これからの指針
宿を移してから4日が経過した。
相変わらず巡回している街兵は多く、街門も閉じられたままだけど街の喧騒は徐々にだけど落ち着いてきた。
毎日、眠っているロニーに精霊術での治療を施している効果もあって怪我も通常よりも順調に回復していっている。普通に動く分には問題ないほどだ。
それでも女装したくないロニー君は一階の食堂にも出ずに、ずっと部屋に引きこもっている。それに対して私はご飯の買い出しや、カンちゃんに会うために街に出ているけどもいまのところ見つかりそうな気配はなかった。
「ロニー君起きたんだ。調子はどう? 朝食買ってきたけど食べられる?」
「はい、大丈夫です。何から何まですみません」
怪我の経緯は順調といっても、怪我した部分から発熱したのかここ数日微熱が続いていたのもあってロニー君はよく眠る。
「オルトさんは?」
「下で洗濯物干してるからすぐ戻ってくるよ」
といったそばからはオルトが部屋に入ってきた。
「飯買ってきたのか?」
「うん。朝食にしましょう」
今日の朝食はフランスパンみたいなリーン系のハードなパンに野菜と新鮮な白身魚のマリネのサンドウィッチというかホットドッグのようなものだ。
それとオレンジのフレッシュジュースを買ってきた。
最初はお皿にも載っていないような庶民の食べ物に若干の戸惑いを覚えていたロニー君もその味には満足したようで、いまは大きな口を開けてサンドウィッチにかぶりついている。
「んぐんぐ、おいしいです」
「一昨日の夕食も同じところのだったけど美味しかったからね」
「すり身をあげたやつだったか。あれは美味かったな」
「ね」
正直、この街でハズレ飯は一度もないのでどこでもいいんだけど、それでも好き嫌いというか好みというのはあるのでお店は選んでいる。
「熱のほうはどうなんで…どうなんだ?」
「はい、熱も引いたみたいで、身体が軽いです。流石に患部は多少痛みがありますけど、驚くほど引いてきてます」
「そうか、よかった」
寝ている間にマナを注いでいる効果は間違いなくあるらしい。顔色もいいし、順調に回復しているようで本当によかった。
「そういえばどこで治療を受けたんですか。聖光教会ではなかったですよね。聖光教会の治療ならその場で完治しているでしょうし」
「そんなことより、まだパン残ってるから食べましょ」
テーブルの上には切り分けたサンドイッチが数切れ残ってる。いくら美味しいからといって朝から何切れも食べれるものでもないし、オルトも満足そうな顔をしている。ロニー君は育ちがいいせいか、食べるのがゆっくりなので残っているのは彼の分だ。体調を整えるためにもたくさん食べた方がいいしね。
「えっと、ごまかそうとしてます?」
「そんなことないわよ。ほらほら、ジュースも飲んでよ。さっぱりしてて、すごくおいしいよ」
「ありがとうございます。って、やっぱりごまかそうとしてますよね」
「そんなことないよ」
オルトに視線を飛ばす。連れてきたのはオルトなんだから責任取りなさいよね。という意思を込めて。
でも、それに対するオルトの返事は首を左右に振るものだった。卑怯者め。
「これからどうしようか。街兵の数は少なくなってきてたみたいだけど、門は相変わらずみたい」
「ロニト……ロニーも回復してきたみたいだし、そろそろ移動も考えるか」
「そうね。悠長にしてたらローラー作戦でもやられたら困るしね」
「ローラー作戦」
「んー、人海戦術ですべての家や宿の隅々確認されてたら逃げ道ないしね。今のところ宿の人にも不審に思われてる感じはしないけど、ロニー君が一度も外に出てないのは気付いているだろうしね。食事も毎回持ち込んでるし」
「確かに、でもどうするんです」
「リッセお嬢様なら問題ないと思うけど」
「またですか……」
女装に対して嫌そうな顔を見せるロニー君。
「いや、女装したところで街の外に出られるとは限らんだろうな。いまでも理由があれば街門を抜けることはできるだろうが、徒歩の旅人というのは少ないし、子供連れとなるとかなり稀だ。しかも家族関係でもないとなると怪しい事この上ない」
「それって徒歩の場合はでしょ。乗合馬車に乗ったらどうなの?」
「馬車か……その方がチェックは甘くなりそうだな」
「でも、絶対じゃないってことか。門を抜けずに外に出る方法ってないのかな。ほら、オルトが行った怪しげな酒場でそういうのを斡旋している人とかいないのかな」
「どこからそんな発想が沸くのか疑問だが、そういうのはよくわからん。伝手もないし――いや、そうでもないか」
「心当たりあり?」
