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裏切りの理由

 振り下ろされる凶刃に対して私には何もできることはなかった。

 いくらロニー君にナイフを突きつけているといっても、傷つけるつもりがないと見抜かれていては意味がない。相手は剣を毎日のように振り続けている兵士、自らが守るべき公子に触れることなく私を切りつけることなど容易いのだろう。

 

 私の命を刈り取ろうと、スローモーションのように銀色の刃が近付いてくるのを黙ってみているしかなかった。

 諦めたつもりは微塵もない。

 でも、出来ることが何もないのだ。

 せめてもの抵抗とばかりに私は兵士をにらみつける。


 ――。


 私の眼光に兵士を止めるだけの力があるはずもない。

 だけど、その時は一向に訪れてて来なかった。

 視線をずらしてみれば兵士の剣を受け止めているのは、もう一つの銀色の煌めき。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 慟哭。

 ロニー君の口から絞り出すようにして悲痛な叫びが上がった。

 「いざとなれば僕も戦います」と口にしたロニー君のために、私の腰に下げてあった剣がいつの間にか彼の手に握られていた。


「ロニトリッセ様?」


 まさか助けようとしている対象から剣を受けると思っていなかった兵士が動揺の声をあげ、力が弱まった瞬間にロニー君の剣が相手を押し返した。私がナイフを突きつけていたせいで、その首からは一筋の血がにじみ出ている。慌ててナイフを引いた私と反対にロニー君が前に出る。


「あああああああああああああ」


 声にならないような叫びとともに剣が振るわれ、慌てて兵士もその剣を受けようとするが体格差をものともせずに兵士を無力化する。

 剣術のことはわからないけども、ロニー君のそれが子供が剣を振り回しているのと違う確かなものだということくらいはわかった。

 生業としての兵士よりもロニー君の方が強いとは思えない。が、オルトの守りを突破した兵は一人またひとりとロニー君の手により切り伏せられていく。それはおそらくイーレンハイツ兵もまた本気を出せないからだろう。


 離れたところでカンちゃんが戦い、少しの距離を置いてオルトが私とロニー君へ兵士が来ないように守る。二つの壁を突破した僅かな兵もロニー君を相手に攻めきれずにいた。


 どのくらいの時間が経っただろうか。

 20人近い兵に囲まれて絶望的な状況だったというのに、気がついてみれば私たちの周りにはイーレンハイツの兵士たちが死屍累々と転がっていた。


「なぜだ。なぜなんだ。なぜっ……!!」


 切っ先を地面に落としてうなだれたロニー君が叫ぶ。

 まさかこれだけの戦力を持って負けると思っていなかったのだろうカグフニは腰を落とし顔を青白くさせながら、現実が受け入れられないとばかりに首を振った。


「ば、ばかな……」

「カグフニ。なぜだ。なぜ私を裏切った」


 ロニー君を先頭にカグフニを取り囲むようにしてオルト、カンちゃん、私と続く。自分のこの先の運命を理解しているのか蒼白となりながらもロニー君をにらみつける。その目に宿るのは恐怖でも怒りでもなく、怨嗟というような恨みのこもった目。


「なぜ裏切った? ははっ、おかしなことを仰る。裏切るも何も私はそもそも貴様に忠誠を誓った覚えなどないわ」


 忌々しいとばかりに吐き捨てるような言葉に糾弾しようとしているロニー君は一歩後退する。物理的な力はないのにもかかわらず、言葉の暴力で殴られたように。


「私の本名はカグフニ=アルバラードだ。そういえば貴様にもわかるだろう」

「アルバラード……まさか……」

「ようやく理解したか。元々私が貴様の兄君、ハルクリッセ殿下にお仕えしていたのは姉であるメラニー様の口添えがあったからだ」


 なるほどね。

 話が見えてきた。メラニーというのが第二夫人ってことか。つまりロニー君のお兄さんはカグフニの甥っ子にあたると。そりゃあ血のつながりのあるハルクリッセとかいうのが次の公爵になった方がいいと考えるのも無理はないか。


「だが、カグフニは確かランカスター家の――」

「養子だよ。不思議な話でもないだろう。アルバラード家の三男である私に家督を継げるはずもない。男子に恵まれなかったランカスター家に養子に出された。よくある話さ。そんなことは公爵が知らなかったとは思えない。

 だが、何を思ったが貴様が生まれたとき、ハルクリッセ殿下の教育係の任を解かれ、貴様の教育係になった」


 確かにおかしい。

 そんな人間をロニー君の教育係にすれば、何か企むと考えそうだよね。つまり公爵は知らなかったってこと。そんなことあるのかな。

 うーん。

 でも、いくら父親とはいっても公爵が誰彼を教育係を任命するとかするのかな。部下に命じて候補を選出させて、その中で良さそうな人間を選ぶくらいか。だとしたら、カグフニやメラニー第二夫人以外にもロニー君を邪魔と考えている人がいるってことになるのかな。そうすれば情報を操作することもできるだろう。

