兵士が馬車に向かって話しかけているのが聞こえてくる。しかも聞き捨てならない言葉である。私たちが怪しい事ばかりに目を向けていたけど、カンちゃんの貴重性をうっかりしていた。

 すれ違うまでに平民からガルーを取りあげようみたいな、話をしていたのだろうか。で、一応、「ほっとけよ」みたいな流れになっていたけど、やっぱりほしくなったとか。

 私もロニー君もどうすることもできないので頭をさげたまま様子を伺うのみである。

 兵士のうちの数人が私たちの方に向かって近付いてくるのがわかる。

 子爵の命令で馬車が止まったとはいえ、近くに怪しげな平民がいれば何かあった時のためにと考えているだろう。

 

「子爵様、危険です」


 慌てるような兵士の声で、子爵とやらが馬車を下りたのがわかった。その足がそのまま私たちの前まで進み止まる。


「顔を見せろ」


 五分五分の賭けに負けたらしい。

 貴族の言葉を無視するわけにもいかないので、素直に顔をあげてみるとそこにいたのはレムリアの孤児院のときの子爵様だった。

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