変装と覚悟
「私はどうすればいい」
うなだれたロニトリッセがぽつりとつぶやいた。
「さきほども言いましたが、確証はありません。私たち誘拐犯を前に隙を見せないようにしていただけかもしれませんので。とにかく、いまは安全な場所を確保しましょう。話はそれからです」
「さっきも言ったが宿に入るのは危険だぞ」
「大丈夫。それなら手はあるから」
私はしたり顔でうなずいた。ロニトリッセが気絶している間は使うことのできなかった一手がある。もっともロニトリッセの協力が必要なので難しいことは変わりないけど。
「ちょっと待ってね」
と、私は荷物の中からウィッグを取り出してロニトリッセの頭にかぶせた。目立つ銀髪がたちどころに隠される。部屋にいるときはウィッグを外していたから、そのまま出てきていたのだ。それは逆によかったかもしれない。一度目にカグフニに会った時に黒髪だった私が赤毛のウィッグをかぶっているのを知られなかったというのは一つのアドバンテージだと思う。
「なるほど」
「なるほど、じゃありません。このような髪型、女のするものではないですか」
「そういうことです。ロニトリッセ様には女装していただきます。線も細いですし、私の服が着られると思いますよ。それによくお似合いになりそうです」
「き、貴様!! イーレンハイツの男子たる私に女の格好をさせる気か!!」
瀕死とは思えないほどの大きな声に思わずびっくりした。
「そう声を荒げないでください。路地とはいえ、人に見つかってしまいますよ」
「だ、だが……」
「いや、案外悪い手じゃないな」
オルトは案外乗り気らしい。昔から英雄と女装は切っても切れない関係にある。ヤマトタケルだって女装して敵地に乗り込んだっていうしね。まあ、ロニトリッセは身を隠すための女装だけどね。
「あくまでも宿に入るまでです。部屋に入った後は、変装を解いてもらって構いません。女装は嫌かも知れませんが、他に方法はないと思いますよ。街をうようよしている街兵から身を隠すのは難しいことはロニトリッセ様にもわかるでしょう。伯爵が味方だとしても、襲撃者が街兵の恰好をしている可能性がある以上、不用意には近づけません。カグフニさんも敵と決まったわけではありませんが、判断できるまでは一次的にでも身を隠す必要があります」
「くぬぬぬ」
唸り声をあげるロニトリッセだけど、女装くらいいいと思う。それに普通に似合いそうだし、変な目で見られることなんてないと思う。むしろ可憐さで注目を集める危険があるくらいだ。
「カグフニさんが絶対に裏切らないと確証があるのなら、さっきの宿に戻ったらいいと思います。でも、少しでも私の言っている可能性を思うなら身を隠しませんか 」
「……」
ロニトリッセの中でもはっきりとした答えが出ないのだろう。
たった二度目の私の言葉をどこまで信用できるのか。二人の付き合いはきっと長いのだ。どちらが信用できるかと言われたら私だって後者を選ぶ。それでも、ロニトリッセの中に僅かにでも疑問が生じているのなら、何かを感じているんだと信じたい。
「身を隠すことには賛成する。だが……」
「たかが女の格好をするくらいいいじゃないですか」
「そんな簡単なものではない」
「ロニトリッセ様、申し訳ありませんが耐えていただけませんか」
オルトも味方してくれてるけど折れないか。
そろそろカグフニも目覚めるかもしれないし、ここで押し問答をしていてもしょうがない。ついさっき精神的に追い詰めた手前、申し訳ないとは思うけどもう一度心を鬼にしよう。
「仕方ありませんね。少し厳しい言い方をしますが、私たちにロニトリッセ様を助ける義理ってないんですよね。正直言えば、こんな厄介ごとに首をつっこっむのはまっぴらと言いますか」
「な、なにを?」
「もう少し優しい言い方を」
「黙ってて」
私たちが容疑者を落とす刑事なら、オルトが飴で私が鞭なんだろう。
「解放すれば無罪放免と言われたとき、それでもいいかなって思ったんです。たぶん、引き渡せばロニトリッセ様は殺されてしまうだろうけど、それで面倒からは解放されるならいいかなって。
