どっちに進むか
待っていてくれた人、ありがとうございます。
4章が大体まとまったので再開します。
週一ペースになると思いますが、引き続きよろしくお願いします。
4章が大体できたので更新を再開します。
週1くらいの更新になると思いますが、引き続きよろしくお願いします。
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それぞれが動き出す。
カグフニに連れられていた兵士たちはてきぱきと二つのチームに分かれた。一つは三尾の妖獣であるゲナハドを守る者たち。守るといってもあくまでも鬼獣や獣達に死骸を荒らされないようにするためだ。
そして残りの兵士たちは街の方へと引き返していった。ゲナハド討伐の報を伝えるために。
「カンちゃん、しゃがんでくれる? それとロニー君はオルトの右腕をおねがい」
「がるぅ」
「はい」
気を失っているオルトをカンちゃんが運びやすいようにと体勢を整えて固定する必要があった。カンちゃんが私の言葉を理解するといっても、「背負って」といってそれを実行できるだけの知恵はない。
女の私と男と言ってもまだまだ小柄なロニー君ではオルトの身体を起こすだけでも一苦労だ。それでも試行錯誤を繰り返しながらカンちゃんの背中に固定する。
「大丈夫そうね」
「これからどうしますか。少しでも早くオルトさんをきちんと治療したほうがいいと思いますが」
「私もそう思う。ロニー君はここから一番近い村とかわかる?」
「おそらくですけど、カンジャの村というのが歩いて半日ほどの距離にあったと思います」
「それはこの林に続いている街道沿いってことだよね」
「はい。たぶん僕たちがいるのは東門から北に進んだ街道沿いだと思うんです」
太陽の位置で北寄りの東に進んでるくらいはわかるけど、ロニー君には周囲の景色とかでだいたいの位置がわかっていたらしい。たぶん、街から脱出するときも目隠しされていながらも当りを付けていたんだと思う。本当に賢い子だよ。
「反対側はどう?」
「え、このまま真っ直ぐ行かないんですか」
ロニー君が不思議そうな顔で振り返る。
街道沿いを進んで半日という距離が果たしてオルトの今の状態で大丈夫だろうかという不安がある。
ロニー君の手当で傷口は塞がっているようで出血がないといっても失った血が戻るわけでもないし、カンちゃんに運ばれていれば振動が身体にダメージを与えないとも限らない。
出来る限り早急に安静にした方がいいと思う。
ちらりと街のある方を見るけども、当然そっちに行くのもまず無理だ。
「追手の警戒しているんですか」
「うん。さっきの兵たちがすぐに情報を漏らすことはないと思うけど、警戒していて損はないと思う。いつまで安全かなんてわからないからね」
「逆に進んでエストレア領に入れば確かにイーレンハイツ側の追手は付きにくいとは思いますが」
領都から離れてしまいます、と続く部分はなかったけども、ロニー君の顔を見ればわかった。一刻も早く領都に向かいたいという気持ちがあるのはわかっている。
父親の死、そして兄の裏切り。
お兄さんが領都を掌握してしまう前に戻りたい、と思っているんだろうけど2週間という時間はお兄さんにとって大きなアドバンテージだと思う。飛行機や新幹線がないこの世界で大幅な時間の短縮はできない。
あれ、できないっけ?
