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戦いの後(2)


「どういうことだ」


 さっきまで成り行きを見守っていたロニー君が気配の変化に敏感に反応する。兵士が言いよどんだことであっても、立場が上のロニー君に聞かれても応えないわけにもいかない。一瞬、どうしようかと悩んだ顔を見せた兵士だったが、諦めのようなため息をついた。


「その様子ですと、やはりご存じなかったのですね。ロニトリッセ様がゴレイク討伐戦に出陣しているとお伺いして妙だとは思っていたのですが」

「もったいぶらずに話せ」


 刃物のように鋭い声に兵士が姿勢を正す。しかし、すぐに答えるわけでもなく私とオルトの方をちらちらと視線を泳がせる。


「二人のことは気にするな」

「はっ! 大変申し上げにくい事ですが、公爵様はお亡くなりになられました」

「なに? 父上が!?」


 目を見開くロニー君。


「ロニトリッセ様が領都を出発されて数日後の事です。そのことは風の精霊術で連絡が行っているはずですが……」

「どういうこと?」


 言葉を失っているロニー君の代わりに聞き返す。


「公爵様が亡くなられたのですから、当然ご連絡はしてあるはずです。そもそも我々が派遣されたのも、ロニトリッセ様が領都に戻られるためにゴレイク討伐の指揮を取るためでした」


 なるほどロニー君の護衛以外にイーレンハイツ兵がいた理由はそれだったのか。

 兵士のいうことに不自然なことはないのだけれどもカグフニの行動が解せない。連絡がロニー君に直接届くとは思えないから、カグフニが情報をシャットアウトしたんだろうけど、普通に考えてロニー君の帰還中にゲナハドに襲わせたほうが都合がいい。ゴレイク討伐の最中だと、他領の軍も来ているし失敗する可能性はある。というか実際に失敗しているのだ。

 ロニー君を守る兵が少ない方がいいはずなのだ。

 なにかそうできない理由があったのか。

 っていか風の精霊術の連絡ってなに?


「つまり、いまの領都はお兄さんの支配下にあるってこと」

「それは私には――」

「父上が亡くなったのなら、兄上が公爵代行になっているはずです。現当主が亡くなった場合、継承権のあるもののうち順位の上の者が代行となる決まりがあります」

「ん? 継承順位の一番上ってロニ…とリッセ様じゃないの」

「はい。でも、私が領都にいないので仮という形になりますが兄上が代行となります」


 ロニー君が父上の死という衝撃から立ち直り兵士に代わって私の質問に答えた。その顔は辛そうだ。カグフニの裏切りだけでも精神的に大きな衝撃を受けていたのに、それ以上の言葉を聞かされたのだから無理もない。

 本当に強い子だ。


「ただし正式に公爵に任命されるには、他の公爵様たちの承認が必要になるので半年くらい先になるはずです」

「でも、一時的とはいえ代行としては認められるということね」

「僕がいない限りは」

「それで、早く帰らなきゃ不味いってことね。でも、ますます領都に戻るのが危険に思えてきたわ」


 第二子といえ正妻の子であるロニー君の方が継承権は高いが、その場にいなければどうしようもないだろう。あるいはゴレイク討伐戦の最中に妖獣が現れてすでに死んだことにされているかもしれない。

 そうか、ゴレイク討伐戦の最中に襲わせたのは他領の兵士たちにもその姿を見せて商人とする目的もあったのかもしれない。

 もう一つは、時間稼ぎってことかな。

 万が一失敗していたとしても、ロニー君が領都に戻るまでの間に代行として公爵の持っている権限を掌握するための時間がほしかった。もちろん、権限があるからといって直接的にロニー君討伐の軍が派遣されることはないと思うけど、領都へ戻る道は険しくなる。


「どうするの」

「死因は?」

「申し訳ありませんが、一介の兵士である私には――」

「だろうな。だが、私が領都を出るとき父上の健康状態は良好だった。突然死というのも無くはないが……、いや、憶測で物をいうべきはないな。だが、少なくともなるべく早く領都に戻らなければならないというのは事実だな」

「でも、簡単にはいかないわよ」

「わかってる。わかってるが……」


 どうするにしてもここで結論を出す必要はない。すでに公爵は死んでいて、領都ではお兄さんが権力を握ろうと画策している。ここから領都まで二週間かかることを考えれば、一分一秒急いでって時ではないと思う。相手は時間を掛けて計画を立てていたのだ。付け焼刃の策で打開できるとは思えないもの。


