事件の検証
「いらっしゃい」
「えっと、先に二人が部屋を取ったと思うんですけど、金髪の男性と私と同じような赤毛の女の子がいませんでした?」
「え、ええ。お話は聞いております。二階に上がって奥から二つ目のドアになります」
「ありがとう」
私は店主に会釈して階段を上る。
ロニトリッセにウィッグを被せたのはいいけども、私の黒髪も彼の銀髪と同じくらいに目立つ。そのため、オルトとロニトリッセの二人を先に行って貰って、ウィッグを部屋の窓を通して受け渡し使いまわすのだ。こうすれば私たちは金髪の男性と赤毛の女子二人という組み合わせになる。
名前も偽名を使っているので、部屋を一つずつ改められない限り見つからないはずである。
「レン」
部屋をノックして、名前を呼ぶとすぐにドアが開かれる。
「問題なかったか」
「うん、そっちは」
「こっちも問題ない。ロニトリッセ様はすぐに就寝されたよ」
「名前!!」
「あ、すまない」
はぁ、これだから真面目人間のオルトは。
誰かに聞かれたらどうするんだろう。部屋に入ると、ロニトリッセは胸を上下させて落ち着いた呼吸でベッドの上で毛布をかぶっていた。治療して間もない間に随分と無茶をさせてしまったのだ。いまはゆっくりに寝る必要がある。
「屋台で適当に買ってきたから食べようか」
「ありがとう」
「3人分買ってきたけど、このまま寝かせたほうがいいよね」
「そうだな、静かにしよう」
ウィッグを受け取った後、私たちが別々の行動を取っている理由として『連れは買い物に行っている』としていたこともあり、すぐに宿に入ることをせずに一度通りを出て食料を調達していたのだ。ウィッグが一つしかないので、三人で仲良く一階の食堂を利用することが出来ないので、しばらくはこういう生活になりそうだ。
街道沿いは街兵であふれていたけども、赤毛のウィッグのおかげで見つかることはなかった。
「街の様子はどうだった?」
「宿に押しかけられる前がわからないからね。でも、街兵はすごい数がいたわよ」
「よく無事だったな」
「ウィッグかぶってる限り早々バレないわよ。顔を知られているのがカグフニさんくらいだってのもあるけど、髪の色が違うとそれだけでも印象が違うからね」
ウィッグが貴族向けのアイテムということもあり、平民が髪の色を変えるような変装をするとは普通は考えないというのもあると思う。
海鮮のつみれスープとパンという簡単な食事だけど、屋台飯でもこの街のレベルは本当に高い。パンにスープをひたひたにして食べるとすごくおいしいのだ。これってパングラタンなんかにしても美味しいかもしれない。
「それでもだ」
「うん」
「それで、この先どうする」
「まずはリッセちゃんの回復を待ちましょう。動くにしても今の状態じゃ長距離の移動はできないもの。街の外に出られたとしても旅をするのは厳しいわ」
「問題は厳戒態勢がいつ頃解けるかだな」
「悠長なこともしてられないと思うんだよね。最初は通りや路地の捜索から始まると思うけど、潜伏場所を探そうと思えば民家を一軒一軒訪ね歩いたり、宿屋の部屋をすべて改めるなんてこともあると思うから」
「だったら、この状況下で外に出られる方法を探ってみるか」
「うん。少なくとも数日はこの宿にいて大丈夫だと思うけど、おいおい考えないといけないと思うから。その時はお願いするわ。でも、そっちこそ気を付けてよ。私と違って変装しているわけじゃないから」
「ああ」
まあ、オルトなら見つかっても強引に逃げ切ることも出来そうではあるけども、オルトだって万能ではない。街の外で戦った妖獣とはかなりの激闘だったらしいし。
「何だったら、ウィッグ貸そうか?」
「その赤毛をか?」
「もちろん」
「さ、流石にそれは……」
「えー、リッセちゃんには勧めてたのに自分は拒否するんだ」
「俺には似合わないだろ」
「まあね……あ、ということは、やっぱりリッセちゃんには似合ってるって思ってたんだ。可愛いと思うでしょって聞いた時は言葉を濁したくせに」
「……言えるわけないだろうが」
「ははっ」
なーんだ。やっぱりオルトも可愛いって思ってたんじゃない。まあ、素材がいいからね。線が細くて柔らかい印象があるから女装がよく似合う。同じ美形でもオルトは女装が似合うタイプじゃないけど。
ロニトリッセの分の買ってきた夕飯だけど、起きてきそうにはないから二人でわけてしまう。目を覚ましたら旅用に調達した保存食もあるし何とかなるだろう。
「ねえ、ところでさ街の外にいたっていう妖獣も関係あると思う?」
「さすがにそれはあり得ないだろう」
「偶然にしてはタイミングが一致してると思うけど」
「どうだろうな。狙われていたのは間違いないだろが、街の外で襲われたことで護衛の数が減ったわけだろ。だからこそ仕掛けてきたって可能性の方が高いんじゃないか」