宿に泊まっているからお判りでしょうから、私たちは旅人です。旅をしているのにはもちろん理由があるわけで、誘拐犯や殺人犯のレッテルを貼られてしまえば旅がしにくくなるし、いい事なんか何一つもないんです。
ロニトリッセ様を引き渡したほうがよかったんだと思います」
カグフニが敵だった場合、ロニトリッセを殺したうえでその罪を私たちに擦り付けそうな気がするので、正直助ける以外に道は残されていなかったと思うけど、それは口にはしない。
「でも、一度は助けた命をむざむざ殺されるのはどうかなって。そんなことして、何もなかったみたいに生きていくのは私には無理だなって。だから、助けようって決めたの。でも、ロニトリッセ様が助けてほしくないなら、私たちにはどうすることもできないです」
「し、しかし……」
「はぁ、やっぱり助けるの止めようか。オルトはどう思う?」
「ロニトリッセ様、アイカはこんな風に突き放すようなことを言ってますが助けるつもりだと思いますよ」
「ちょ、ちょっと!」
「本当に見捨てるつもりだったら宿でそうしてますから。俺にはカグフニさんが敵か味方かはわかりません。でも、俺も宿での様子には違和感を感じました。その正体はアイカが口にしたことだと思います。だからまずは身を隠すのが一番だと思います。
そんなに女装は嫌ですか」
「嫌ですよ。オルトさんは平気ですか」
「いや、俺が女装するのは無理がありますが、ロニトリッセ様なら」
「似合うとか似合わないとか、そういう問題じゃないんです。というか、私だって似合いません!!」
「はぁ。そこまでおしゃるなら、もっと厳しいことを口にしますね」
今すぐにでも追手が来るかもしれないことを考えればもう時間はない。
「ロニトリッセ様がいまここに立っていることに、どれだけの命が失われたかわかっていますか」
「それは……」
「私は現場を見たわけじゃありませんが、護衛の人たちは貴方を生かすために命を賭して戦ったのでしょう。だったら、生かされた貴方はその気持ちに応えないといけないんじゃないですか?」
「……」
「彼らはロニトリッセ様を守ることが仕事なんだから死ぬのも仕事のうちだと思ってるんですか? 仕方がないことだと。彼らの家族にもそういうんですか」
「……」
もしも、ロニトリッセがそういう思考の持ち主だとしたら助けるつもりはない。でも、言葉を失っている彼の姿を見れば違うと思う。
「私たちのことがまだ信用できませんか? もしかしたら襲撃者の一味かも知れないとお考えですか? でも、もしもそうであるならすでにロニトリッセ様を殺しています。カグフニさんに見つかった後も、解放すれば助かるというのに、それをしなかったのはなぜだと思いますか? 襲撃者の一味でないことは明らかじゃありませんか」
「……」
「私たちだって、今やお尋ね者です。ロニトリッセ様の誘拐犯として追われる身になりました。十中八九掴まれば死罪になるでしょう。それがわかったうえで、私たちはあの場からロニトリッセ様を連れ出すという選択をしました。命を掛けているんです」
「……」
「女の格好をするくらいが何です。そんな小さなプライドの所為で死んだとしたら、貴方は守ってくれた彼らやその家族に顔向けできるのですか」
「……そのスカートを寄越せ」
「はい」
奥歯をぎりりと噛みしめるロニトリッセに私はスカートを手渡した。それからさらにブラウスを一枚着せて、銀髪がキレイに隠れるようにウィッグをきちんとかぶせる。
ビックリするくらいの美少女がそこにはいた。
「可愛いですよ。リッセお嬢様」
「な、な、な、何を!!」
「だってロニトリッセ様とお呼びするわけにはいかないでしょう。ね、オルトもかわいいと思うわよね」
「返答に困ることを聞くな。とりあえず宿に向かおう、この辺は宿屋が多い、表に出ればすぐに見つかるだろう」
顔を真っ赤にしているロニトリッセもとい、リッセお嬢様の手を取って私たちは宿を求めて歩き出した。