「うん。やっぱり逆にいこう」
私とオルトは元々レムリアという街からここに来たけども、そこはイーレンハイツ領ではなくロニー君が言うようにエストレア領に位置する。
レムリアでは逃げるように街を離れたから戻ることはできないけども、途中にあった分岐で別の街に向かうことも可能だ。
「でも、それじゃあ」
「ロニー君の言いたいこともわかってる。でも、ここからまっすぐ領都へ行く道を辿ったら確実に相手の妨害を受けることになるよね。避けようと思えば――」
「遠回りになるって言いたいんですよね。でも、だからってエストリアに入るのは遠回りどころじゃないですよ」
「ええ。だけど、領都に行く方法は一つじゃないわ」
「確かにルートはたくさんありますけど、でも逆方向とまでは言いませんが、遠ざかるのは間違いないです」
「ふふっそうじゃないわ。私が言いたいのは歩いたり馬車に乗ったりする以外にも道があるってこと」
「……まさか!」
「そういうこと」
私はしたり顔でうなずく。
もともと、私とオルトはイーレンハイツの領都から鉄道でノーブレンに向かう予定だったのだ。各地の領都と中央都市を結ぶ精霊工学の結晶ともいうべき高速鉄道。一見すれば遠回りをしているように見えるけども、最終的に掛かる時間はほとんど変わらないと思う。
「さすがです。ここからならエストリアの領都までのほうが少し近いくらいです。エストリア領に入れば追手も大っぴらには動けないはずです。案外、遠回りに見えてもこっちの方が早いかもしれないです」
「ね。じゃあ、早速進みましょうか」
「はい、それなら一度街の方に向かいましょう。分かれ道が街に入る前にあるはずです」
「領内の街道すべて覚えているの?」
「当たり前じゃないですか」
「そ、そう」
いや、当たり前じゃないと思うよ。
私は小さな島出身で、そこは道自体が少ないからすべて覚えているけど、それでも毎日のように通ったりしているからこそ覚えている。ロニー君は公子だから自分で歩くことはないだろうし、そんなにあちこち動いたりすることはないはずなのだ。
つまり地図のようなものをみただけで覚えたというのだから、その異常性がよくわかる。カグフニのマイナス教育があったことを考慮すれば、天性の才能なんだろう。
そんなことを考えながら歩き始めた私たちはすぐに街道の分岐点を見つけて街の姿を背にしながら反対側に向かって歩く。
「もしかしてこの先で一番近い村も分かったりするのかな」
「すみません。この先はエストリア領になるので知らないです。でも、基本的に半日程度歩けば街や村はあるはずなんですよ。護衛を雇っていても夜は危険ですから」
「そういえばそうね」
召喚されたアンダートの森近くのユルイスという街は、外れにある街の所為かレムリアに至る街道沿いで村は見かけなかったけども、レムリアからルーデンハイムに入るときは一度も野営はしていない。
そう考えるとロニー君の言っていることはおそらく正しい。
というか、この道ってそもそもレムリアに続いている道に似ているような気がする。
出発して10数分くらい、背後に見えていた街の姿はすっかり見えなくなっていた。たぶん、1キロくらい歩いただろうか。特に後を付けてくるような影は見ない。
と、後ろを振り返った私はカンちゃんと目が合った。
おっさんくさい挙動が多いのに、くるんとしたつぶらな瞳で語り掛けて来られるとそのギャップに思わずきゅんとする。
でも、可愛らしい顔のすぐ横にうなだれているオルトの頭を見れば忘れることのできない現実を思い出す。唇までも紫色になっているのだ。
「もう少し街から離れたら街道から外れようか」
「どうかしたんですか」
「やっぱりオルトに半日の移動はきついと思うんだ」
「休憩します?」
「ううん。そのまま野営の準備をしたいと思ってる。野営が危険なのはわかってるけど、カンちゃんがいれば多少の鬼獣くらいはどうにかできると思うから」
「僕もいますよ」
腰に差した剣に手を触れながら口を尖らせるロニー君は相変わらず可愛らしい。けど、戦ってくれようとすること自体が問題なのだ。
「別にロニー君を子供扱いしてるわけじゃないの。ただ、さっきのあれでロニー君、傷口が開いたんじゃない?」
「えっ」
おもわずぎくりと効果音が聞こえそうなほどロニー君が言葉に詰まった。振る舞いは気丈で、見落としてしまいそうだけどオルトの身体を持った時に顰められた顔を私は見逃したりしていない。
ほとんど塞がっていた傷だけど、完治したわけじゃない。あれだけの大立ち回りを演じてなんともないはずがなかった。
平気そうな顔をしているロニー君に私は甘えていたのだ。
「ごめんね。本当はもっと前に気付いていたの」
「大丈夫ですよ。そんなに酷いわけじゃないですから」
「酷くはなくてもやっぱり開いているんでしょ。だからね、きちんと治療しよう。それに私の手でオルトの治療をしたいの。精霊術を使うのはちょっと怖いけど、でも、私にできることをしたい。だから――さっきみたいに私を縛ってくれないかな?」
ロニー君が歩みを止めた。
精霊術を使ったからといって、アルバートがいなければドンちゃんが何かするとは思えない。それでも怖いのだ。
私の気持ちを理解したのだろうロニー君が唇を引き締めながら頷いてくれた。