 でも、だからってカグフニをロニー君の教育係にするのはよくわからない。


「始めは絶望した。ハルクリッセ殿下への教育が少しずつ身を結ぼうとしていたところだったのだから。だが、よくよく考えてみれば貴様に付くのも悪くないと思えた。

 なにしろ離れていれば邪魔な貴様をどうすることもできないのだからな」

「どういう意味だ。初めから私を殺すつもりだったということか」

「そんな単純な話ではない。ハルクリッセ殿下の教育計画はすでに出来上がっていた。教育係と言っても私がすべてを教えるわけではない。プラン通りに動くことさえしてくれれば、それぞれの教育者にゆだねればよかったのだから」

「あー、つまりロニー君が落ちこぼれるように教育プランを練ろうとしたってこと」


 だとしたらその企みは潰えていると思う。

 お兄さんのことは知らないけども、ロニー君は間違いなく優秀だ。


「で、結果失敗したから殺すことにしたってことかしら」

「……それでどうする? ここで私を殺すのか?」

「……」


 初めてレストランであった時とは別人のような表情を浮かべるカグフニにロニー君は言葉を失っている。裏切りという事実だけでも重くのしかかっているというのに、挑発するようなカグフニの言葉に立っているだけでもやっとなのかもしれない。


「どうする。人通りは少ないが、ここにずっといるわけにもいかないぞ」

「うん」


 ルーデンハイムの門が閉じられているので、ルーデンハイム側から人が来る可能性は基本的にあり得ない。それでもどこかの街からこちらに向かってくる行商人が全くないとは言い切れない。兵士たちだって無力化したとは言っても、殺したわけじゃないのでいずれは立ち上がる。


「ロニー君」

「……大丈夫です。わかってます」


 そんな風に答えるけれども、彼の顔は優れない。カグフニを殺したところで意味はない。このまま立ち去るのがたぶん正解だろうけど、ロニー君をこんなに打ちのめした彼をこのままにするのは腹の虫がおさまらない。


「カグフニさんって、さんを付ける必要もないか。12年も一緒にいて情の一つもわかないというか、ロニー君のお兄さんへの忠誠心がすごいっていうのかな。でもさ、いまの公爵様がロニー君にドレイク討伐の指揮を執らせたっていうのはそういうことなんでしょ。

 まあ、だから焦ってこんな事をしたんだろうけど」

「焦ってなどないわ」

「どうだかね~。いくら第二夫人の子供でもお兄さんがロニー君よりも優秀なら問題なかったんじゃないかしら。少なくとも公爵様の血は引いているわけでしょ」


 次男の方が優秀なせいで家督争いがあるとか、優秀な妾腹の子を差し置いて本妻の子供が後を継ぐのは物語じゃ定番なんだろうけど。


「ハルクリッセ殿下は優秀なお方だ」

「かもしれないわね。だとしても、ロニー君には劣るんでしょうね。ロニー君のことは少ししか知らないけど、優秀だっていうのはすごくよくわかるわ。

 それもお兄さんを跡継ぎにしようと企んでいる貴方が教育の方向性を捻じ曲げようとしていたにも関わらずだものね。

 表立って手を抜いていたわけじゃないでしょうけど、ロニー君は正しく優秀に育った。そして父親の期待も結局は彼に注がれた。

 だから、こうして彼はこの街に来たんだもの。

 貴方のしたことって一体何なの?

 12年も掛けて何をしていたのかしらね。

 あんたの企みなんて何一つ上手くいかないのよ。

 だって結局のところ、アルバラード何だもの」

「アルバラードの血を愚弄する気か!!」


 目を血走らせ叫び声をあげるカグフニに背を向ける。すごい先入観だけど、貴族ってやっぱり家系とか血とかそういうのが大事なんだろうね。だからこそ私の言葉にわなわなと拳を震わせている。すっきりしたって訳じゃないけど、このままカグフニと不毛なやり取りをしていても意味はない。


「行こっか」

「えっと、あの……」

「行きましょうか」

「がるぅ」


 殺す必要はないと思うし、カグフニを捕まえたところでロニー君の身の安全が図れるとも思えない。これがカグフニ単独で事を起こしたという話ならそうかもしれないけど、軍人でもないカグフニが兵を率いていた点から見ても主犯とは考えにくい。

 つまりこんな奴はほっといて領都に向かうのが正解だと思う。

 若干戸惑い気味のロニー君の背中を押すようにしてカグフニから距離を取る。オルトが周囲を警戒し、カンちゃんがとぼけたような顔で後を付いてくる。

 

「待て」


 背中を向けた私たちにカグフニが言葉を掛ける。

 だけど、そんな言葉を私たちが気にする必要もなかった。だけど、その先の言葉を聞いた瞬間、私たちは――より正確に言えば、私とオルトは動きを止めた。

  

 

「アルバート、少し早いが貴様の出番だ」

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