「確かなものじゃないけどな、一度確かめてみるか」
「で、街を抜けた後はイーレンハイツの領都を目指すんでいいのよね」
「はい。屋敷に戻ることができれば大丈夫だと思います」
「本当に?」
「それはどういう?」
「いや、まあ、あんまり関わるつもりはないけどさ、ロニー君の命狙ってるのってお兄さんじゃないの」
「な、なんで」
「街のうわさで聞いた程度だけどさ、ロニー君は第一婦人の子供で、お兄さんは違うんだよね」
「……そうですね。仰る通りです。正妻である母は中々身ごもらなかったので、父が第二夫人を娶ったそうです。貴族なのでそう言ったことは珍しくないのですが、兄が生まれて5年後に母は僕を身ごもったのです。
第二夫人の子供といっても、長男は兄なので家督を継ぐのは兄になるだろうなと思っていたんです。ただ、今回のゴレイク討伐戦なのですが、イーレンハイツの男子が成人の儀として行うのが習わしなのですが、兄の時には行われずに僕だけ行うことになったんです」
「それってつまり家督をロニー君が継ぐってこと」
「父ははっきりと公言していませんが、周りはそんな風に考えているみたいで」
「あー、もしかしてロニー君が不安そうな顔していたのってそれが原因」
「そうですね。確かに預かる兵の身を案じていたのもありますが……」
恥ずい。
いま、猛烈に恥ずかしい。自信満々に語っていただけに超絶ウルトラ恥ずかしい。顔から火が出るって本当にあるんだ。そしてオルトの目線が痛い。何て暴力的な視線だろうか。
「えっと、まあ、それは置いておいて」
「置くなよ」
「と、とにかく、そうなると屋敷に戻っても安全とは言えないんじゃないの」
「それはないと思います。そんな直接的なことを狙っているのでしたら、ほかにも機会はあったと思うんです。今回の件は最初ゴレイク討伐戦での事故を装ったものでした。それがダメとなったので、賊の仕業に切り替えてきたみたいですが。あくまでも外出中の事故として処理したいのだと思いますから」
「そうかなー。脅すつもりはないけど、街兵がグルになってる可能性もあるし、その場合ってつまり伯爵に手をまわしているってことでしょ。お兄さんはもうなりふり構っていないんじゃない」
「かもしれませんが、まずは話をしてみます。父の考えを聞き、兄とも話をしてみます」
「そうだね。うん。打開策が浮かばないから何とも言えないけど、まずは話し合いかな」
貴族の在り方はよくわからないけど、私くらいの知識でも歴史上の貴族とかの家督争いというのは常識だと思う。話し合いをしようというロニー君を甘いと一蹴するのは簡単だけど、その考えは尊重したい。だって、殺されそうになったから兄を殺します、何ていわれた日には流石に匿う気になれないもの。
「オルトもなんかアイデアある?」
「俺に振られてもな。元はタダの兵士だぞ。そういうのはよくわからん」
「でも、公爵家に仕えていたんでしょ」
「そうなのですか」
「イーレンハイツ公爵ではありませんよ。それにあくまでも一兵士として城の警護なんかにあたっていたくらいです。貴族の内情までは存じません」
「ま、そんなものか。っていうか、オルトまた堅くなってる。もっとフランクに」
「無茶を言うな。よし、朝飯も食べたし、俺はさっき言ってた心当たりをあたってみるよ。アイカはどうする」
「うーん。残ろうかな。ロニー君一人にするのもね」
「いえ、大丈夫ですよ。部屋で大人しくしていますので」
「それもあるけど、まだ身体も本調子じゃないでしょ」
「そうですね。そうだ。またごまかされてましたけど、結局僕の治療はどこで?」
「おっと、藪蛇だったか。相変わらず油断のできないお子様だよロニー君は」
そう言ってきれいな銀髪をくしゃくしゃにする。
こっちの世界のヘアケアはいまいちっぽいのに、ロニーの髪の毛は指通りも滑らかで柔らかい。いまは可愛らしい少年だけど、将来は確実にイケメンになること受け合いだ。
「ちょ、ちょっと止めてください」
「ははは、ごめんってば」
「じゃあ、俺は行く。ロニト……ロニー君は任せた」
「オッケー」
オルトが出て行ってドアがパタンと閉まる。
「さて、何しようか。指相撲でもしてみる?」
「ですから、教えてください。『指相撲』っていうのも気になりますが、もう、ごまかされませんよ」
「だ、だよねー。ま、話はするけど、口外必死だからね」
「わかりました」
真剣な目を向けるロニーに土の精霊術についての私なりの見解を伝えた。もちろん、異世界人というのは秘密にしたままに。
驚愕するとともに、私がはぐらかしてきた理由を悟った彼はやっぱり賢い子だと思った。