「うん。そうだね。私もどうしたらいいかはわからないわ。だから、まずは落ち着いて考えられる場所に移動しよう。オルトのこともあるしね」

「しかし、そのような悠長なことは――」

「ロニー君はどうしたい?」

「そうだな。君たちが本心から私の護衛を買って出ようとしているのはわかる。だが、済まないが私はこの者たちと共に行きたい」

「で、ですが、彼らがロニトリッセ様を誘拐したわけでないことはわかっていますが、だからといって全面的に信用するのはいかがと思います」

「それは君たちも同じだよ。君たちはイーレンハイツに仕える兵士だ。公子である私の命令よりもイーレンハイツ公爵の命令が優先されるだろう。いや、優先しなければならない。それが軍人というものだ。兄上がどのような手を使うかはわからないが、そうなった場合君たちがそれでも私の側についてくれるという保証はどこにもない」

「そ、それは……」


 即答できなかった時点で答えは出てるね。カグフニの命令を不自然に思いながらも、軍人なら上の言うことを聞けと言われて足を止めなかったのが彼らなのだ。つまり、いざとなれば裏切る。まあ、裏切るって言い方は違うかもしれないけど。


「反してアイカさんやオルトさんが私を裏切ることはまずないよ。利害関係もないのに助けようとしてくれたいい人だからっていうんじゃ納得しないだろうからいうとね。先ほどの一件で私たちの利害は一致している。

 私も二人と妖獣を使役していた男との関係はわからないけども、少なくとも敵対していることは間違いない。そんな相手と兄上の陣営が組んでいる以上、裏切ることはないだろう」


 そこまで言われたら兵士にも何も言えないようだった。

 でも、それではいそうですかとは引き下がれないのもイーレンハイツの軍人だからだろう。イーレンハイツの軍人である以上、要人であるロニトリッセ様を守るというのも使命なのだから。だったら、背中を押してみよう。軍人って言っても人間だしね。


「私たちをこのまま行かせたからって、あなた達のイーレンハイツ兵としての矜持を失うことにはならないわよ。むしろ軍人としての仕事を遂げられるんじゃないかしら」

「どういう意味だ」


 聞き返してきたのは兵士の方だけど、ロニー君も何を言っているんだと首を傾げている。


「そこにゲナハドの死骸があるでしょ。それをあなた達にあげるわ」


 街が封鎖されているのにはロニー君誘拐犯である私たちを捕まえるという目的もあるけども、当然街の近くで目撃されたゲナハドを警戒している意味もある。

 そのゲナハドが討伐されたのだから、その朗報は伝えるべきだろう。

 兵士の目の色が僅かに変わる。

 三尾の妖獣の討伐は偉業なのだと思う。


「英雄になれるかもしれないわよ」

「……!!」


 決して討伐できないレベルの化け物じゃないんだろうけども、ゴレイク討伐に集まっていた兵たちから多くの命を奪ったのだ。それだけでなくルーデンハイムの住民には近くに化け物がいると恐怖を与えた存在である。そんな妖獣を倒したということになれば名声も得られるだろう。

 たとえそれが自身の手によるものでないとしても、名声というものは甘美な響きを持っている。


「軍人としてロニトリッセ様を守りたいという気持ちはわかるわ。でも、ロニー君は私たちと進むことを決めているんだし、彼の言い分にも一定の説得力があることはわかるでしょ。それで足りなかったとしても軍人としての務めとして、領民の安全のために戦った実績があれば問題ないんじゃないかしら。

 ここで戦闘があったことは隠しようがないと思うけど、その相手が私たちだったってわかるものはないもの。だったら、私たちには遭遇しなかったとしても可笑しくはないと思う。それどころか仲間に犠牲を出しながらもルーデンハイム近くに潜んでいた妖獣の討伐を成し遂げたとなれば疑われるどころか称賛されるんじゃないかしら」


 自然と周囲へと目を向けるイーレンハイツの兵士。

 倒したのは自分たちではない。それでも、そこに死骸があれば戦った証拠としては十分だ。このまま私たちを逃がせば、ひょっとすればお咎めがあるかもしれない。ロニー君を守りたいという気持ちの中に、そういう部分もあったのだろう。

 それをゼロにする、むしろプラスに持っていけるのであれば私たちを逃がしてもいいんじゃないか。上からは情報を秘匿された上に、理不尽な戦闘に駆り出されて仲間を複数も失っているのだ。

 そう考えれば少しくらい旨味があってもいいんじゃないだろうか。それに私たちはロニー君の敵ではなさそうだし、本人もそれを望んでいる。

 そういう思考が彼らの中で行われたのだろう。

 しばらく熟考した後、彼らは私たちの申し出を受ける方を選んだのだった。

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