「うん、その可能性もあると思うけどさ、妖獣って知能が高いんだよね」
「それはそうだが」
「私たちが出会った村は、妖獣に生贄を捧げることで守ってもらっていたわけでしょ。妖獣は言葉が通じるし、契約を結ぶこともできる。そういう風に考えれば、何らかの取引をして妖獣に依頼することだって可能じゃないのかしら」
「……恐ろしいことを考えるな」
「そう?」
オルトの目がまるで私自身が妖獣と同じ化け物であるかのように恐怖を宿す。それくらい私の考えは一般的なものから離れていたのかもしれない。
「ああ、そんな話は聞いたことがない。だが、アイカのいう通り、お互いの利益が一致すればあり得るかもしれん。だが、取引をしようと妖獣の前に姿を現せば、普通に考えて殺される」
「それならあの村はどうやって契約を結んだのかしら」
「それは……」
オルトが言葉を詰まらせた。
契約を結んでいたことは確かなのだ。つまり、方法はあるということ。
「……正直に言うと、二尾の妖獣は大したことはないんだ」
「どういうこと?」
「アイカには言いづらいが、普通の村人が一対一で殺せるような獣じゃない。だが、もしも村人総出で討伐を考えれば不可能とは言えない」
「……まじ?」
「ああ」
「ええっと、じゃあ、連中はその気になれば殺せるかもしれない妖獣にわざわざ生贄を差し出していたっていうの」
「そうなるな。村人総出で討伐を、とはいったが犠牲が出ないわけじゃない。下手すれば村の半分が殺される可能性だってある」
「いやいや、でもさ、連中がどのくらいアレを続けていたか知らないけど、相当な犠牲を出し続けていたわけだよね」
「そのことに気づいていないのか、あるいは殺せると思わなかったのかもしれない」
「元々、人里離れた山奥だもんね。正しい判断ができなかったとしてもしょうがないのか」
「アイカは、その、もういいのか?」
「ん、まあ、終わったことだしね。っていっても、私があの村を襲ったみたいに言われているのは度し難いんだけど」
もし、目の前に現れたら一発殴りたいくらいには思ってるけど、所詮は過去のことだ。
「まあ、それはひとまず置いといて妖獣と契約する方法はあるってことよね」
「そうはいっても三尾となると難しいぞ。討伐するのにも小隊3つは必要としていたくらいだからな」
「小隊っていうと」
「小隊は兵士10人で編成される。つまり、30人くらいは必要ってこと」
「でも、オルト達は数人で撃退したんだよね」
「俺が遭遇したのはロニトリッセ様の護衛やほかの兵たちとの戦いの後だからな、消耗していただろうし運もよかったんだろう」
「そっか。ほんとに無事でよかったよ」
妖獣が出たときにどのくらいの被害が出たのか私たちは知らない。オルトの話だとゴレイク討伐に参加するのは比較的若く経験の浅いものが多いという。つまり被害も多かった可能性は否定できない。オルトの元部下であるマードも巻き込まれていたかもしれないのだ。
「マードさんも無事だといいわね」
「ああ」
今の私たちには無事を確かめることも危うくできない。そのことに思い至ったのかオルトも悔しそうな顔をした。
「話を戻すわね。妖獣との契約は可能。だけど、そのためには妖獣と対等に話をするだけの準備が必要ってことね。三尾となると3小隊くらいの戦力がなければだめだと」
「後は妖獣側のメリットだな」
「あの化け狒々が定期的に生贄を食べられたみたいなってことね」
「それが一番難しいだろう。言葉は通じるが、妖獣の考えていることなど普通はわからん」
「結局のところ契約が難しいってことか」
伯爵が襲撃者の一味だとすれば、伯爵邸の中で事を起こすことも出来たのだ。もちろん、それは犯人が明らかになってしまうので取れなかった手段だと思う。その点、妖獣を使役することができれば、事故で片づけるのは容易だ。
でも、契約が難しいんじゃ現実的じゃないのかもしれない。
ロニトリッセ側に襲撃者がいるのなら、スケジュールも把握しているだろうからタイミングの調整はできると思う。
伯爵やカグフニが無関係だとすれば、今日のタイミング以外になかったというのは頷ける。やっぱり偶然ってことなのかな。
「ま、何にせよ。当初の予定通りイーレンハイツの領都を目指しましょうか。実行犯はわからないけど、襲撃者の黒幕って十中八九お兄さんなんでしょ。だから、現領主の元に連れていくのが一番安全ってことだよね」
「おそらくな」
伯爵やカグフニの真意が探れたら一番だと思う。でも、その方法が見つからなかったら街を出てイーレンハイツの領都に向かうしかない。でも、公子誘拐犯となったいまそれは厳しいかもしれない。
ベッドで横になるとマナの大量消費の所為もありすぐに眠りに落ちていった。




